(3)

 そして、やって来たのは、久留米でも寂れ気味の場所にある安いけど汚ないカラオケ屋。「汚ない」とっても、衛生的には問題無い筈だ。壁の塗装や看板が剥げたり色褪せてても、何とかする金が無いっぽいだけで。

 ここは、ボクが大学に入る前、ボクの彼女が高校生だった頃に、まぁ、その何とうか……ボクと彼女がラブホテル代りに使ってたら、店側に思いっ切りバレて、1年ぐらい入店お断りになった思い出の場所だ。……いや、ロクな思い出じゃないけど。

「あのさぁ……ちょっと聞いていい?また、太ったでしょ」

 ボクは、まず、そう聞いた。

「ちょっと待って……普通は、なんで、この面子メンツが、ここに揃ってるかを聞かない?」

 諏訪から来た「白の竜神」の巫女が、質問し返した。短かめの髪を異様に鮮かなオレンジ色に染めた、鼻ピアスの女の子だ。あ、便宜上、女の子とったけど、二十代後半の筈だ。

 ちなみに、この面子メンツが集まると、彼女がいつも議長役みたいな感じになる。ボクの恋人に取り憑いてる「神様」の先代の「巫女」だった、ボクの恋人の死んだ妹は、彼女を「委員長タイプ」と呼んだけど、仕切り屋と云うより「変人の集団の中の相対的に常識人に近い陽気でおしゃべりな変人が、毎度のように、いつの間にか纏め役をやってる」と云う感じだ。

「あと、何で、こんな汚ない安カラオケが集会場所なんですか?」

 「白の竜神」の巫女の「おしゃべりが始まると止まらない」と云う悪癖を、幸いな事にのっけから阻止してくれた子が居るけど、ボクとしては疑問が1つ有る。

「誰?」

 1人だけ知らない顔のミドルティーンの女の子に、ボクは、そう聞いた。

「広島で代替わりが有ったんです。私が、新しい『赤の竜神』の巫女」

「じゃあ、その先代はどうしたの?ほら、昔、デカい騒ぎ起したヤクザの女親分」

「転職した」

「転職?あいつ、ヤクザの女親分やめたの?」

「ちょっと違うな。『自分を神だと思ってるホントに神の力を使える人』と云う一般クラスから、『自分を神だと思ってる何の力も無い人間』と云う上級プレステージクラスに目出度く転職クラス・チェンジだ」

「転職祝い送った?」

「引退したとは言え、他人から命を狙われてもおかしくない稼業をやってたヤツに『お前の住所を突き止めたぞ』とってるも同然の真似をやるのか?普通に考えて脅迫か宣戦布告だろ、それ」

「で、何で、神様の力を無くしちゃったの?」

「どうも、神が人間の脳を完全に乗っ取ると一時的にパワーアップするけど、一〇年弱で、人間の脳の中にある『神の力』を引き出すのに必要な何かの機能がイカレてしまうらしい。その前に『神様』は他の巫女に乗り換えて、後に残されるのは『神の力』は失なったが『神様』に脳を乗っ取られてた時の人格だけはしっかり残った可哀そうな人だ。ほら、他にも居ただろ、定期的に人間の体を乗り換えるなんてエグい真似をやってた『神様』が」

「じゃあ、このもロクデナシの神様に脳を乗っ取られてるの?」

「……今は大丈夫だ。今は、まだな……」

「私の神様も、前回で懲りたみたいです……」

「信用出来るか‼」

 他の4人から一斉にツッコミが入る。とっても、口にしたセリフは同じでも、アクセントはイントネーションや訛りは4人で、結構、違う。そう、ここに居る面々は、日本各地から、ここに集って来たのだ。

 ちなみに、この反応の理由は、このに取り憑いてる神様が、以前に、他の4匹の「竜神」を巻き込んで起した騷ぎのせいで、数十万の人間の生命・生活・健康が脅かされた為。

「で、話を元に戻すけど、太ったよね?」

「だから、私は全然、太ってないぞ」

 さっきからボクが主に話してる相手は、車椅子に座って、眼鏡……とっても正確には眼鏡型の携帯端末をかけたボクと同じ位の齢の女の子(いや、二十代半ばだけど)だ。化粧や髪型には気を使ってて、かけてる眼鏡もシンプルだけど洒落たデザインのものだ。でも、着てるのは、何故か、昔のヘヴィメタル系のミュージシャンと「I never really hated the gods of pepole. But the true gods I hated.(人間が空想した神々を憎んだ事は一度も無いが、本当の神々は大嫌いだ)」という意味不明なフレーズが印刷された黒いTシャツ。

 そう、彼女こそ……ボクの恋人であるコードネーム「羅刹女ニルリティ」だ。

「違う、太った」

「ちっとも、太ってない」

「ほっぺたにお肉が付いてる」

 ボクは恋人のほっぺたの肉をムニムニとつまみながらった。

 彼女も2年前まで「正義の味方」……それも、父方の一族は対異能力者用の戦闘術を受け継ぐ古典的な「正義の味方」の家系で、母方の一族は「神の力」を受け継ぐ家系と云う、血筋だけならとんでもないサラブレッドだったけど、詳しく説明したが最後、暴力描写でR指定になるような目に遭って引退した。その後、手を動かせるようになるまで(日常生活は何とかなる程度にはと云う意味で)半年かかり、歩けるようになるまで、あと、どんだけかかるか不明。内臓もかなり損傷したので、白髪が目立つような齢まで生きるのは絶望的だ。子供を作るのも無理だろうから、結婚して子供が欲しくなったら、ボクが人工授精で産む事になると思う。

 そして、彼女の背後には、昔の子供向アニメに出て来た恐竜の「ガジくん」「スーちゃん」「タル坊」の絵柄のエプロンを着た介護用のロボット。実は、このロボットの製造元である「高木製作所」やその関連会社の重役の中には、ボクたちのスポンサーが居て、「ラプ太」たちや、ボクたちの「鎧」は、高木製作所の次世代の民生用ロボット・強化服に使われる予定の人工筋肉や制御AIや外殻素材などの検証実験機でもある。なお、「介護ロボットの外見を『ガジくん』そっくりにしてくれ」と云う彼女が出した、実用性に関する重大な問題と他若干の小さな問題が有るカスタマイズ注文は、この介護ロボットの開発部署の課長である彼女の又従姉妹の「馬鹿か、あんたは?」の一言によって、残念ながら、あっさり、却下された。そして、交渉と称する1ヶ月以上に渡る日本語における罵倒の語彙の勉強になった親戚同士であるが故に逆に容赦の欠片もない口喧嘩と、その後の双方の妥協の結果生まれたのが、恐竜に似せたつもりで作った筈なのにカバにしか見えない頭部を持つ一応は「人型介護ロボット」。ちなみに、丸っこい胴体に、塗装はピンクで、膝はいわゆる「逆関節」、歩行時のバランサーと「3つ目の腕」を兼ねた尻尾付き。この子に1人で買い物をやらせるんだから、目立つ事この上ない。ついでに、何故か、同型機が正式に量産される事に決ったが、「昔のアニメに出て来た恐竜の顔に似せたつもりが、出来上ったモノはカバにしか見えない頭部」のせいで、商品名は「カバくん」になってしまった。

「おい、気を付けろ。おたふく風邪なんだ。伝染ったらマズい」

「なんで、そんな、すぐバレる嘘を吐くかなぁ〜?リハビリもサボってるって聞いたよ」

「い……いや、その……太ったとっても、2〜3㎏だ」

「ちゃんとダイエットもして‼あとリハビリにも行く‼判った?……いや待てよ……このぽっぺた悪くないかも……あと2〜3㎏ぐらいなら、太ってもOK」

「判った。太るとしても、その範囲内になるように注意する事にしよう」

「あと、浮気はしてないよね」

「あのさぁ、オマエの浮気は大目に見てきたのに、何で、私は浮気したらダメなの?」

「あの……そろそろ本題に入らない?」

「あと、あの防犯カメラも何とかした方が……」

 「黄の竜神」と「緑の竜神」の巫女がツッコミを入れる。

 「黄の竜神」の巫女は、この中で一番年上で、普通のオバさんが、普通の化粧をして、ありがちな髪型で、服も靴も眼鏡もアクセサリーも、そんなに高価たかくなヤツなのに、全体で見るとイケてる女性に見える、と云う全世界の女性の大半が欲しがるであろう特殊能力の持ち主だ。本業は大学の先生みたいで、キツい事を論理的にう傾向が有るって点で、羅刹女ニルリティと共通してる。この2人が一致団結して誰かを罵れば、大概の場合、2時間以内に相手を鬱病に出来るだろうけど、幸か不幸か性格が似過ぎてるんで、逆にイマイチ気が合わないようだ。

 「緑の竜神」の巫女は、格闘家みたいな体格な上に、いつも不機嫌そうな表情だけど、しゃべり方は温厚かつ丁寧で、自分に取り憑いてる神様に関する事以外で辛辣な事を口にしたのを見た事は無い。

「大丈夫、ここの防犯カメラ、ダミーだから。わざと防犯カメラ入れるような金も無い所を選んだの。良く見て。電力用のケーブルは出てるのに、データを伝える為のケーブルは出てない」

 羅刹女ニルリティが説明する。

 世界各地にゾロゾロ居る、力の源も、能力の種類や強弱もバラバラな「異能力者」。その中でも「超」が一〇個ぐらい付くぐらい凄いのが「神の力」と呼ばれる力を使える者達だ。もちろん、神とっても一神教的な「唯一絶対の神」じゃない。しかし、この世界の摂理の一部の化身みたいなモノなので、ある程度は自然の法則みたいなモノを曲げられる……らしい。

 そして、ここに集まってるボクを除く5人の女性は、地球上の「水の神々」の頂点に立つ5人の女神に選ばれた人達だ。

 ここに居るのが、どんな化物かと言えば、まぁ、例えば、理屈の上では、普通のオカルティック・テクノロジーでも火山を噴火させる事は出来る(とっても、千年に一人級の魔術師が一万人ぐらい集って力を合わせれば)が、一方で「火山の神」の力を使える者が、なりゆきでヤケクソになって火山を噴火させようとしたらと、あら不思議、たまたま偶然にも、その火山が何故か何百年もかけて、「その時」に噴火する確率が一番高くなるような状態になっていた……なんて「因果律を捻じ曲げた」「現実そのものを書き換えた」としか思えない現象が起きるらしい。

 その他、「水の神」の力を持つ者が地下水を操ろうとすれば、たまたま、それを決意する数ヶ月〜数日前から都合良く地下水に変動が起きており、「雷の神」の力を持つ者が誰かの頭に雷を落そうと思えば、たまたま、それを決意する少し前に雷雲が発生し、「冥界の神」の力を持つ者が死霊を召喚しようと思えば、たまたま、その場所が過去に何かヤバい事が有った心霊スポットだった、と無茶苦茶過ぎる事例には事欠かない。

 ひょっとしたら、ボクたちが、人間の意志とは関係ない自然災害や超自然災害だと思ってたモノの中には「神の力」を持つ者が引き起したのが有るか、逆に、世界のどこかで、そんな自然災害や超自然災害を防いでいる、ボクたちが知らない「神の力」の使い手が居るのかも知れない。

「で、数日前から、私達5人に、私達と同じく神に選ばれた誰かが助けを求めてる……んだけど、向こうの誰かから、その誰かを選んだ神、こっちの神、そして私達と、伝言ゲームをやってるような状態なので、さっぱり要領を得ないのよ」

 「白の竜神」の巫女が説明した。

「いや、そこまでは伝えてある」

 今度はボクの彼女である羅刹女ニルリティ

「でもさぁ……その『誰か』って、冗談抜きで、本当に本当に本当に、この世界の人間じゃなくて……その……」

「平行世界の誰かと解釈すべきですね」

「その『誰か』の救助要請を中継した『神』は……私達を選んだ『神』と同一にして別個体だった。いや、本当に、そうとしか説明出来ない『何か』だ」

「私に取り憑いてる、あのロクデナシが2匹に増えた時は、本気で自殺を考えたわ」

「で……でも、私の神様は、向こうの世界の『巫女』は信用出来るって、ってます……だって、私の神様にとっては平行世界版の自分自身の巫女なんだから……。そして、向こうの世界はで、神の力の使い手達が迫害されている、って」

 「赤の竜神」の巫女がそうった。

「あんた、巫女になってから、まだ間が無いからそう言うけど……この世に信用出来る『神様』なんて居ない。特に私達の『神様』はね。しかも、あんたの『神様』は、この5匹の中でも、一番の変わり者だよね。『人類の守護者』気取りの」

「しかも、クソ野郎どもの数が倍に増えたんだよ。悪夢だよ、ホントに」

「あいつらに、人間の倫理観なんてない。仮に、あいつらに人間らしい心が有るとすれば、その『心』ってヤツは、私達自身の心の中の、大人な部分を歪め、子供っぽい部分を増幅したものでしかない。私達の誰かが人種差別主義者だったら、今ごろ、ヒトラーすら恐怖のあまり泣き叫んで博愛主義者に宗旨変えするような世界史に残る凄惨な民族浄化を引き起してたかもね」

「あいつらは、うなれば、自然の猛威と、人間のダメな部分を兼ね備えた存在だ。そのクセ、悪知恵だけは妙に働く。易々と、私達の最悪の想定の斜め上を行く酷い事態を引き起してくれる」

 他の4人の巫女からツッコミが入る。

 そう、この状況こそが彼女達に取り憑いた「神様」の本質を現わしてる。自分の「使徒」を選ぶ際には、「信仰心」なんて人間的な、あまりに人間的なものは、一切考慮しない。気に入った相手からは、どんなに嫌われようと離れる事は無いし、逆に、自分が気に入ってない相手や何の興味も抱いてない相手なら、そいつが自分をどんなに「信仰」しようと、「その他大勢」以上の扱いをする事は無い。

 まぁ、そもそも、「信仰」なんてモノは人間の片思いに過ぎず、この手の「神」を名乗る怪獣ゴジラどもにとっては、「信仰」と云う人間の感情・風習は、「イマイチ理解出来ない奇習」みたいなモノらしいけど。

「で、それで、ボクに、その『平行世界』に行って偵察して来いと……。でも、どうやって、向こうの世界に行くの……?もらった資料に書いてあった事を読んでも、よく判んないんだけど」

「どうやら、向こうの神様が言うには……何と説明したら良いか……」

「向こうの世界で、かなり特殊な神様が一柱ひとり消滅した……。単に、その神様に選ばれた者の系譜が絶えたって意味じゃなくて、『神様』そのものが消えたらしい……。いや、伝言ゲームの結果なので、具体的には何が起きたか良く判んないんだが……そのせいで、その『平行世界』が、他の『平行世界』と行き来がしやすい状態になってしまったらしい」

「でも、ここでう『神様』って自然の摂理みたいなモノなんでしょ……。たとえば、ここに居る5人全員が後継者を残さずに死んでも、水の神様が司ってた摂理みたいなモノは残る……んじゃなかったの?じゃ、神様が1匹消えて無くなったってのは……」

「その結果、具体的に、どんなロクでも無い事が起きるかは、さっぱり不明だけど……その世界から自然または超自然の『摂理』が1つ無くなった、って事だろうな。とりあえず、偵察だけして戻って来てくれ。命の危険を感じた場合もすぐに戻って来い」

「了解」

「あと、向こうの『地球』にも、こっちのモノとは違うらしいが『鎧』が有って、それが向こう版の私達みたいな連中を弾圧するのに使われているらしい。助けを求めた理由は、その『鎧』を何とかして欲しいかららしいんだが……」

「え……じゃあ……たまたまこの世界に助けを求めてきた、みたいな単純な話じゃないって事?」

「どうも、無数にある平行世界の中から、『鎧』に対抗出来る手段が存在している世界に助けを求めようとした、と先方はってる。そして、いくつかの平行世界と接触した後に、ようやく見付けたのが、この世界だそうだ。複数の勢力が『鎧』を所有し、『鎧』同士の戦いが起きている、つまり『鎧』同士の戦いのノウハウを持つ者が居る世界をな」

「向こうの世界の『鎧』に関する情報は有るの?」

「存在する『鎧』は十数体で、『鎧』が発明されて以降、たった1つの勢力が全ての『鎧』を所有してきた。つまり、向こうの世界の歴史では、『鎧』同士の戦いが起きた事は、ほぼゼロらしい」

「じゃあ、向こうの『鎧』とボクが1対1で戦えば、『鎧』の性能に大きな差が無い限りは、ボクが有利って事だね」

「ああ……ただ、向こうのってる事を全て信じる事が出来ればだけど」

「何か裏が有るかも、って事ね。わかった、気をつけるよ」

「それと……可能ならで良いんで」

「何?」

「こっちと向こうを完全に行き来出来なくする方法が無いか探ってくれ。向こうのゴタゴタがこっちにまで波及するのだけは避けたい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る