瀾(四)

「治水、佐伯は無事か?」

「う……うん……気を失なってるだけみたい」

 「水の神」により与えられた「水を観る能力ちから」。それを使えば、MRIが人間の体内の水素≒水を検知する事で、人間の体内を「視る」事が出来るように、人間の怪我や病気や体調……そして、筋肉や脳や内臓の損傷の有無……更には心理さえも「観る」事が出来る筈だ。

 しかし、「水の神」の力を受け継いだばかりの治水が、どこまで人間の体や心の状態を「観る」事が出来るかは、いまいち不明だ。

「生きてはいるんだな?」

「うん……大きな怪我も無いみたい」

 私は再び「チタニウム・タイガー」を走らせる。

「放っとくの?」

「ああ、もし殺そうとしても……殺しそこねたら、逆に事態は悪化する。それに、奴の狙いは治水で、治水の居場所は向こうも判るんだろ。なら、意識を取り戻しても、治水を追って来る可能性が高い。なら、なるべくヤツが関係ない誰かを傷付けないように動けばいい」

「ところでさ……あたしとあの人みたいな人間が……」

「知ってる、おそらくは日本国内にあと3人居るんだろ?」

「知ってたの?」

「ああ。眞木家に伝わる伝説では……平清盛の時代に外国……おそらくはインドか東南アジアから……5人の巫女と、それに仕える異形の者達が日本に来た。千数百年間に渡って戦い続けた別の『異能の一族』が奈良時代ごろに日本に移住した事を突き止め、それを追って日本に来たらしい。そして、5人の巫女に取り憑いていた珊瑚瑠璃琥珀翡翠玻璃の5体の『竜神の王女』は平家の5人の女性に受け継がれ……5人の巫女に仕えていた『異形の者達』とその頃の日本の普通の人間や日本に元々居た『異能の者達』との間に生まれた者達が居て……俗に言う『河童』の大半は、その子孫……だそうだ」

「聞いてないよ、そんな伝説」

 その伝説には更に続きが有る。「河童」の祖先と対立していた別の「異種」……「雷を操る『青い鬼』の一族」と「冷気を操る『赤い鬼』の一族」が二千年以上前に、今となってはどこかさえも不明な遠い異郷の地において「河童」の祖先との戦いで奪った「毒蛇クサナギ」と呼ばれる剣。失なわれた太古の技術で作られたその剣を、一九三〇年代に、私の父方である高木一族の先祖が入手し……使われている素材の再現に成功した。そして、その製法を簡易化する事で生まれたのが……この「鎧」の装甲や武器の素材である「不均一非結晶合金」だ。

 もちろん、一〇〇年近く前に……それも当時の最先端でさえない「帝国」を名乗っていた頃の日本の科学の水準で、何故、「不均一非結晶合金」の原型や「鎧」の動力源である「幽明核」のようなオーバーテクノロジーを次々と実現出来たのか? と云う謎は有るが……太平洋戦争の敗戦と共に、私の先祖・高木美憲よしのりが率いた特務機関の研究者や資料は散り散りになり、その謎を解く為の手掛かりの多くは失なわれた。

「まぁ、ともかく、残り3人も、居る可能性が高いのは、海や大きな川や湖の近く。特に平家の落ち武者伝説や平家に関わりが有る神社仏閣、そして河童に関する伝説が有る所が怪しいな」

「残り3人が……マトモな人だと良いんだけど……」

 そうだ……。広い意味での「普通の人間」が訓練や先天的素質により使える「魔法」や「呪術」「超能力」を遥かに超える「神の力」……更にその中でも「他の神を支配する神」と云うだけで厄介なのに、佐伯が自由に操れる「水」は、地球上のそこら中あらゆる場所に有り……しかも、人間の体の大半もその「水」だ。単に強力なだけでなく「出来る事」の範囲が異様に広い。

 佐伯1人のせいで、JR久留米駅周辺の電気・通信・水道・都市ガスその他のインフラはほぼ停止した。

 残り3人もやろうと思えば同じ事が出来る。こんな事を「やろうと思」わない人間である事を願うしか無い。

 その時……。

「ねぇ、モニタにアイコンが表示されたんだけど……アイコンの上の方の赤い『Direct』って文字、何?」

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