瀾(一)
携帯端末のモニタを兼ねている眼鏡に久留米チームの後方支援要員である権藤さんからのメッセージが表示される。
あまりにも洒落にならない内容だ。確認の為に、それとなく
権藤さんから送られてきた写真の女性と思われる人物が居た。
「
治水や望月に聞こえないように小さい声で携帯端末にコマンドを送る。
そして、瞬時に結果が表示される。
冗談じゃない。5種類のパターン認識アルゴリズム全てが同じ結果を出した。特徴データに問題が有るなら話は別だが、ほぼ間違いなく佐伯漣本人だ。
佐伯漣……まだ二十代でありながら、広島県
治水や満さんや母さんと同じく「水の女神」「竜神の王女」に選ばれた者の一人。
私の母方の家系である眞木家と同じく、平清盛の時代に「娑伽羅竜王の娘」を名乗る存在に選ばれた伊勢平氏の5人の女性の系譜に連なる者。
伯父さんから習った日蓮宗の行法「数息観」をアレンジした呼吸法で動揺を押える。
治水にも満さんと同じ能力が有るなら、私の心をある程度は読める筈。信頼関係を築くまでは、なるべく自分の精神を平静に保っておいた方が良い。
どうやら、治水も佐伯漣がすぐ後に居る事に気付いたらしい。
「どうかしたか?」
私はそれとなく治水に聞いてみる。
「な……何でも無い……」
「そうか……はぐれるなよ」
そう言って私は治水の手を取った。
「あの……高木……俺の手は……」
おい、望月、何が言いたくて、何をして欲しいんだ?
「馬鹿なのか、オマエ?」
「いや、俺もはぐれるとマズいだろ」
「私からすると何の問題も無い。はぐれたら、新学期にまた会おう。無事でな」
「そ……そんな……ちょっと待て」
「いや、そっちこそ待て、私の服を捕むな‼」
「ん? オマエ、服の中に何を入れてんだ?」
「やめろ、セクハラで訴えるぞ‼」
望月とは、いつもこんな感じの漫才になってしまう。あ……治水が呆れた顔になってる……。
「う〜ん、と……仲いいんだね」
「一応は友達だからな」
「と……友達……」
「敵では無いだろ」
「ええっと……」
「瀾ちゃん……その……」
「言いたい事は予想出来るが、何の手心なのか具体的に言ってくれ」
だが、その時、何とも言えない嫌な感じがした。
「えっ⁉ えっ⁉ えっ⁉ えっ⁉ えっ⁉」
「望月……」
「何だよ……こんな時に……」
本人は「こんな時」と言ってるが、多分、事態を把握してない。
辺りには、どこからともなく気味の悪いモノが数十体現われている。私には、それは宙を舞う腐乱死体に見える。
「うるさい」
「いや、だってこれ何だよ?」
私は、これを何度も見た事が有る。
死霊だ。
少なくとも、そう呼ばれている何か。父さんと伯父さんが使う
いや、本当に死者の霊なのかまでは良く知らないし、そもそも霊ってのが何なのかもイマイチ良く判らないが、ともかく死霊と呼ばれてるモノだ。
そして、普通の人間である私の目にも見えると云う事は……多分、「死霊使い」に操られ、私に危害を加える可能性が有ると云う事だ。
しかし、死霊使いの意図が判らない。
味方の死霊使いであるコードネーム「
でも、味方でないとしたら、死霊使いは、どこに居て、何の意図が有る?
「えっ? どうしたの?」
一人、きょとんとしてる治水。
どうやら、治水は、突如としてどこからともなく溢れ出た死霊達を認識していないようだ。
それも当然で、「神に選ばれた者」は異能力者の中でも更に規格外の存在。常人を一瞬で殺すか衰弱させる事が可能なこの死霊達も、治水のような「神に選ばれた者」にとっては「毒にも薬にもならないので認識する必要すら無い存在」でしかない。
「望月、これを持ってろ」
「えっ?」
「坊主やってる親類からもらったお守りだ。無いよりマシな程度だけど、多少なら、こいつらを防げる筈だ」
そう言って、私は望月に直剣の刀身を模した小さな木片─伯父さんからもらった「木剣」と言われる法具─を渡す。
この「木剣」を使って死霊を退散させるには素質と訓練─私も受けていないが─が必要だが、持っているだけでも、この手の化物を近付きにくくする効果が有る。
望月に渡すと、今度は私が狙われる可能性が有るが仕方ない。
「だから、瀾ちゃん、望月君、こいつらって何だよ? 何で、人が次々と倒れてるの?」
え? そうだ、人が倒れている……。救護の必要が……でも、どうする? いや待て、マズい。
死霊達に襲われた周りの人達が次々と衰弱して倒れている。逆に言えば、平気な顔をしている者は、特別な力を持つ者である可能性が高い……例えば「神に選ばれた者」。
「治水、望月……後で説明する。とりあえず、具合が悪くなったフリをしろ」
死霊使いの意図が判ったが遅かったようだ。
念の為、佐伯漣の方を見ると、佐伯の連れらしい太った男が何かの呪文を唱えていて、そして、佐伯は治水を指差している。
マズいな。佐伯の仲間に治水の顔が知れてしまった。
「うわ〜っ‼」
「何だよ、あれ⁉」
望月と治水が同時に悲鳴を上げる。
今度は佐伯の別の連れ…痩せた男の右腕が伸びて、こっちに向ってくる。
私はコートの内ポケットに入れていた小さな金属製の棒を右手に握る。大きさは、手で握れば隠れる程度だが、重量はそれなりに有る。治水を捕もうとしたその腕に、私は金属棒を握り込んだ手で、文字通りの「鉄槌打ち」を喰らわす。
私の小さな体でも、言わばハンマで殴ったようなモノなので、それなりの威力が有る筈だ。
伸びた腕は引っ込み、男は悲鳴を上げる。
「エンコウか?」
広島の辺りのいわゆる「河童」の一種。平清盛の時代、日本列島に「娑伽羅竜王の娘」を名乗る5つの「神」をもたらした者に従っていた「水妖」達の内の一支族の子孫だ。
「エンコウって……昔の売春の呼び方だっけ?」
「はぁ?」
治水が大真面目な顔でズレた事を聞いてきた。
「こ……このガキぃ‼」
痩せた男は叫び声と共に、足を延す。私に蹴りを叩き込むつもりのようだが……。
運良く相手は持って生まれた異能にアグラをかいて、ロクに訓練をつんでいないようだし、それほど実戦慣れもしていないようだ。ならば、この程度の異能力を持っていようと問題無い。
私は腹に蹴りを喰らったフリをして男の足首を捕む。そして、ジャンプしながら男の足首を捻る。
梃子の原理で、男はバランスを崩して仰向けに倒れる。
やっぱりだ。マトモに受け身すら取れないような相手だった。
私も背中から地面に落ちてダメージを受けたフリをする一方で、小声で味方に連絡をする。
『権ど……じゃなかった……久留米
『おい、大丈夫か、
『何とか……JR久留米駅西口近辺の街頭監視カメラは?』
『安心しろ。ついさっき、監視カメラ網をダウンさせた。しかし、これで安徳ホールディングスに気付かれた。余計な真似するなよ』
『えっと……念の為で良いけど……監視カメラそのものを物理的に破壊する事は出来る?』
『判った、何とかする。いいから、これ以上、何もするな‼』
「瀾ちゃん‼」
「高木‼」
治水と望月が私に駆け寄る。佐伯達に気付かれないように、大丈夫だと身振り手振りで伝えようとするが……あ、しまった。
私の周囲に死霊達が寄って来る。くそっ、佐伯には、私がそれほどダメージを受けていない事がバレている。
「元気なお嬢さんね。興味が湧いたわ。ウチにスカウトしようかしら」
「え? このガキ、女の子だったんですか?」
すぐ近くで大人の男女の声。
「瀾ちゃん〜‼」
「高木ぃ〜‼」
「起きて〜‼」
「大丈夫か〜⁉」
「早く立って、逃げ……」
治水と望月の悲鳴。
「逃げられると思う」
佐伯が、声が届く範囲にまで近付いている。でも手は有る。いや近付いてくれたおかげで好都合になった。
隠し持っている拳銃は2丁。この距離で人間大の標的なら、まず外さない自信は有る。死霊に襲われて行動不能になるのが先か、私が奴を撃ち殺すのが先か……。
でも、一つ重大な問題が有る。私は人を殺した事は無い。やれるのか?
『おい、小郡チームの見習い、余計な真似はするな。俺が何とかする』
その言葉と共に、眼鏡型のモニタに、通信してきた相手を示すアイコンが表示される。チベットの
『判ってると思うが、奴を殺すのは最後の手段だ。それも、不意打ちで、かつ、確実に一撃で倒せる場合だけだ。一〇年前の富士の噴火の本当の原因ぐらい聞いた事有るだろ』
そうだ。もう一つ重大な問題が有った。
ゴジラが街中に現われて暴れるより確実にマズい事態が有る。「ヤケになっている手負いのゴジラ」が街中に現われて暴れる事だ。
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