第2章「熾烈」

治水(1)

「馬鹿なのか、オマエ?」

 瀾ちゃんは望月君にそう言った。本気で『一体、お前は何を言ってるんだ?』と言いたけな口調だ。

「いや、俺もはぐれるとマズいだろ」

「私からすると何の問題も無い。はぐれたら、新学期にまた会おう。無事でな」

「そ……そんな……ちょっと待て」

「いや、そっちこそ待て、私の服を捕むな‼」

「ん? オマエ、服の中に何を入れてんだ?」

「やめろ、セクハラで訴えるぞ‼」

 あたしの精神は日常に戻った。いや、この状況は日常とは言い難いけど。

「う〜ん、と……仲いいんだね」

 他に、どう反応して良いか判んないまま、そう言うしか無いあたし。

「一応は友達だからな」

 瀾ちゃんの口調は、事実を淡々と告げてます、って感じのモノだった。

「と……友達……」

「敵では無いだろ」

「ええっと……」

「瀾ちゃん……その……」

「言いたい事は予想出来るが、何の手心なのか具体的に言ってくれ」

 その時、周囲から悲鳴が聞こえる。

 逃げ出す人。倒れる人。でも、何が起きてるのか全く判らない。

 そして、その騒ぎの中心は……「もう一人の巫女」だ。

 あの人と2人の男の連れだけは平然としてる。……2人? あれ? さっきまで居た子供2人が居ない。

『瑠璃ちゃん‼ 何が起きてるの?』

『判んない。人間の使う呪術や魔法には、うといもんで。まぁ、神の力そのものか、かなり強力な物理的攻撃を伴なうモノでも無い限り、今のあんたなら無意識の内に無効化出来る筈だから大丈夫だと思うけど』

『あたしは大丈夫だけど、他の人は?』

『ええっと……何て言うか……うん、あんたにも判り易く説明すると「とっても具合が悪くなってる」人間が続出してるみたいね。死にはしないけど、気は失なってる』

『見れば判るよ、そんな事‼』

『逃げてる奴等は、まだ、体の具合は大丈夫だけど、何か、とっても怖いモノが見えてるっぽいわね。でもウチの管轄外の何かなんで、よく判んない』

「えっ⁉ えっ⁉ えっ⁉ えっ⁉ えっ⁉」

「望月……」

「何だよ……こんな時に……」

「うるさい」

「いや、だってこれ何だよ?」

 あわてまくってる望月君と、妙に冷静な瀾ちゃん。

「望月、これを持ってろ」

「えっ?」

「坊主やってる親類からもらったお守りだ。無いよりマシな程度だけど、多少なら、こいつらを防げる筈だ」

 そう言って、瀾ちゃんは望月君に、ポケットから出した木片みたいなモノを渡した。

「だから、瀾ちゃん、望月君、こいつらって何だよ? 何で、人が次々と倒れてるの?」

 それを聞いた瀾ちゃんは、「もう一人の巫女」の方を見て「しまった」と云う表情になった。

 え? ちょっと待って。何で、瀾ちゃんが「もう一人の巫女」が誰か知ってるんだ?

 そして、「もう一人の巫女」は……私を指差している。

 そうか。

 今起きてる「何か」が、普通の人には影響が有るけど、あたしみたいな…例えば瑠璃ちゃんみたいな神様の巫女には影響を与えないとすると……。

「治水、望月……後で説明する。とりあえず、具合が悪くなったフリをしろ」

 それほど大きな声じゃなかった。でも、瀾ちゃんのその口調にはビミョ〜な焦りがあるような気がする。

 だが、その言葉が終る直前に……。

「うわ〜っ‼」

「何だよ、あれ⁉」

 あたしと望月君は同時に悲鳴を上げる。

 「もう一人の巫女」の連れの内、痩せて小柄な方の片手が伸びる。どんどん伸びる。あ、もう確実に一〇m超えた。しかも狙いは、あたしだ。

 けど、その手があたしを捕もうとした瞬間……。

 瀾ちゃんが、その腕を殴り付けてた。瀾ちゃんが、その腕を殴り付けてた。普通の殴り方じゃなくて、握った手の小指側の側面を、まるでハンマーのように使った殴り方だ。。

「いてぇぇぇぇッ‼」

 悲鳴。

「エンコウか?」

「エンコウって……昔の売春の呼び方だっけ?」

「はぁ?」

 馬鹿な質問だったようだ。

「こ……このガキぃ‼」

 叫びとともに、今度は足が伸びる。蹴りを腹に受けて、フッ飛ぶ瀾ちゃん。

「瀾ちゃん‼」

「えっ? あれっ?」

 あわてるあたしと、何か変な事に気付いたらしい望月君。

「どうしたの?」

「いや……何で……前蹴りを喰らって上の方にフッ飛んだのかと思って……」

 瀾ちゃんが無事かどうかに関わる話じゃなかったようだ。

「そんな事、言ってる場合?」

「あ……ごめんなさい……」

 瀾ちゃんは背中から地面に落下。しかし、相手の男も体のバランスを崩して仰向けに倒れた。

 うわ、白目をむいて、なんかブツブツ言ってる。マズいかも……あれ?

『判るでしょ。大したダメージ受けてないわよ』

『でも、あの状態だと、頭打ったかも』

 確かに、瑠璃ちゃんの巫女になった事で得た「人間の体内の『水』を観る能力」で観た限り、瀾ちゃんは大きなダメージは受けてないようだけど、ただ、それは、あたしがこの能力を使い慣れてないせいで良く判んないだけかも知れない。

「おい、高木、返事しろ」

「瀾ちゃん、大丈夫⁈」

 あたしと望月君は倒れた瀾ちゃんに駆け寄る。

「元気なお嬢さんね。興味が湧いたわ。ウチにスカウトしようかしら」

「え? このガキ、女の子だったんですか?」

 すぐうしろで声がする。

 あ……「もう一人の巫女」がすぐ近くまで来てる。

「瀾ちゃん〜‼」

「高木ぃ〜‼」

「起きて〜‼」

「大丈夫か〜⁉」

「早く立って、逃げ……」

「逃げられると思ってるの?」

 けど、その時、瀾ちゃんの右手が、ゆっくりとコートの中に差し込まれる。

 どう云う事? 気を失なったフリをして、隠し持ってる「何か」を取り出そうとしてる?

 その時、いきなり気味が悪い「何か」が、あたし達の周りに居るのが見えた。

 みんなが騒いでいたり、周りの人達を気絶させたのは……多分、こいつらだ。

 その姿は……半透明なゾンビ……そう、言うならば、死霊……亡者。

『ちょっと、どう云う事なの、これ?』

『多分だけど……ウチの馬鹿姉の巫女の連れが死霊使いで……そいつが呼び出した死霊の支配権を、別の誰かが奪った』

『それで、どうして、急に……その……死霊が見えるようになったの?』

『こう云う事』

 居る。すぐ近くに。第3の巫女が。

 瑠璃ちゃんが駅ビルの喫茶店で見せた幻の中に居た「暖いオレンジ色と禍々しい黒が入り交じった『神』」。

『いや、ウチの知ってるヤツだとすれば、男だから巫「女」じゃないけどね。あいつだとすると……あの状況から生きて帰れたのか……。それはともかく、死霊の支配権を奪ったのが……「冥府の神に選ばれた者」だから見えるようになったんだよ。もう、あの死霊どもは、人間じゃなくて「神」の支配下に有る』

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