治水(2)
瀾ちゃんの周りから「死霊」…まぁ、瑠璃ちゃんが「死霊」と呼んでるナニかだけど…が離れていく。
「あ……あれ?」
「困った事になったわね。すぐに死霊を引っ込めなさい」
「いや……その……出来ないんです……」
「もう一人の巫女」と、その連れの男がそう言っている。
「えっ? うわぁ〜ッ‼」
あ……「もう一人の巫女」の連れの太った男の人が死霊の群に襲われてる。指で空中に何かを描いたり、何かの呪文を唱えてるけど……効果が無い。そして、ついに太った男の人は、その場から逃げ出そうとする。しかし、すぐに転んで倒れ、動かなくなった。
その時、サイレンとヘリの音がした。
そして、クラクションの音と共に、白いバイクが一台に、黒いSUVが一台。
両方ともサイレンが付いていて、桜姉さんの職場である「レコンキスタ」のマークが描かれている。
白バイに乗っているのは青い装甲服の男の人。
そして、SUVから、緑の装甲服の男の人が3人と、折り畳まれた大きな金属製の「腕」が付いたバックパックが取り付けられた黄色の装甲服の女……いや待て、マスクで口元以外は見えないけど……まさか……桜姉さん⁈
「すいません、道を空けて下さい‼」
パニくってる群集を何とかしようとしてるけど、装甲服の人達…通称「レンジャー隊」は、要は「殴り込み部隊」なので避難誘導に慣れてるようには見えず、手際の悪さは素人目にもはっきり判る。
「えっ⁇ 嘘だろ、これ」
さっきまで倒れてたのに、平然とした顔で起き上がった瀾ちゃんは、小さな声、だけど、呆れたような口調でそう言った。
「瀾ちゃん大丈夫だったの?」
「高木、助かったぞ……レンジャー隊だ」
望月君は事態が好転したと思ってるのか妙に呑気だ。
しかし、瀾ちゃんは、あたし達を無視して、「もう一人の巫女」に話しかけた。
「……佐伯
「え?」
「は?」
望月君とあたしは同時に驚きの声を上げるが、瀾ちゃんは無視。
「何故……えっと、私の事を知ってるのかしら?」
「有名人ですから……。で、こっちとしては、何もせずに広島に帰っていただけると有り難いのですが。それなら、無関係な人間が、誰も死なずに済む」
瀾ちゃんは淡々とした口調でそう言ったけど、相手が聞いてくれるとは思えない。
「あと、サインもらえますか? 部屋に飾っておきたい」
大真面目な顔で変な事を言う瀾ちゃん。え〜っと、それ、ギャグのつもり?
「どうやら、私がここまで来た目的も知ってるようね。で、貴方も、私の妹の巫女も、無事に家に帰せ、と」
「そう云う事です」
ん? 今、何か変な事言わなかった?
『まさか、あの馬鹿姉、あれをやったの? そりゃ一時的に力は増すけど、巫女の方は、多分、一〇年かそこらしか保た……あ……まさか……』
『瑠璃ちゃん? 何? ヤバい事?』
「私が、その子を何もせずに帰すと思ってるのかしら?」
「じゃあ、そちらでも了承出来る次善の案を」
「何かしら」
「場所を変えましょう。喧嘩するにしても、無関係な人間を巻き込めば、後々、面倒な事になるのは、そっちも同じでしょう?」
「こっちは、面倒な事になるのを覚悟の上で、これだけの事をやったんだけど」
瀾ちゃんは佐伯さん……要は「もう一人の巫女」と淡々と交渉を続けるけど、交渉は平行線のままだ。それも、ただの平行線じゃなくて、斜め上の平行線のような気がする。
「そうですよね」
次の瞬間、「何か」が起きた。
瀾ちゃんが、いつの間にか、ほんの少しだけど移動していた。
そして「もう一人の巫女」が付けていたサングラスが消えている。「もう一人の巫女」の表情が変化していく。何が起きたか理解出来ない顔、驚いた顔、そして面白がってるような微笑み。
続いて、瀾ちゃんが右手を頭の高さぐらいに上げた。その手にはサングラスが握られていた。
『え? 何が起きたの?』
『あいつの動きを読めなかった。いや、読めたのに対応出来なかった、って所かな。人間の武術の事も良く知らないんだけど、次の動きを読めても、素人と玄人じゃ当然、こうなるわね』
『どう云う事?』
『あいつが、どう動くかは予想出来た……普通の人間よりは読みにくいにせよね。そして、あいつが自分の攻撃が当たると思ってた事も読めた。でも、なぜ、そう動いたら攻撃が当たるのかまでは理解出来なかった、って所かな?』
『ええっと……よく判んないけど、それって、瀾ちゃんも、異能力者って事なの?』
『違う筈だけど……。ええっと言えばいいか……あぁ、あんたの脳味噌の中にいい概念が有った。プロスポーツ選手は、普通の人間に出来ない事も出来るけど、人間の云う「異能力者」じゃないでしょ?』
「警告のつもり?」
「もう一人の巫女」は瀾ちゃんにそう聞いた。
「ダンスバトルでも申し込んだ方が良かったですか?」
相変らず大真面目な顔で瀾ちゃんが変な冗談を言った瞬間、「もう一人の巫女」に背後から近付く2つの人影が有った。
あの人の連れだった2人の男の人。でも、血の気の無い顔色、濁った焦点の合ってない目、だらしなく開いた口……どう見てもゾンビだ。
「もう一人の巫女」も何かの気配を感じたようだった。けど、ほぼ同時に、そのゾンビが「もう一人の巫女」に抱き付いて動きを封じた。
「その児童達から離れろ‼ チビ助、治水、お前たちも、そいつらか離れろ‼」
それとほぼ同時に、拡声器か何かで大きくした声。しかも、よ〜く知ってる声だ。
「さ……桜姉さん……」
あぁ、間違いない。
「あの人、レンジャー隊だったのか?……エリート部隊だよな……一応」
「どう云う意味だよ?」
「あ……失言だった。本人の前で言ったら、喧嘩になるような意味だ。それはともかく、治水、望月、逃げるぞ‼ こっちだ‼」
「え?」
「え?」
「理由は後で話す。早くしろ‼」
その時、黄色い装甲服のレンジャー隊員…つまり桜姉さんが、こっちに向って来た。
「治水‼ チビ助‼ 大丈夫か⁇ こっちに来い‼」
装甲服の機能のおかげで、桜姉さん本人は平気みたいだけど、それでも、結構な重量のあるバックパックを背負っているので、どたどたどたどたどたぁと、昔のアニメに出て来た恐竜のガジくんみたいな脳天気な足音が響いている。
「おい、待て、イエロー、お前の身内だとしても、それは公私混同……。今、県警と消防とPKFと九州7県合同軍に救護班やの出動を要請したから、それを待て」
一瞬だけ瀾ちゃんの顔にアチャ〜と云う表情が浮かんだ。
そして、瀾ちゃんは眼鏡型の携帯端末で誰かと話してるようだった。
なんか「プランB」とか云う
いや、ちょっと待て……。
あたしは、自分の
そう、この混乱状況で、どこかに連絡したりしてる人が多くて回線がパンクしてるんだろう。瀾ちゃんが少し前に言った通りだ。
アンテナも立ってないし、
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