(3)
『詳しい事は、その内、話す』
瀾ちゃんは、そう言った。『その内』が、いつなのかは判らないけど。
「美味しい?」
台所で、あたしが作った朝食を食べてる瀾ちゃんに聞いた。メニューは、ベーコンと目玉焼き、焼き立てのワッフルと、ミルク入りのコーヒーに、ヨーグルト。
「栄養のバランスが悪いと思う」
「いや、美味しいか聞いてるんだけど……」
考え込む瀾ちゃん。
「腕組んで首かしげるような質問か?」
桜姉さんが、呆れたように言う。
「悪くは無いと思う」
「料理評論家かよ」
「そんな仕事が出来るほど料理の味が判る訳じゃないので……」
「味音痴なのか?」
「味覚障害は無い筈です」
桜姉さんと瀾ちゃんの会話が、これっぽっちも噛み合ってるように思えない。
「男手一つで育てられると、こうなるのかね……」
「今の時代、片親が居ない人なんて山程居るでしょ? 差別的な発言じゃないんですか?」
あえて、瀾ちゃんを擁護するが、この時の瀾ちゃんの口調は、別に怒ったり、咎めたりしてる感じじゃなかった。
でも、「えっ? この珍獣って、何十年も前に絶滅したんじゃなかったんですか?」的な純粋に驚いてるような表情が事態を悪化させたようだ。
「何、人権活動家みたいな事言ってるんだ……」
「
2人の会話の内容が、段々、不穏なモノになっていく中、瀾ちゃんが軽く肩をすくめた。
「人権活動家みたいな発言とやらが、お気に召さないんなら、別の言い方をしましょうか? よく、そんな無神経な事を平気で言えますね」
「こ……っ」
桜姉さんがブチ切れる寸前で言葉に詰まる。
「はいッ‼ ストップっ‼」
止めに入ったが、遅かった。
「言いたい放題言いやがって‼ どっちが無神経だ‼ このチビ‼」
それを聞いた瀾ちゃんの表情が、かすかに変り、こめかみがピクっと動いた。
しかし、瀾ちゃんは目を閉じて深呼吸した。
「ん?」
再び朝食を食べ始める瀾ちゃん。黙々と食べてる。食べるスピードは早いけど、行儀悪さみたいなモノは感じない。そして、表情からは、美味しいと思ってるのか、不味いと思ってるのか、読み取れない。
ただ、コーヒーを飲む時だけは、時折、フーフー吹きながら、少しづつ、ゆっくりと飲んだ。でも、やっぱり、表情からは、味わって飲んでるのか、単に猫舌なのか、ちっとも読み取れない。
「ごちそうさま」
瀾ちゃんは、頭を軽く下げて、そう言った。
「食器は流しにおいとけばいいの?」
「う……うん」
「何なら、私が洗っとこうか?」
「で……出来れば……」
「おいッ‼」
瀾ちゃんは、桜姉さんの声を無視して、食器を流しに持って行った。
「おいッ‼ 無視するなよ、チビ‼」
「『チビ』って誰の事ですか? 私には、親から貰った名前が有りますよ。貴方を育てた人が付けた名前がね」
「やめてよ二人とも‼ 最低でも、あと三年、これが続くなんて、冗談じゃないよっ‼」
ここまで来ると、流石に、あたしもブチ切れざるを得ない。
「ごめん……」
「そうだよな……満が帰って来て、この調子だったら、あいつも怒るよな……」
桜姉さんの一言に、一瞬、ドキリとする。
流しの所に居る瀾ちゃんは、背を向けたままだ。
そして、振り向いた時も、ポーカーフェイス。
一方、おばあちゃんは、口喧嘩の最中、我関せずと言った感じで、悠々と朝食を食べていた。
一旦は食卓に戻った瀾ちゃんだが、居心地悪そうな表情で、腕を組んで黙っている。
「ねぇ、おばあちゃんからも何か言ってよ……」
「え〜、でも、私も、姉さんが生きてた頃、よく、こんな感じで喧嘩したし」
妙にほんわかした口調で、おばあちゃんは、そう言った。
全員が、えっ? と云う表情で、おばあちゃんを見る。
「でも、最後には仲直りぐらいしたんでしょ?」
そう、満姉さんと桜姉さんも喧嘩はよくしてたが、最後にはどっちかが謝って終りだった。……そう「終りだった」なのだ。過去形。もう喧嘩すら出来ない。……桜姉さんも、おばあちゃんも知らない事だけど。
だが、おばあちゃんは、ニコニコしながら、首を横に振った。
「私が
……い……いや、待って、どう云う意味?
ともかく、全員、すっかり毒気を抜かれた。
多分だけど、ウチも色々と普通じゃない。
「老人ホームまで、私が送って行きますよ」
桜姉さんは、椅子の背もたれにかけてた制服の上着を羽織るとそう言った。
詰襟にダブルのボタン、実用性より飾りっぽい感じの肩章に、胸には勲章か何かにも見えない事も無いID代りのカラー二次元コードが付いてるモスグリーンの制服で、すごく格好良いけど、同時に、ビミョ〜にヤバい何か(ニュースか何かで見た旧北朝鮮の軍服に似てるとか)を感じるので、あたしとしては、着てみたくなるのが一五%に、人前で着るのは恥かしいんじゃないかが八五%と云う感じだ。
「そうね、お願い」
「じゃあ、行ってきます」
そう言って、桜姉さんとおばあちゃんは席を立った。
「そう言えば、この家、仏壇有る?」
2人が出て行った後、瀾ちゃんが唐突にそう言った。
「どうしたの?」
「母さんに、まだ、挨拶してなかった」
あたしは瀾ちゃんを座敷まで案内した。
瀾ちゃんは、仏壇の前に正座すると、しばらくの間、目を閉じた。
「母さん、しばらく、この家で、御世話になります」
そう言うと、瀾ちゃんは立ち上がった。
「そろそろ、合格発表、見に行く?」
「うん…」
「じゃあ、ちょっと待って、準備してくる」
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