(4)
「おまたせ」
瀾ちゃんが着ているのは、昨日の晩と同じ服だけど、頭にはデニム地のハンチング帽。生地や色合いが似ているので、コートとセットなのかもしれない。
そして、右手には大き目の布製の手提げ鞄、左手には何故か昨日履いてたのとは違うカジュアルな感じの使い込んでる黒い革靴を持っている。顔にはビミョ〜にダサいデザインの眼鏡を付けているが、その眼鏡の右の端から、右耳に付けられたイヤホン兼マイクを経由してコートの裏までコードが伸びている。どうやら、携帯電話を兼ねた眼鏡型端末らしい。
「アレ? それって満さんも似たのを着てなかったっけ……」
どうやら、私が着てる革ジャンの事らしい。
「うん、満姉さんのお古。まだ少しブカブカだけど。ところで、その眼鏡型の
「え? ああ、これ……」
瀾ちゃんは、コートの裏のポケットに入ってる眼鏡型携帯端末の本体を取り出した。
「でも、古めの機種だよ。父さんのお下がりだ」
「で、その『父さん』は、どういう人なの?」
「……いや、何から話せばいいか……」
「じゃあ、あたし達のお父さんは、その…ええっと…」
「昨日の夜、話したアレの事?」
「そう、アレの事は知ってるんだよね……瀾ちゃんが知ってたんだから」
『誰が「アレ」よ?』
いつの間にか瑠璃ちゃんが現われてた。
「ああ、知ってた。「アレ」が何なのかも、多少は聞いてる。洒落にならない代物だ」
『「アレ」の次は「代物」扱いって……ウチ、神様なんだけど……』
何か、瀾ちゃんと瑠璃ちゃんの間で、会話が成立してるような気がしてきた。
「あの……じゃあ、親類にS神宮の神主さんが居るから、相談してみるとか?」
「役に立たない、多分ね」
『そうね……人間が生み出した宗教も魔法も呪術も、あくまで、ウチらみたいな存在の代用品。人間にとっては、無意味じゃないかも知れないし、「神の力」の真似事ぐらいは出来る場合も有るけど、それでも代用品相応の事しか出来ない』
「そろそろ行こうか……って、歩いてくの?」
「バスでJR久留米駅前まで行こう。バス停は、すぐそこ」
家を出たあたし達は歩きながら話し続けた。
父さんの事は聞きたいけど、あとで、落ち着いて聞ける状態で聞いた方が良いだろう。
「父さんの事は、後で、ゆっくり話すよ。ややこしい事が色々有るしな」
ほら、やっぱり。
「無理な事かも知れないけど、何を聞いても驚かないでくれ。それと、私も、父さんの全てを知ってる訳じゃないから、判んない事も有る」
「あのさぁ、思ったんだけど、一生、父さんの事を聞かない、ってのは有り?」
『その方が良いかもね』
瑠璃ちゃんが横から口を出す。でも、「人間社会の事は良く判んない」と自分で言ってる瑠璃ちゃんでも、あたしのお父さんについては、何かマズいと思ってるって、どういう事なんだろ?
「正直、私も話したくない。話すのが気が重い事が色々有る」
「母さんには会った事有るの?」
「初めて会ったのは、小学6年生の時だ……1年しない内に、あんな事になったけどさ」
そう言いながら、瀾ちゃんは、頭をかいた。
『いやぁ、そう言えば、あんたの母親と、この子が初めて会った時は、笑える事が……やっぱり、後にした方がいい?』
瀾ちゃんと母さんが初めて会った時に、何が起きたかは知るよしも無いが、瑠璃ちゃんの楽しそうな様子からして、ロクでも無い事なのは予想出来る。
「だから、母さんが、どんな人だったか、良く知らないんだ」
「じゃあ、その内、教えてあげるよ。母さんが、どんな人だったか」
やがて、あたしの家が有る住宅街を抜け、広めの道路に出て、バス停に着いた。
「
瀾ちゃんが、バスの時刻表を見て、そう言った途端にバスがやって来た。
「
やって来たバスは、結構、席が空いてたので、あたしと瀾ちゃんは並んで座った。
「たまにね」
「でも、N鉄の久留米駅の方だよね。小郡から電車でなら、N鉄の方が近いし」
「いや……JRの久留米駅の近くに、父さんや、鳥栖の伯父さんの知合いが居るから、JRの久留米駅の辺りも少しは知ってる」
「父さんの知合いって? それに伯父さんの事も聞いてなかったよね」
「鳥栖に居る伯父さんの仕事は……お坊さんで、民間の児童養護施設の役員もやってる。富士山の噴火より後は『どっちが本業だか自分でも判んない』って、いつもボヤいてる」
「じゃあ、父さんの知合いって……」
「父さんや伯父さんの若い頃の知合いで、JRの久留米駅の近くで、飲食店やってる人が居て、伯父さんちに行った時、たまに連れてってもらった」
そんな事を話している内に、バスは終点のJR久留米駅前に着き、あたし達は、M学園まで歩いて行った。
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