(2)
おばあちゃんから、一通りの説明を受けた後、あたしと『お姉ちゃん』は、あたしの部屋で、二人っきりで話す事になった。
桜姉さんも、今日の夕方になって、おばあちゃんから連絡を受けるまで、何も聞いてなくて、居間で一騒動起きてる最中だ。
「ええっと……その……お姉ちゃん」
「瀾でいい」
機嫌がいいのか悪いのか、ちっとも、わかんない表情のまま、ぶっきらぼうな声。
『瑠璃ちゃん、この子、知ってるの?』
『いやぁ、ウチは、基本的に人間の区別は付かないんで……』
『どう言う事?』
『ウチは、巫女の脳を通してしか、人間の区別は付かないの。だから、あんたの脳が、死ぬ直前の満の脳のコピー品でも無い限り、満が瀾と呼んでた子と、あんたの前に居る子が、同一人物なのか、さっぱり判んない』
……つくづく、役に立たない神様だなぁ……。
『うるさいわね……いや、待って、あ、こいつの脳味噌、ウチがいじった跡が有る‼ こいつ、ホントにあんたのお姉ちゃんよ‼』
待て……今、凄い事言わなかった?
『いや、あんたの母さんや満に何か有った時の予備の巫女にする為に、何人かの脳味噌の中に、ウチと意思疎通をする為の回路を作ろうとしたけど、巧く回路が出来たのが、満とあんただけ。で、失敗作の一人に、満が、あんたの姉と認識してたヤツが居てね。それが、多分、こいつ』
『ちょっと待って……あたしが、瑠璃ちゃんと話が出来るのは、あたしに霊感とかが有るからじゃなくて、瑠璃ちゃんがあたしの脳味噌を勝手にいじったから?』
『うん。ウチは、ここに居たり、あんたの体に取り憑いてる訳じゃなくて、あんたの脳がウチと、四六時中、通信してるだけ。人間が霊感とか呼んでる
『あたしのお姉ちゃんの脳味噌も、本人に許可なく、勝手にいじった?』
『だって、脳味噌いじらないと、意思疎通が出来ないから、脳味噌いじってない状態では許可の取りようが無いのよ。いや、こいつの脳味噌は外部からの干渉を妙に受けにくいんで、途中で諦めたけど。あと、
『脳味噌を勝手にいじるって、大丈夫なの?』
『いや、ウチと意思疎通出来るようになる以外は……あ〜……え〜っと……うん、変な影響は無い筈』
『筈?』
『ここ何百年かは、あんたの母方の家系から……まぁ、その……急に頭が……なんて人は出てないでしょ……それほど多くは……』
「どうしたんだ? 急に、ぼ〜っとして?」
「いや、何でも無いよ」
瑠璃ちゃんには、後で色々、聞かないといけない事が有るな、こりゃ。
「あんなの好きなのか?」
パジャマ代りなんだろうか、お風呂に入った後、何故か迷彩模様の作務衣姿になった『お姉ちゃん』は、私の机の上に置いてある、アメコミのマイナーヒーロー「ブラザー・ヴードゥー」と、一九九〇年代の日本のマンガ「覚悟のススメ」の強化外骨格・
「う〜ん、小さい頃から、ヌイグルミとか女の子向けの人形より、こう云うのの方が……何て言うか好きだったけど、ヒーローオタクってほどじゃない」
「でも、最近、こんなの作られてたっけ? 昔のヤツなの?」
そう。昔風の『ヒーローもの』の映画やアニメやマンガの中の話が現実に成ってしまっている以上、『ヒーローもの』の新作は無い訳じゃないけど、ドキュメンタリーや社会派作品ばっかりで、オモチャも作られなくなってしまっている。例えば、TVやネット番組で、あたしが生まれる前の「子供向けヒーロー」の代りに放送されてるのは「子供向け時代劇」だ。
「うん。満姉さんが初めてのボーナスで買ってくれたんだけど、ネットオークションで手に入れたみたい」
「ところでさ、M学園を受験してるって聞いてるけど、私もなんだ。合格発表、一緒に見に行くか?」
「う…うん。瀾…ちゃんも普通科?」
「いや、理数科だけど……えっ?『瀾ちゃん』?」
「変かな?」
「いや……私も、その、
「う〜ん、どうだろ?」
「治水って呼んでも、嫌な気しない?」
「うん、いいけど……女の子の友達とか『ちゃん』付けで呼ばないの?」
瀾ちゃんは、少し考えて言った。
「中学に入ってからは、名字に『さん』付けかなぁ……いや、私、女の友達少なかったし」
ポリポリと頭をかく、瀾ちゃん。
父さんと、母さんは、職場結婚で、あたし達が生まれた頃に離婚。でも、職場では、その後も同僚だったらしい。
その父さんは、海外で行方不明。しかも、桜姉さんやおばあちゃんは知らないだろうけど、満姉さんが死んだのと同じ時期に。
何か、おかしい。
「あの……瀾ちゃんの…いや、あ、あたし達のかな? あたし達の父さんって、どう言う人」
「わかんない」
「え?」
「最近になって、父さんの事が判らなくなってきたんだ。以前は、父親って、ああ言うモノだと思ってたんだけど……私の家、普通じゃなかったみたいだ」
なに? 余計、わかんなくなった。
「まぁ、『普通の家』ってのが、どんなのかも知らないんだけどさ」
「ええっと、満姉さんとは、どうして知り合ったの?」
「母さんが死ぬ前に言ってたみたいなんだ。何年間かだけは、私を『普通の家』で生活させろ、って」
「ここの家、普通かなぁ?」
「どうだろう? ともかく、母さんが死ぬ少し前に、私が、高校の間、この家で暮す事が決まって、その後で、
源望さん? あぁ、おばあちゃんの下の名前か……。
「そりゃいいけど、何であたしに報せなかったのかなぁ?」
「いや、私に言われても困る。治水と、桜さん…だっけ、あの人に、源望さんも満さんも、何も言ってなかったみたいだし……」
「まぁ、満姉さんは、いい加減だったからなぁ……」
「え? そうだっけ?」
「え? 満姉さんを、どんな人だと思ってたの?」
「え…ええっと…う〜んと…何て言うか…優しい人」
何故か、だんだん、声が小さくなる瀾ちゃん。
あと、なんで、顔が真っ赤になってる?
まさかとは思うけど……。従姉妹だぞ。育ての親の娘だぞ。しかも中学生で十歳は年下だぞ。あの女たらし、よもや、そんな真似はやらかして無いよな……。
それに、ちょっと待て。今、凄い事に気付いた……。
あたしに恋人が出来たら、まさか、瑠璃ちゃんに、そう云う場面を覗き見されるのか?
そう思ってると、瑠璃ちゃんが、妙にニヤニヤした顔をしている。……あたしの人生、色々と終ったかも知れない。
「どうした?」
「いや、何でもない」
あぁ、そうか、瀾ちゃんの前でも、あたしが『満姉さんが死んでる』事を知ってるのがバレたりしないように気を付けなきゃいけないのか……。
家族が一人死んでるのに、悲しむ前に、変な事に気を付けないといけない。
「M学園に行く事になったら、満さんの部屋使わせてもらっていいかな?」
「あ、そうだね……受かりそうなの?」
「うん、合格ラインよりは、かなり上だった」
いきなり現われた姉妹は、同じ高校でも、理数科を余裕で合格。で、あたしは、普通科をギリギリ……ギリギリはギリギリでも、多分、ギリギリでアウト。何なの、この差は?
その時、瀾ちゃんは、自分の口元に指を当ててる。
「へっ?」
瀾ちゃんは、あたしに近付く。そして、瀾ちゃんと、あたしの顔が触れそうになる。
「念の為だけど、声を小さくして」
「な…なに?」
「知ってるんだな、満さんが、二度と帰って来ない事を……。満さんが死んだ事を」
「いや、何を言ってるの?」
「満さんが、帰って来るのなら、私が満さんの部屋を使える訳が無い」
「あ、そうだね……え、え〜と、それは、その、ただの勘違い……」
「仲間から聞いたけど、いまだに、信じられない。でも、知ってるなら、教えてくれ……満さんは死んだのか?」
仲間って誰? そんな疑問が頭に受かんだ。目の前に有るのは、瀾ちゃんの真剣な表情。
その時、あたしは初めて、満姉さんの死を実感した。
目が涙で霞んで、瀾ちゃんの顔が見えない。
「ごめん…ごめん…こんな事、聞いて……」
瀾ちゃんの声も、つらそうだった。
「でも、満さんが死んだ事を知ってるなら…治水が受け継いだんだろ…例の神様を…」
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