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 和さんと約束をしてからというもの、放課後のことが気になって仕方のなかった俺は、出場したストラックアウトで派手にゴールを外すというミスを犯した。優や他の奴らがちゃんと少しでも点を稼いでくれたからよかったが、俺がミスしたせいで総合順位は2位から4位まで下がってしまった。クラスの奴らも表立っては俺を責めないが、きっと心の中では「最後の体育祭なのに何ミスをしているんだ」と毒づいていると思う。

「どうしたんだ達哉。お前らしくない」

 熱気に溢れた、少し気まずいクラステントから離れて、点数表が貼られているボード近くの階段で座り込んでいると、優が駆け寄ってきた。その言葉に、クラスメイトの視線程の棘はなかった。

「いや、ちょっとな」

 言葉を濁す俺に対し、優が眉を顰める。

「どうせ名取絡みだろ?」

 どうしてわかったんだというように俺は優を見る。優はにんまり笑って、

「お前のことなんてお見通しに決まっているだろ。何年幼なじみでいると思っているんだよ」

と持っていたスポーツドリンクを勢いよく喉に流し込んだ。見透かされたことが恥ずかしかったのか、それとも炎天下に居るせいなのか、顔がなんだか先ほどより熱い気がした。

「お前を探しに行った時から変だなと思っていたよ。だってさ、ずっと突っ立ってんだぜ?周りが迷惑そうにしていてもお前気付いてないし。珍しいなと思ってたんだよ」

 そんなに前から変だと思われていたのかと驚いた。優は俺をよく見ていてくれているようだ。

「その上ストラックアウトで派手にゴールを外す始末だ。お前が動揺することといえば、俺には名取しか考えつかなかったんだよ」

「まるで探偵みたいだな」

 すべてを見透かされていたのが悔しくて、少し皮肉を込めて悪態をつく。だが、優には通用しないようで、苦笑しか返ってこなかった。

「で?名取と何があったんだ?」

 グラウンドを見つめながら優が俺に訊いてくる。グラウンドでは一年生の競技が行われていた。確か綱引きだったか。眼鏡はテントに置いてきてしまったため、視界がぼやけてよく見えない。

「男女混合リレーで彼女が走るんだってさ」

「名取、足が速いからな。それで?」

「クラスで1位になったら、放課後部室に来てくれだってさ」

 それが何を意味しているかなんて鈍感とよく言われる俺でも想像はつく。俺の想像が正しければ、だけれど。

「ふーん」

 優は自分から訊いてきたくせに、その一言しか言わなかった。もっと他にないのかと眉を顰め、何か一言言ってやろうと優の方を見ると、優はボソリと何か呟いた。

「なんか言ったか?」

 聞き返すと、優は目を見開いて勢いよくこっちを向いた。そして、眉を寄せて笑うと、何事もなかったかのようにまたグラウンドへと視線を戻した。

「なんでもないよ」

 そう言うと優は立ち上がった。やけにしんみりしている様子で、まさかと思い、階段を下りていく優の背に向かって言葉を投げかけた。

「和さんが好きなのか、優」

 俺がまさかそんなことを言うとは思っていなかったのか、少しその場で硬直した後、優は振り返り、眩しそうに眼を細めて笑った。

「そんなわけないだろ、バーカ」

 それだけ言うと、優は再び歩き出し、俺を置いて行ってしまった。取り残された俺はやる事もなくなり話し相手もいなくなったので、青い空を仰いだ。風に吹かれて雲が流れていく。永遠に見ていられそうで、階段であることも忘れて寝転がりたくなる。

 もう少ししたらクラステントに戻ろう。もうみんなの棘のある視線もなくなっているだろう。けど、万が一まだあの視線を向けられたならまたここに戻ってこよう。

 炎天下の中に居すぎたせいで、立ち上がった時めまいがしたが、なんとか階段を落ちないように注意し、俺はそのまま一年生の競技を見ながらのんびりと歩いてクラステントまで戻った。

 クラスメイト達は俺のことなど忘れてしまったかのように一年の自分の後輩を応援することに夢中だった。誰一人として俺が返ってきたことには気付かず、俺はまた別の居心地の悪さを感じながらも、ブルーシートの上に座り、今年で別れてしまう熱狂しているクラスメイト達の背中を、俺は先ほどの優のように目を細めて見つめた。


―ああ、何ということだ。まさかあいつに言われることで自覚してしまうなんて思っても見なかった。

 炎天下の中、一人の少年はスポーツドリンクの入ったペットボトルだけを持って、日陰で空を仰いでいた。青く綺麗な空は、今の自分の心とは真逆の色をしていた。

「まさか本当に好きになってしまうなんてな」

 一年前の自分なら絶対に考えられないことだった。親友と同じ人を好きになるなんて、絶対にないことだと思っていた。信じていた。

 あの健気でひたむきな彼女に惹かれていたのはいつからか。彼女の愛を一心に受けているくせに、何も気づかない親友に苛立ちが募るようになり、自分を好きになってくれだなんて柄にもないことを思うようになったのはいつだったか。もう覚えてはいない。

 確かなのは、目を閉じれば瞼の裏に浮かび上がってくるは彼女の後姿で、脳裏を掠めるのは彼女の微笑む顔だ。その横にはいつも親友の姿がある。それが酷く妬ましかった。

「七緒先輩?」

 突如声をかけられ、その声にビクリと肩が跳ねた。今まで考えていた彼女が自分の目の前に立っていた。

「あ、な、名取か」

「こんにちは。休憩中でしたか?」

「お、おう。クラステントは少しうるさいから」

「そうなんですか」

 それだけ言うと、目の前の彼女は俺から視線を外して辺りを見回した。どうやら俺の親友を探しているようだ。

「あいつならいないよ。先にクラスの方に戻ったと思うぞ」

「え、べ、別に達哉先輩を探しているわけでは・・・!」

「俺、達哉とは一言も言っていないんだけどな」

 からかわれたことがわかった彼女は眉をひそめて頬を少し膨らませた。頬は紅潮していて、どうやら照れているようだった。

「からかいましたね!?」

「ああ、悪い。つい、な」

 怒る彼女が可愛くて、つい笑ってしまった。俺の様子を見た彼女はますます眉をひそめた。

「ところで、男女混合リレー走るんだってな。達哉から聞いた」

「そうなんです。先輩も応援してくださいね」

「ああ、するよ」

 少なくとも、親友よりはするさ。

 それからいくつか言葉を交わしていると、後ろで放送が流れた。どうやら次は二年生の競技だそうだ。出場する選手への召集がかかっている。

「あ、この競技でなくちゃいけないやつだ。先輩、ここら辺で失礼します」

 丁寧にお辞儀をして、俺の返事は聞かないまま彼女は足早に俺の元から立ち去った。

 彼女の後姿を見送りながら、俺の方を好きになってくれないか、あいつより俺の方が幸せにできるのに、なんてことを暑いせいでぼうっとした頭で思った。

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