第8話 解析
落下と同時に踏み抜いた枝を手にする。
ぐずりと肉を突き刺す音と、着地のためずしゃりと土を踏みしめる音が鳴ったのは、ほぼとんど同時だった。
飛び降りざま、胸椎のあたりから斜めに刺し込んだ枝はその勢いのまま腹部にまで深く突き刺さり、男がこちらに気付く前に致命傷を与えた。
その意識が途切れる前、最後の力で振り向こうとする男の足を払い転倒させる。突き刺さったままの太い枝が折れ血が噴き出る。
「なっ―――」
倒れ込む音に気付き、もう一人の男がこちら振り向こうとする瞬間、素早く頭頂部と顎を掴み、斜めに捻り上げる。
折れた骨が首の肉と皮膚を突き破り、男は口からは白い泡を噴いて絶命した。
俺はその死体の手から短刀を抜き取り、素早く木陰に身を隠す。死体が倒れた音に気付き、入れ違いで残りの二人が近づいて来る。
「どうし……おい大丈夫か!?」
「ひでぇ……死んでやがるぜ。野郎ぶっ殺してやる」
「コカとカインがやられた! ヤツはその木の裏側だっ、ガキはいい、お前らも来い!」
流石に気付かれたか。
しかし思っていた以上に上手くいった。自分に殺しの才能が有るなんて思いもしなかったが、それ以上に驚いたのは殺人に対する罪悪感が無い事だ。
(いくらなんでもそこまで残忍じゃ無いと思うんだけど……やっぱ麻痺してんのかな? ……いや、今はそんな事より次に集中しないと)
賽は投げられた。既に行動は開始している。立ち止まる事は許されない。
二人も殺してしまったんだ、これから先、山賊達は今まで以上の警戒と殺意で臨んでくるだろう。
そして、既にこちらの位置は認識されている。見張りのために残っていた連中が呼びかけに集まって来るのも時間の問題だろう。
今の所、この場所にはその七人以外は居ないようだが……どこか他にも居るとしたら、そいつらも今の声で集まって来るかもしれない。
ああ―――残りの連中も速く殺す必要があるな―――
近づいて来た一人に周りこまれる前に、こちらから飛び出して短剣を振るう。
しかしそれは素早く反応した相手の短剣に受け止められ、ガキンと金属同士の鈍い音が散った。
繰り出された反撃を同じように短剣で捌き、顔に向けて上段蹴りを放つ。
男はそれを短剣を持つ腕で迎え撃とうとするが、俺はそれらが接触する前に足の指を開き、挟んでいた砂を相手の顔面に向けて撒き散らした。
反射的に眼を閉じた瞬間を見逃さず、蹴りの軌道を変える事で短剣を避け、指先で相手の髪を掴みこちらに引き寄せ、その勢いのまま反対の足で人中目掛けて飛び膝蹴りをお見舞いする。
自分でやっておいて何だが、ナイフでナイフを受けるとかんな芸当俺に出来たか? 香港映画じゃねえんだぞ。なんかさっきより反射速度とかが上がってる気がする。
「てめぇ!!」
仲間の死にキレた残りの山賊が、俺を取り囲む。
構えられた四つの切先が、動きを読ませないためかゆらゆらと揺れていた。
そこからシッと突き出される短刀を払い反撃に移ろうとするが、その度に別の方角から攻撃が飛んで来て、俺はやむなく防御に専念させられる。
くそっ……攻撃に移れねぇ、ジリ貧だぞこのままじゃ。
流石にこの手数を完璧に捌くのは無理か……いや、四対一の今凌げている事が奇跡なんじゃねえか。幸い深いのはまだ貰っていないけど、腕がメンヘラみたいになってきやがった。
(ヤベェなこれは……小手先でどうにかなる状況じゃ無さそうだ)
今はまだ不思議なことに防ぎきれているが、これ以上スピードが上がったり、何か違う手をだされたらお手上げだ。
いや、増援の可能性も考えると、膠着した今の状態が既に詰みかもしれないが、どうする!?
「死ねぇ―――!」
やばい―――これは避けられない。
やっぱり四人の攻撃を一本で処理するには限界があるか……!
首元を狙う刺突の一撃。短刀を持った腕は他の攻撃を捌くのに精一杯で、どうあがいてもこれを弾く事は出来ないだろう。
身を捻り躱す事は―――ダメだ、今そんなに大きく動いたら、今度は他の攻撃に対応出来ない。
「クソったれぇ!」
空いている方の腕を後ろに回し、二の腕でその攻撃を受け止める。
「ぐっ、がっあ……!」
突き刺さった短刀は骨に当たり、なんとか止める事が出来た。致命傷は避けられたが―――クッソ痛ぇ。
それまでの切り傷とは違った種類の痛み。
これまでの人生で例えようのない―――まるで焼ける様な痛み。それに意識を割かれて反応が遅れ、次に迫る凶刃がやけにスローに見えた。
俺は―――このまま死ぬのか?
死を意識した瞬間、目の前が真っ暗になった。
(あぁクソ……短い人生だったぜ)
視界に次いで、他の感覚も薄れてきた。
身体が無いような、意識だけで中空をぷかぷかと漂っているような……さっきまでとは違う空間に居るような、そんな奇妙な感覚。
停年一時間とちょっと。またゲームオーバーってわけか……。
(すまんさっきの女の子。助けてやれそうに無いわ―――)
『諦めるには早いですよ』
(―――うおビックリしたぁ! えっ、何これ直接脳内にってヤツ!?)
諦めかけていたその時、何も無いと思っていた空間に声が響いた。
音が聴こえるという事は、俺には耳がある……つまり身体もあるはずだ。
意識を強くその声に向ける。すると、薄まっていた五感を取り戻していくような感覚があった。
『長い間何のコンタクトも無かったので、問題無くやれているんだと思っていました』
身体の感覚は取り戻してきているが、意識は相変わらず暗闇の中にあり、声の主の姿は見え無い。
しかしこの
この世界に転生する前に聴いた、あの女神のものだ。
「長い間っていや、まだこっち来てから一時間しか経って無いんですがそれは」
『一時間、ですか? そっちとこっちで時間がズレてるんですかね』
(いやそんな事ぁどうでも良いんすよ! それよりもあのステータスは何なんすか!)
『? 貴方のお望み通り、ステータスを最強に設定したはずですが……?』
あ、今の言い方あざとい仕草をしているのがわかる。擬音を付けるならきょとんって感じで小首をかしげてるはずだ。ってそんな事はどうでも良くてだな!
(いやそのトンチはもう良いんだって! だから最強ってのは表記じゃなくて、転生先で一番強くしてくだしゃい! って事なの!!)
わかるでしょぉ? とこちらも対抗して可愛く言う。言ったつもり。やけっぱちだ。
『なってますよ』
(んじゃあ何で俺はあんなモブくせぇ山賊さん達に嬲り殺されそうになってるんですかね!)
『はぁ……ちゃんと確認しましたか?』
(だからステータス画面は確認したって……レベルとか力とかステータスに最強って書いてるだけだけじゃろ? 意味わかんねえわあんなもんアホかよ)
『ステータスのトップ意外にも、ちゃんと他のタブとかスキルとか確認しましたか?』
えっスキル? タブ? なんすかそれ?
『その様子だとステータス画面しか確認していないみたいですね。ゲーム脳のくせにやる事が中途半端ですよ』
えっちょっと何その話、詳しく今すぐハリーアップいやもう遅いのかもしんないけど!
『ステータスと同じ要領でやってみてください』
「スキル!」
はい速攻唱えますとも!
【スキャン:1】
わおスキル画面出た! えっでも一個しか無くない? しかもスキャンって何? もっと攻撃魔法とか、究極消滅呪術とか無いの? この際尻から出てもいいんだけど。これ役に立ちそうに無い名前してるよ?
『いえ、それこそが貴方の望んだ力ですよ』
「マジ? どういう効果?」
ステータスの時もそうだったけど、名称だけで説明が一切書いてねぇんだよ。
スキャン……英語で、意味はえーと、取り込む……読み込むとかだっけ?
『世界最強とは、相対的な物です』
……。なるほど、今の言葉で合点がいった。
これは解析だ。
その意味を理解した瞬間、頭の中でかちりと何かがハマった気がした。
「―――
そして、俺は何かに導かれるようにその言葉を口にしていた。
その瞬間、薄まっていた感覚が急速に戻っていくのを感じる。
転生直後、無造作に呪文を唱えていた時とは違い、何かが内側から抜けていく感覚。
おそらくこれが魔力が抜ける……魔法を使うという事なんだろう。
『その様子だと、もう大丈夫そうですね』
(あぁ―――えっ、っていうかこの話のためだけに来てくれたんすか?)
『まあ暇だったので』
(またまたぁ、優しい所あるじゃないですかぁ~)
へへへっと卑屈な笑みを浮かべる。
手が有れば多分揉み手で媚びていたいた事だろう
。
『そんな事より、そろそろですよ』
(あいよっ、ありがとうございました)
『いえいえ。それでは、しばらくは会う事が無いよう祈っています』
この場合、彼女は誰に祈るのだろうか―――?
そんな事を考えている内に、俺の意識は元の場所へと戻っていた。
目の前には、それまでと変わらず短剣がゆっくりと迫っている。
「―――スキャン」
弛緩した時の流れの中、その場に居る一人一人にスキルを唱えていく。
なぜ俺だけが動けるかなんて疑問は、今はどうでもいい。
俺は正しく理解した。
確かにこれは、俺が望んだ力のためにある魔法だ。
この魔法は、相手のステータスを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます