第9話 YES ロリータ NO タッチ

 スキルの発動も終わり、引き伸ばされていた時間が正常に戻っていくのを感じる。

 身体の感覚も完全に取り戻し、ようやく動けるようになったその瞬間、俺は一気に加速して左腕に突き刺さった短刀を引き抜き、輪の中心から外に出た。

 目標を失った残り三つの刃が空を切る。

 山賊達は何が起きたのかわかっていない様子で、突如消えた俺の姿に困惑していた。


「野郎、どうやって逃げやがった!?」


 離れた場所に俺の姿を見つけた山賊の頭が叫びを上げる。

 どうやったも何も、今のは普通に動いただけだ。一つ違う事があるとすれば、今の俺はこいつらの誰よりも圧倒的に速いという事。

 それまでとは比較にならないスピートで移動したせいで、奴らからすれば消えたように見えたのだろう。

 しかしそんな状況で声は荒げるが直情的に距離を詰めてこないあたり、激高してはいるが頭の中は存外冷えているらしい。

 わからない状況ではまず一呼吸置き、頭を冷やす。なるほどそういった冷静さも、山賊なんて荒くれ者達を纏めるには必要な要素なのだろう。

 距離を取った俺は、四人全員が視界に収まる位置で構えを取った。

 視界には並列して四つのウィンドウが表示されている。眼前の山賊達のステータスだ。

 俺のそれとは違い名前とレベルの項目は存在せず、体力や攻撃力、魔力などがされ表示されていた。

 俺は四人のそれらを冷静に見比べる。


(ざっと見て1つだけ数値がずば抜けて高いヤツが居るな。順当に考えてこれが盗賊のリーダーか)


【体力:230】【魔力:83】

【 力 :200】【攻撃力:230】

【防御:196】【魔法防御力:95】

【俊敏:180】


 こいつだ。

 視認する。確認する。認識する。解析する。―――幾つもの工程を経て理解する。

 俺のステータスは表記上、変動は無いだろう。しかし、ステータスボードに表示されていた“最強”の二文字。その意味を、今こそ正しく理解する。

 世界最強とは相対的なモノだと言う女神の言葉。

 ―――俺は今、こいつらを上回った。


(こいつらとさっきの兎、順番が逆ならもっと強くなれたんじゃねえの? うわもったいな! いやあの戦闘にも経験値的な物はあったのか? レベル表記も最強だからわかんねえな)


 なんて、状況にそぐわない呑気な事を考えてしまう。今の俺にはそれくらいの余裕が生まれていた。

 まぁそれはどうでもいい。

 悪人相手に躊躇する事も無い。間違い無いとは思うが確証を得るためにも実験台になって貰うぜ。

 YESロリータNOタッチ。

 とりあえずてめえら全員死ね。



「こいつ……よく見りゃガキじゃねえか……とんでもねえ野郎だぜ、三人も殺しやがって。どうやって逃げたのかは知らねえがもう油断しねえ」


 陣形を組んでにじり寄って来る四人から向けられる殺意。

 これまでとは比べ物にならないそれにも、何も感じない。

 それは変動したステータスによって絶対的優位に立っているという根拠の有る自信に寄る物……だけというわけでもなさそうだ。

 俺の方でも今までより明確に“殺す”と思ったせいで、アドレナリンとかそういうのがドバドバでハイになっているんだろうか。


「なあ、1つ聞いていいか? あんたらはなんであの女の子を襲ってたんだ?」


 精神的に余裕があるので、ずっと気になっていた疑問を口にする。


「あぁ? なんでテメェがんな事気にするんだ」

「まま、そう言わずに。これで最後だと思って」

「……まぁ良い、答える必要も無いが冥途の土産に教えてやるぜ。あのガキは魔眼持ちホルダーなのさ」

「おい、余計な話はするな」


 ホルダー? ……所持者? というと、何か宝物でも持ってるのか……それなら確かに、納得出来るかは別として山賊なんかに襲われる動機としては充分だが。

 しかし例えどんな物を持っているとしても、だからといってこんな子供を襲っていい理由にはならないはずだ。

 俺の居た世界とは理屈が違うのかもしれないが、そんな物に従うつもりは無い。

 郷に入れば郷に従えなんてのはくそくらえだ、あんな幼女を見捨てるのがこの世界の道理なら、そんな物無視して俺のやりたいようにやらせてもらう。それがちんちんに従って生きるという事よ。


「んにゃぴ……よくわかんねえけど、やっぱりあんたらが悪者って事に間違いは無さそうじゃねえか」

「だからどうした。俺達が悪者なら、てめぇは正義の味方気取りであのガキを助けようってか? まさかてめぇ、マジでそんな理由で俺達に喧嘩売ってきたんじゃねえだろうな」

「ダメ?」

「ハーフの奴隷なんかに酔狂な奴だぜ、頭おかしいんじゃねえか? はっ、それで自分が殺されるってなりゃ世話ねえぜ」


 モブ山賊が俺を罵って来るが、耳を貸すつもりは無い。

 安い挑発は動揺、気後れの現れだ。

 というか奴隷。奴隷って言ったか? やっぱ転生物だとテンプレだしこの世界にも奴隷制度は有るんだな。

 美少女奴隷……悪く無い響きだが、そんな物が許されるのは全宇宙を探そうとも抜きゲーの中にしか存在しない。

 俺は不幸な女の子でシコる事は出来るが、女の子を不幸にするオナニーは出来んのだ。


「善悪を語りたいなら、もっと平和な相手と場所を選んでやるんだったな。ガキはこんな所に来ないで家でママの乳でも吸ってりゃ良かったんだよ」

「あぁ。あんたらをとっとと片付けて、あの子のおっぱいをしゃぶらせてもらうとするぜ」

「口の減らねえガキだ。野郎ども、やっちまえ!!」


 その号令を呼び水に、山賊達が再び襲い掛かって来る。

 俺は拳をグッと握りしめ、迎え撃つ構えを取る。

 突き出される攻撃よりも早く、俺は地面を蹴って推進し、相手の内側に潜り込んで胸のあたりを殴りつける。

 鈍い音がして、おそらく骨を折った感触だろう。気持ちの悪いそれを無視して次の山賊に視線を移す。


「こいつ、突然強くなりやがったぞ!?」

「狼狽えるな! ヤツは魔法を使えるんだ、身体強化くらい出来たとしてもおかしくねえ!」


 身体強化!

 なるほど、そういう魔法もあるのか。

 だが事実がどうであれ、向こうからすればそう見えるのも無理は無いか。それまでじわじわと嬲っていた相手が突然自分達を上回ったのだ。

 いや、ステータスの上昇という意味では、俺のスキルも身体強化の一種と考えてもいいのかもしれない。


「ちくしょう、死にやがれ!」


 惑いながらも右薙ぎに振るわれた短刀がこちらに届く直前、それを持つ手首を掴み、力の流れを利用した上で相手の顔面に向けて折りたたむ。

 自らの頬に刺さった短刀に気を取られている男の反対の頬を張り倒し、顔の骨を粉砕する。

 間違いなく攻撃力も素早さもこれまでの非じゃない。

 今の俺にとって、既にこの戦いは交戦では無く一方的な暴力に過ぎない。

 それがわかれば、この戦いを長引かせる理由も無い。ものの一分もしない内に、俺の周りには四つの死体が追加されていた。


「っ……うぐあ……」


 いや訂正、一人だけまだ息があるらしい。

 山賊のリーダーだ。


「おまえ……何者だ?」


 だが雌雄は決している。

 起き上がるほどの力は残っていないようで、地面に転がったまま顔だけをこちらに向け、血と共に言葉を流す。


「あんたらが悪党だっていうなら、やっぱり正義の味方ってヤツなんじゃねえかな」

「他の奴ら……俺の仲間は全員死んだのか」

「多分」

「チッ……しゃあねぇ、山賊家業なんざやってんだ、いつかは野垂れ死ぬ定めだったろうよ。俺達にとっての死神がお前みたいなガキだとは思ってもみなかったがな」


 あれ、意外と諦めが良いな。

 もっと口汚く罵られるかと思ってた。


「最後に一つ……俺からも聞いていいか?」

「答えられる事なら、どうぞ」

「何でお前、全裸なんだ……?」

「……」


 何で、と問われると、うーん。

 こっちが聞きたいくらいだ。起きたらこの姿だったんだから。

 わかんないので、適当に答える。


「坊やだから……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る