第7話 俺のワイドホワイトボールを食らえ!

 しかしあいつら何人居やがるんだ?

 俺の位置から確認出来るのは四人、五人……七人か。

 目視出来る数はそんなもんだが、さっきあの子を見つけた山賊は別の道から来たみたいだったし、まだ他に別動隊が居る可能性も考慮しておいた方が良いだろうな。念のため少し多く見積もっておこう。

 とすると……倍の数、十五人くらいは居ると考えておいた方が良いか?


「普通に無理じゃない? 俺別に超人じゃないよ?」


 いくら俺の愛読書が刃牙だからって武器を持った大人がそれだけ居ると厳しいどころか負けイベントじゃねえか。この数の差はどうにもならないだろ。

 せめて一人ずつ……とまではいかなくても、少人数ずつおびき寄せられればどうにか出来るかもしれないが、あまり時間をかけているとあの女の子がどんな目に合うかわからない。

 俺は足元にいくつか転がっているこぶし大の石を両手でそれぞれ一つずつ拾い、握りしめて質感を確かめる。

 ……うん。どれも重さ・硬さ共に充分そうだな。

 時間も無いし、さて。

 とりあえずはこれを襲撃の狼煙としますか―――



 山賊は密集した陣形を組んでいるので、集団の真ん中あたり狙って思いっきり投げたら誰か当たるでしょ? と楽観的に行きたいところだが、外してしまった場合やましてや女の子に当たってしまうと目も当てられない大惨事なので、まずは右手に持った石を威力では無くコントロールを重視してサイドスローで投擲する。

 露出している顔面に当てられれば一撃で倒せるかもしれないが、生憎と俺は野球部では無いのでそんなコントロールは無い―――当然そんな小さな的を狙えるわけが無いので、狙うは守りの薄い頭部、では無く人体で一番大きい場所、胴体だ。


(ピッチャー振りかぶって……第一球……投げた……っと)


 俺のワイドホワイトボールを食らえ!


「ぎゃっ」

「っ、なんだ!?」


 よし。

 見つからないように隠れながらなので、ちゃんと狙えるかどうかと服の上から充分なダメージを与えられるかが少し心配だったが―――上手く当たってくれたようだ。それに思ってたよりも結構効いてそうだし。


「誰か居やがるのか!? 出てこい!!」


 当然の事なが山賊達はお怒りだ。まだ見つかっては居ないみたいだが。

 しかしよく見りゃ品のねえアホ面した奴らばっかりじゃねえか。まぁ山賊なんかに身を窶す連中だらそんなもん期待する方が野暮ってもんだよな。

 だが、かと言って馬鹿だとは侮らない方が良いだろう。被弾した箇所から俺の居る大まかな場所が割れるのは時間の問題だと考えておくべきだ。


(どうせいつかバレるなら今のうちに全部投げ切ってやるわ、食らうがよい)


 俺は足元にある、ダメージを与えられそうな大きさの石を手あたり次第拾っては投げつける。

 その様はさながらウンコを投げるゴリラそのものだ。


(託夜選手、千切っては投げ、千切っては投げの大活躍です……っとな!)


 やがて足元の石を全て投げ切った後、俺は素早く木の上に上り身を隠した。


「おい、お前ら大丈夫か?」


 無傷の男のうち一人が、あたりを警戒しながら被弾した山賊たちに声をかける。

 まだ確実な位置がバレたわけでは無さそうだが、視線からして既に俺の居た方角にあたりを付けているな。

 次は木の上に隠れたのがバレるまでどれだけ猶予があるかだが……。


「あ、あぁ……かなり痛ぇが、動けない程じゃねえ」

「見ろよ、服が破れてやがる。土系統の魔法の使い手か? ……こりゃあ面倒だぜ」

「しばらく我慢してな、向こうを確認してからすぐ治療してやるぜ」

「頼んだぜ、すまねぇな」

「よし。怪我をした連中ははここに残って警戒。ガキを見張っておけ。俺とバッツは右から、コカとカインは左からだ。やっこさんはあのあたりに居るぜ。残った連中はもし怪しいやつが見えたら、大声で位置を知らせてくれ。逃がすなよ」

「「「了解」」」


 うーむ……指示を出して周りの連中もおとなしく従ってる様子からするに、あのハゲがリーダーか。

 棟梁と思しき人物が、少し前まで俺が隠れて居た場所あたりを指さし、そいつ本人を含めた計四人の山賊がこちらに向かって来る。

 狙い通り分断は出来たみたいだが、それも三人を元の場所に張り付けたに過ぎない。

 いや、上々だと思うべきか。これ以上を望むのは贅沢ってもんだよな。欲しがりません勝つまではだ。

 そんじゃああまり時間をかけすぎると他に連中の仲間がやってくる可能性もあるし、なるべく速く終わらせないとな。

 さて、そうと決まれば問題は刃物を持った相手に、しかも複数人を相手にしてどう戦うかだ。

 ツーペアに分かれているとはいえ四人。もうさっきの手は使えない。木の上では石の補充など出来ないし、不安定な姿勢から投げたところで大したダメージは見込めないだろう。体勢を崩して落ちでもしたら目も当てられない喜劇だ。

 なら、今俺が武器に出来る物は……足場にしている木の枝くらいか。さっきの兎を相手した時と同じじゃねえか。

 それなりの太さはあるし、へし折って落下する勢いで突き刺せば流れで一人二人くらいは殺せそうだが、それだとそのあとが続きそうに無いな。

 その後に集まってきた残りの連中に袋にされるのがオチろう。


 武器を持った人間を相手にする場合の鉄則は、“そんな相手とは戦うな”だ。

 道具を持った人間はそれに依存し、攻撃が単調になるから御しやすい、なんて書いてある本もあったが、そんな物は嘘っぱちだ。トラックに轢かれりゃ異世界に行けるってくらいのファンタジー。

 山賊なんて人を殺し慣れてるだろうし、使う側のストレスなんてのも無いと考えた方が良い。

 鈍器なんてただ振るだけで殴る蹴る以上の暴力だし、防御された所でその上から相手の身体を容易く破壊出来る。

 刃物の場合はもっと厄介だ。深く刺されば致命傷になるし、手足など末端を切りつけてくる手合いはそれ以上にタチが悪い。自らの持つ武器の優位性を正しく認識し、慢心する事無くこちらを削って来る手合いというのが一番厄介だとホーリーランドでも書いてあった。

 出血は体力を奪い去るし、打撃や投げと違って普段慣れる事の無い痛みは判断を鈍らせる。

 死ぬ前夜玉ねぎ切ってる時に指切った俺が言うんだから間違い無い。


(とは言った物の、もう始まってるし今更退けんよな……そのつもりも無いけど)


 不利は承知でやると決めたのだ。

 俺は近付いてきている山賊達から視線を切り、さっきの女の子の様子を伺う。

 監視は三名……さっき俺が投げた石が当たった連中だ。

 様子からして打撲以上、骨折以下といったところか。

 思っていたよりはダメージがあったみたいだが、それでも動きに支障が無い程度のレベルだ。やはり服の上からだとダメだったか……。


(しかし服を貫通したと言ってたよな。俺の世界のそれよりも生地が薄いのか?)


 俺がドンキかスパイダーマンなら木の上を飛んで助けに行くんだがなぁ……ダメダメ、アホな事考えて無いで真面目にどうするか考えよう。

 とりあえず、残った連中は今すぐ女の子をどうこうするつもりは無いようだし、今は無視して良いだろう。

 さて……それなら目下の問題は、文字通り目下木の下までやってきた二人の山賊だろう。

 出来ればあのハゲを先にやりたかったが、今一番近くに来ているのはコカとカインと言われてたペアだ。

 まあそこは高望みしても仕方ないか……。


(一人は飛び降りざまに天誅するとして、もう一人は動揺している間にうまい事やれたりしないだろうか) 


 問題はそのプランだが……。


(肩甲骨のあたりから腹にかけて斜めに突き刺して、もう一人はこちらを認識する前に背後から首を折る。流石に他の連中には気付かれるだろうが、それは仕方がない。んであの女の子だが……人質にされる心配とかは大丈夫だろう。関係者ってわけでもないし)


 うん? なんで俺、こんな自然に人間を殺すなんて考えられてるんだ?

 わかんねえけど、今はそれが自然な事だと思えてしまう。

 さっき兎さん殺したから麻痺してんのか? まぁそれは考えたところで仕方ないか……。


(よし、3、2、1で行くか)


 3……

 2……

 1……


「ヌッ!」


 短く息を吐き、足場にしている枝を踏み折る。

 俺は落下中にそれを手にし、まずは真下に居る山賊の一人目掛けて突き出した―――

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