第5話 お漏らしプレイ
「きゅい」
かわいらしい鳴き声と容姿に比べ、そのサイズはかなり凶悪な代物だった。
体長は3m以上、体型もそれに相応しくかなり肉厚で、まさしく
あの特徴的な長く垂れた耳と身体中を覆う白色の体毛が無ければ、大型のサイと言っても通じるだろう。
その化け物の
……彼我の距離は目測にして5m。俺の知っているそれとのスケール差から考えるに、あの
「ステイステイ、お待ちになって? そのまま、そのままよ。良い子だから動かないでプリーズ……」
及び腰になりながら後方に下がると、あちらも同じ分だけぴったりと距離を詰めてくる。という事はやはり、これがあの兎にとって一息で詰められる距離と考えて間違いなさそうだ。
けれど様子を見て居るだけで何もしてこないという事は、まだこちらを警戒しているという事だろうか? だからといってこの膠着状態がいつまでも続くとは思えないが……。
……あぁくそう。だろう、だろう、だろうと。さっきから推察ばかりだな。
可愛ければ何でもウェルカムな俺だが、それはあくまでヒトガタの範疇においてという但し書きが入るのだ。兎型の獣人にプレイの一環としてハムハムされるのならともかく、こんなお化け兎の求愛は御免蒙るぜ。
「あんっ」
こつん、と
森の中で後方を確認もせずに下がり続けた俺は、当然のごとくそのプリケツをそびえる樹木にぶつけ退路を失った。
……後がダメなら、横に逃げるか?
「オーライオーライ……」
俺はゆっくりと、化け兎から視線を切らないように注意を払いながら背を付けた大樹に沿って円を描くように移動し、退路を確保しようと試みる。
しかし兎も同じようにじりじりと旋回しながら移動し、俺を正面に捉えて離さない。
「求婚するならせめて人語を解してくれ。そうしたら抱いてやらない事も無いぞ……」
懸命に説得を試みるも言葉の壁は厚く。相変わらず兎は俺に狙いを定めたままだ。
……いや待て。兎、だろ?
いくら俺の常識から逸脱した規格外のサイズだとしても、所詮は兎。
破壊力とは質量と速度であると花山薫も言っていたし、攻撃力がそれなりにある事は間違い無いだろう。
しかし繰り返すが、兎は兎である。
という事は、寂しいと死んじゃうような豆腐メンタル生物のはずだ。
しかもこいつは背を向けていた俺に襲い掛かるでもなく、わざわざ鳴き声で自らの存在を示してきた。
今はまだ好奇心が先行していて敵意は無い……そう考える事も出来るんじゃないか?
で、あるならば。
脅してびっくりさせればワンチャンあっちの方が逃げてくれるんじゃないか? うーん無理かな?
無理っぽい気がするけど、他に良い手も思い浮かばない。
そうと決まればあとはその方法だが……よし、古典的ではあるが威嚇するポーズと大声、この二つを併用しよう。
荒ぶる鷹のポーズ、からの……!
「ぬわあああああああああああああああん!!!」
ドヴァーギンもびっくりのスゥームを食らえ……!!
「!!!」
よし……効いてる! ……気がするぞ!?
「おぉぉぉぉぉん!!」
「ヘアッ!?」
なんということでしょう、こいつ驚いて逃げるどころか興奮して突進してきやがった!?
「回避ィ!」
叫び声をあげ、なりふり構わず地面を転がってなんとかそれを躱す。
身体中が土にまみれ、砂利や小枝が全身にちくちくと刺さりまくって超痛いけど、んなもん気にしている場合じゃねえ!
俺は転がった勢いのままに素早く立ち上がり、先ほどまで居た場所に視線を戻す。
「ふーっ、ふぅーっ!」
奴の鼻息は荒く、俺が背にしていた樹はものの見事にへし折れていた。
……嘘だろオイ、あれ外周2mはあったぞ。
そんな物をタックル一発でおしゃかにするなんて流石にヤバすぎないか?
想定していたよりもずっと攻撃力がありやがる。あんなもんまともに食らったら一撃でイクんじゃねえか?
……さて、ともかく驚かせる手は通用しなかった。なら次はどうする?
正直、さっきの動きは速過ぎてほとんど目で追えるものではなかった。
なんとなく動き出す気配を感じてこちらも咄嗟に動かなければ、あのへし折れた木の姿こそが今の俺だ。
……いや、それも時間の問題か?
確かに俺は頭パラッパラッパーだが、流石に野生動物と追いかけっこして逃げ切れるなんて思い上がれる程能天気では無いし、そもそも獣相手に背を見せるのはリスクが大きすぎる。
しかしこのままではどのみちじり貧で、俺に待ち受ける運命は確実な死だろう。
……一か八かで突貫するか?
いや、待て待て待て。思い返せば転生してからこっち、俺が思い付きでやった行動は全て徒労に終わっている。
今までの流れからすると、今回のそれも裏目に出る可能性が高い。
失敗するだけならまだしも、今ベットしているのは俺の命だ。
(何か……何か使える物は無いか?)
この世界で俺が今唯一持っている手札は、神様からの贈り物である【最強】とかいうステータスだけだ。
だがこれは正直意味がわからないし、何か適応されるための条件があるとしても検証している時間は無い。だからとりあえず、俺自身の持つ力には期待しない方がいいだろう。
ならば何か……何か周りに使える物は無いか。
兎から注意を逸らさぬように努めながら、慎重に辺りを伺う。
森の中だから石礫と砂、枝……さっきの突進で倒れた樹の破片なんかはデカい上に鋭そうだが、あの兎の身体を貫ける程だとは到底思えない。
その樹の本体をへし折るようなタックルをして無傷なんだ、ダメージは通らないと見ていいはずだ。
(そう都合よく何かあったりしないか……)
考えろ、考えろ、考えろ。
諦念は死を招く。考える事を放棄したならば、それはいよいよ以て終わりの時だ。
手持ちの品……アイテムは無い。そもそも俺は転生してからこっち全裸で何も持ってねえんだよ。
(漏らしながら泣いて土下座したら許してくれないかしら……)
ええい馬鹿か俺はいや馬鹿だけどさぁ!
そんな平伏すような姿を野生動物に見せたら次の瞬間に潰れた柘榴みたいにされるのがオチだろうが、そもそも出そうにないし!
考える事を止めないというのと、無意味な事を考えるのは違うでしょお!
(いや待てよ、確かに体の外側は無理そうだけど、内側ならどうだ……?)
漫画とかゲームでもそういうシーンあるよな? 口の中に銃口を突っ込んだりさ……?
(いけるか……?)
しかし現状、視界に入る限りで一番大きく丈夫そうな木片はさっき折られた樹の破片……あの兎の足元に転がっているものだ。
(どうにかしてあっちにもう1度、しかも今度は前に。いけるか……!?)
いや、迷っている場合じゃない。
やるかやらないかじゃなく、やらないと死ぬんだ。
他に名案も思い浮かばないし、腹をくくればあとはタイミングの問題だ。
さっき逃げた時とは違う、前に出るために腰を落として構える。
何かタイミング、切っ掛けがあれば奴も動く筈だ。それをどう作るかだが……。
(あ、やばい緊張しておしっこ出ちゃう)
漏らすなんて事を考えていたせいだろうか、突然襲い来る尿意に俺は思わず身震いしてしまう。
その時、ぴちょん、と。
それはおそらく、錯覚だろう。
溜水ならともかく、土や落ち葉の上に落ちた水滴が音を鳴らすわけが無い。
しかしいつ行動に出ようかと考えつ気を張っていた俺は、緊張が作り出したその幻聴に思わず反応して前に出てしまった。
(やぁってしまったぁ―――!!)
前面ローリング回避を服行した俺の頭上を、白い影が通り過ぎる。
(あっれれぇ!? やった!? やれてしまったの!? 俺マジパネェ! 抱いて!!)
あかん、心臓が超バクバク言っているし、ついでに驚きのあまり聖水が全部出てしまった。俺は死ぬ前に大きい方を済ませていた事を女神とは違う神に感謝した。
飛び起きざまに一番大きな木片を掴み、切っ先を落として構えを取る。
刃先は向けず、あくまで警戒させないよう無造作に。怯えた獲物が藁をも掴んだという体を装って。
いや間違いではないんだけど。これが失敗したらマジで終わりだろうし。
一撃で終わらせるか、こちらを獲物と考えるには危険な存在だと判断して逃げ出してくれるか。
勝利条件としてはそんな所だろう。
大声で驚かせようとした時のように中途半端にやって、今以上に激高させてしまった場合なんかは最悪だ。
俺は覚悟を決め、そのタイミングを待つ。
何も今まで無様に逃げていただけじゃない。今までの二回であいつが飛びかかって来る時の予備動作は読めた。
(あの兎は動き出す時、必ず右の耳を二回痙攣させる。それが合図だ)
身構えたまま、その時を待つ。
実際には一分と経っていないだろうが極度の緊張からやけに長く感じ、額からは変な汗も流れ始めた。
そして目に入るそれにも構わず更にしばらく待っていると、ついにその時はやって来た。うさ耳がぴくり、ぴくりと二度、極小の動きをし―――
(おしバッチコイ―――!!)
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