第3話 で、俺を気に入ってる神様っていうのはどんな神様なんですか?

「あわれミンチとなった小走少年は、その短い生涯の幕を閉じた……残念な事に、めでたしめでたしではありませんが。ちなみに、編集など手は一切加えておりませんので」

「マジかよ……」


 俺は映し出された映像にショックを受け、喉を鳴らす。


「このようなものが御自身の死因だなんて、認めたくない気持ちはお察ししますが―――」

「ひとり言多すぎんだろこいつ、やべぇ奴じゃん」

「はっ、えっ? 突っ込むところそこなんですか!?」

「いやだって、路上でこんなの居たら目も合わせたくねえよ。道変えるわ」

「そこは同意しますが、えぇ……?」

「あぁ、でも……そうかぁ、本当に死んじまったのか、俺は」


 身体から力が抜け、腰を落として座り込み地面に手を着く。石造の白い床は硬くひんやりとした感触を返して来たが、掌に伝わるそれもどこか遠く感じられた。


「で……転生でしたっけ。ここまでお決まりの流れが続いてるところを見ると、元の世界でってわけじゃないんですよね?」

「ええと、まずは死後の世界について説明させていただきますね」


 そう言って、少女はわざとらしく咳払いをしてから語り始めた。


「本来、死んだ魂というのは原則として同じ世界で生まれ変わりを繰り返し、循環していく物なのです。貴方たちが輪廻転生と呼ぶ物ですね。しかし、死後すぐに生まれ変わる事が出来るわけではありません。これは、その世界の現世に存在出来る生命の総数が決まっているからという理由なのですが、その場合は風俗における待合室のような場所で順番待ちをする事になります」


 なんつう例えをしているんだこいつは。やっぱり頭おかしいんじゃねえのか? ゲームに出てくる女神様みたいな服装だなと思ってたのに一気に場末の痴女になったぞ。


「しかし稀に、今回の貴方のように本来死ぬ予定に無かった命が失われてしまう事が

あります」


 ……予定に無かった。

 という事は何か、裏を返せば人が死ぬタイミングはあらかじめ決められているのか。

 その言葉に俺は、頭の深いところに熱が燻る感覚を覚えたが、気にしないように努めて話の続きに耳を傾ける。


「輪廻転生とは、ロケットペンシルのように新しい魂がやってきたから待機している魂が押し出し一点で現世に、というように簡単な話でもないのです。ですからその場合、待機所からもあぶれてしまった魂は、本来であれば消滅するしかありません」

「……ふむふむ」


 今の話を聞く限りで、俺は転生などせず消滅する流れになると思うのだが。

 だがしかし、これから無へと消えゆく奴を相手にこんな話をするわけがないだろう。という事はやはり―――


「まあ、ここまでの会話で私の方からは一言も“転生”なんて言っていませんけどね」

「ファッ!? ウッソだろお前wwwwww『草を生やすな』話の腰を折って申し訳ありませんから僕の骨は折らないでつかぁさい握りしめた拳を解いて?」

「…………。ですが、何事にも例外は存在します。徳の高い者や、何か世界に残る偉業を成した者。後はまずあり得ませんが―――“神”や“悪魔”といった存在に気に入られた魂などがそうです」

「あの先生」


 質問です、という意思表示を籠めて右手を上げる。


「はい。なんでしょうか?」

「あの、こんな話をして頂いているという時点でやっぱりそういう事で間違いないとは思うんですが。自分で言うのもなんですがね、先ほどの映像とこれまでのやりとりにもあります通り、わたくしめは徳とか偉業とかそういったものからは程遠い存在というかですね」


 ぶっちゃけ何かの間違いなんじゃねえの? と。俺は言外に含めた。


「そんな事は言われるまでもなくわかっていますよ」

「ドイヒー!」

「黙れ」

「くぅん……」



「その例外ですが、そういった者達は順番待ちを飛ばした上で特別な力を与えられ、生まれ変わりを行ったり、あるいは貴方が言う転生―――まったく別の世界に飛ばされる事があります」


 その後、何事もなかったかのように話は継続された。短い時間で俺のあしらい方が上手くなったじゃないかこいつ……。


「話はわかった。要はすげえ仕事が出来る奴か上司に気に入られた奴が得って事だよな?」

「……まぁ、ざっくりと言ってしまえばそういう事になり……なりますよね?」

「君、今馬鹿が移るとか思ったでしょ」

「で、貴方ですが。お察しの通りこの転生を行ってもらいます」

「ええと、じゃあ例外の方……って事っすよね?」

「誠に遺憾ながら」


 当たり辛くないですかね。もうちょっと優しくして欲しい。


「ちなみに、俺を気に入ってる神様っていうのはどんな神様なんですか?

「オナンです」

「ふざけてんじゃねえか?」



「あ、ところでさ」

「? どうかされましたか?」

「いや、転生するにあたってなんか特殊能力とか貰えるのかなあって。漫画とかラノベだとよくあるじゃないですか、身体能力が上がったり、どんな魔法でも使えるようになったり。あーあと意味不明なチートスキルが使えるようになったりとか」

「はぁ……欲しいのであれば1つくらいなら便宜を図る事もやぶさかではありませんが、ちなみにどんな能力が欲しいんですか?」


 こいつどこまで厚かましいんだよという思いが伝わって来そうな眼差しとは裏腹に、吐き出される言葉は存外優しい声色だった。いや、強欲な壺だと思われて諦められただけな気がしないでもないが。

 しかし1つか……制限がなければレベルマックスを始めとして、全属性魔法使用可能や全スキル解放とか、お金使い放題など色々欲しものは思い浮かぶんだが。


「そういうのはプロアクションリプレイでやってくださいね」


 心読みやがったぞこいつ! というか死後の世界の例えといい、神様っていうのは思っていたよりも俺の世界の俗世にさといな。

 しかし1つだけとなると……うーむ……あぁ、思いついたぞ。


「決めた。ギャルのパン」

「…………」


 ぴくりと動いた拳に冗句を言い切る事もできず、その後俺は冷めた眼差しに晒されながら本当の希望を伝えた。



「そろそろ時間ですね」


 少女が手を振ると、またもや俺の目の前にウィンドウが表示される。だが前回と違ってカウントダウンは無く、代わりに扉の形をしたボタン……のようなものが表示されていた。

 状況から察するに、これを押すと転生が始まるという事だろうか?


「さて。最後になりますが、何か言い残す事……前世に未練などはありますか? 聞いたところでどうにか出来るわけではありませんが、次の人生を迎える前に吐き出してしまうのも良いかと思いますよ」


「未練なんて……」

「未練―――」

「……未練?」

「あっ、俺のパソコンとスマホとタブレットのデータ全部消していやなんなら家に火を―――」


「ふんっ」


 言い終わる前に、少女の手によって転生スイッチ(仮称)が押されてしまった。

 こうして、俺の第二の人生と、物語の幕は切って落とされたのだ―――



「しかしまぁ、私は一言も転生先が“剣と魔法の世界”だなんて言っていませんのに、魔法だとかスキルだとか、あの思い込みの激しさは何なんでしょうね? や、確かに行先は剣と魔法の世界なんですけど……」

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