喋る男性⑴

 彼に手をとられ向かった先は、豪邸だった。彼は、いかにも高そうな鉄格子を開け、振り向いた。

「おいで」

  とっくん

 心臓が高鳴る。優しい声に包まれて、私は彼が言うままについていった。

 広い庭園を歩いた先には、おとぎ話から抜け出してきたような、みたいな建物があった。

「えっと・・・ここですか?」

あまりの大きさに、戸惑っている私に彼は、

「そうだよ」

と当たり前のような口調で言い家のドアを開けた。彼のその態度にも、驚かされている私の背中を押した。

「ほら、早く入って。危ないよ」

“御曹司か何かかな”と思いながら、

「お邪魔します」

と呟き、入った。


 最初に見えたのは、吊り下げられている、大きな大きなシャンデリアだった。また唖然としている私の前に

(おかえりなさいませ。透羽とわお坊ちゃま)

60代後半であろう、タキシード姿のよく似合う執事さんが現れた。透羽さんって言うのか。綺麗な響きだ。

  とっくん

 心臓が脈を打った。

(ただいま。嶋田しまださん、お坊ちゃまはやめて。もう20だから)

(あぁ、すみません。みなさんをそう呼んでいるので、ついつい癖が・・・ところで、そちらの女性は?)

女性・・・初めて言われた!

 ちっぽけなことで喜んでいる私を横目に、

(あぁ、彼女は外で会った・・・)

と、透羽さんは言いながら目配せをしてきた。自己紹介をしていないことに気付き、

大塚 雪璃おおつか ゆりと申します)

と、言いながら頭を下げた。これを聞き、透羽さんは真剣な顔になり、

(でね、嶋田さん。雪璃ちゃんを泊めてあげてほしいんだ)

と言った。

 どきどき どきどき

雪璃ちゃん・・・優しい声でそう言われると、自分の名前が新しいものに聞こえる。自分でも体が火照っているのがわかった。

(透羽おぼっちゃまがおっしゃるなら、いいですが・・・)

(ありがとう。嶋田さん)

と優しい顔になって、振り向いた。

(おいで、雪璃ちゃん)



 会って何時間も経っていない人に「ときめく」なんて、そんな馬鹿げたことはないと心のすみでわかっているのに、どんどん彼のことを好きになってしまった。

 きっと彼に恋するのが、私の宿命だったのだろう。


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