第4話 夢、とか。
「健二さんは、今の仕事ってやりたかった仕事だったの?」
健二の質問には答えずに、琴美は逆に聞いた。
「それは、夢って話かい」
「うん、そうなるのかな」
「そうだなあ。俺はどちらかっていうと、仕事に夢は求めてないかな」
「じゃあ、なんでお仕事をしてる?」
琴美にそう言われて、健二は少しだけ考えて、
「カッコつけて言うなら、生きるため、かな。まあ実家がもともと運送業をやってたし、小さい頃からなんとなくこの道に進むのかって思ってたし。それに、勉強は得意ってほどじゃないから、大学に行ったりは勉強の好きな妹に譲って、俺はこれで生きていこうって高校を卒業するときにそう決めたんだよな」
「じゃあ、もしかして実家を継ぐの?」
「いや、俺はこうやって運転してるのが好きだからそれはないかな。実家は妹が継ぐんじゃないかな」
「へえ、じゃあ妹さんが社長でお兄さんは社員ってわけ?」
「3年と少し前かな、社長の親父が病気で倒れてさ。お袋はもともと体が弱かったし、しかたないから妹に仕事を辞めさせて実家に呼び戻したんだ。かわいそうなことをしたとは思うけど、結構生き生きと仕事してて、まだ若いけど専務として会社を上手にやりくりしてるよ。琴美ちゃんが言うように、妹が俺の上司さ」
ハンドルをしっかり握ったまま健二は話を続ける。
「だからさ、そこまで妹にさせた以上は、俺は会社のためにがんばって仕事しようって。それが俺の今のやりがい。なりたかった仕事に対する後悔なんかする暇もないかな」
と少し照れ臭そうに健二は言った。
「じゃあ、一応はなりたかった夢とかあったんだ。何? 何になりたかったの」
「いや、いいよ。俺のは夢なんて呼べるもんでもないからな」
健二はお茶を濁そうとするが、
「何もったいつけてんの。教えてよ、ほらほら」
と琴美から散々せつかれて、しぶしぶ健二は「プロ野球の選手」と蚊の鳴くような声で言い、「さすがに夢すぎるでしょ」とふたりで大笑いとなった。
笑い疲れて、ふと黙った琴美に、
「就職が決まったけど、本当に自分の夢だった仕事とは違うってことかな」
とさりげなく健二がいった。
琴美はしばらく考えて、健二にならしゃべってもいいと思ったらしい。
「えっとね、あたし学校の先生になりたかったの。大学で一応教員免許は取ったんだけど、採用がなくて。採用があるまで遊んでるわけにもいかないし、とりあえず受けた会社で内定をもらったから行くことにしたんだけど、入社日が近くなればなるほど、なんか……、煮え切らないっていうか」
琴美が途切れ途切れにぼそぼそと話した。すると健二が、
「へえ、先生か。偶然だな」
という。
「偶然?」
「うん。実はな、妹を辞めさせた仕事ってのが中学校の先生だったんだ」
「マジで? 辞めたくないって言わなかったの?」
驚いた目で琴美が健二を見つめていた。
「それがな、親父が倒れた。お前は帰ってこれるかって言ったら、わかったって即答されてな。俺もさすがに驚いたんだよ」
健二が思い出すように話している。
「だって、先生って簡単になれる仕事じゃないじゃん。仕事が好きじゃなかったのかなあ」
「いや、めちゃくちゃ張り切って先生をしてたみたいだよ。毎日楽しいってよく電話があったみたいだし」
「その仕事を、そんなに簡単に辞めちゃうなんて、あたしには考えられないな」
「まあ、俺も妹とは違うから、そんときの気持ちなんてわからないんだけどね」
と言いながら、鼻をすすった。
「健二さんだって、結構割り切ってるように見えるよ」
琴美がそう言ったそのとき、
「あー、いやらしい。いつのまに名前で呼び合ってるんですか。健二さん、とか」
といきなり娘が目を覚ました。
「はいはい。一応あんたの名前も聞いておくよ。あたしは琴美。あんたは?」
「雅。九谷雅です」
「みやび?」
「はい。九谷焼の九谷に、優雅の雅と書きます」
「はっ、おてんばで生意気なくせに優雅な名前だこと」
琴美は思いっきり皮肉を言う。
だが、残念ながら雅には伝わらず「ありがとうございます」とにこやかに笑っていた。
「あーもう、お前らが口を開くとけんかするから、やかましくてしかたない。ほら、休憩に寄るからな。スピードを落とすから気をつけな」
健二はそういうと、サービスエリアのレーンへ向かってハンドルを切ったのだった。
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