第3話 東京⇄静岡⇄鹿児島って、あんたねえ。
「あんた、東京から静岡までの距離と、静岡から鹿児島までの距離の違いわかってる?」
琴美は娘に噛んで含んで説明してやり、やっと自分がまだまだ鹿児島からは遠いところにいることを娘は理解したようだった。
「でも、もう乗っちゃったし、行けるところまでこのトラックで行きます」
と言いながら、娘はトラックのダッシュボードをあちこち触っている。
「でもさあ、あんたが本当にお嬢様なら、このお兄さんに誘拐されてご両親には莫大な身代金を請求するかもよ。そしたらどうすんの」
と琴美が脅してみたが、「お兄さん、いい人みたいだから大丈夫」と全く気にする様子はなかった。しかも、
「こらっ、誰が誘拐するってんだ。俺もお前たちを乗せた以上はちゃんと安全なところまでは送り届けないと気がすまないんだからな」
と、運転手のお兄さんは琴美が娘の気が変わるように仕向ける言葉だということをまったく汲み取ってくれず、逆に、「ほらあ、そうですよねー」と娘に変な自信を持たせてしまったようだ。
--もお!鈍感!
「で、あんたは?」
突然お兄さんがチラッと琴美を見ながら話しかける。
「あたしは……、特に決めてなくって。自由気ままってとこかな」
と少し言葉を濁して琴美は答えた。
「なんかいわくありげだな。本当はお前の方が家出娘じゃないんだろうな」
「子供扱いしないでよ。これでも四月から社会人なんだから」
琴美が少しカチンときて否定すると、
「その春から社会人が、三月も終わろうかというときに目的地も定めないでヒッチハイクをしてるってのは普通なのか」
痛いところをずばりと突かれて、琴美は返事ができなかった。
「まあいいや。事情はどうあれ、成人しているならそれこそ俺が誘拐犯になることもないだろうしな。チビすけの方もちゃんとした目的地はあるみたいだし、とりあえず二人とも一緒に乗っていくってことでいいんだな」
琴美は小さく「うん」とだけ言うと、娘は、
「チビすけって誰よ!」
と運転中のお兄さんに食ってかかろうとするので、あわてて琴美が取り押さえたのだった。
「じゃあ、このトラックは鹿児島までずっと行くってことなの」
と琴美が聞くと、
「そうしたいんだが、残念ながら今夜は広島に寄って、明日の朝そこで荷物を載せてから出るから、鹿児島に着くのは明日の夕方になるなあ」
と言いながら、ウインカーを出してトラックを左の車線に移動させた。
「広島って何時ごろに着くの?」
と娘が運転手に聞く。
「今から高速に乗るところだから、そうだなあ、晩飯を岡山あたりだろうからそこからだいたい二時間、ってとこかな。八時半過ぎぐらいじゃねえか?」
というお兄さんに、娘が「夜の?」というと、
「当たりまえだ。晩飯を食って二時間で朝は来ねえだろ」
と笑っている。
「じゃあ、どうしようかな。広島に着いたら、次の車を探さなきゃ」
と娘はスケジュール帳のようなものを出して考えていた。
「どうしても早く行かないといけないのか? 鹿児島に行くのは明日の夕方まで待つわけにはいかないのか。明日になればこのトラックが間違いなく行くんだぜ」
と運転手のお兄さんは言うのだが、「でも早く行きたいし……」と言いながら考え込み、そのうち眠ってしまったのだ。それにつられるように、琴美も助手席のドアにもたれて流れる景色を見ている間に眠ってしまったのだ。
琴美が目を覚ますと、トラックは高速道路を走っていて、娘はまだウトウトと琴美の肩にもたれて眠っていた。
琴美が目が覚めたことに気がついたのだろう、運転手のお兄さんが、
「名前をまだ聞いてなかったな」
と前方をじっと見ながらポツリと言った。
「名前?」
「うん。こうやって縁があって知り合ったんだから、名前ぐらい名乗りあってもいいんじゃないかと思ってな」
そういうと運転手のお兄さんは自分は「健二」だと名乗った。苗字も言ったが初めて聞くような聞きなれない苗字で琴美はよくわからなかった。相手が名乗ったので琴美も言わないのもどうかと思い、
「あたしは塩野琴美。塩に野原の野、楽器の琴が美しいって書くの」
と自分の名前を言った。
「琴美ちゃんか。綺麗な名前だな。今年就職ってことは、二十二か」
「うん」
「さっき聞きそびれたからもう一度聞くんだけど、なんでこんな時期にヒッチハイクなんかしてるんだい。いや、言いたくないなら無理には聞かないけどさ」
静かな口調で健二がチラッと琴美を見ながら言い、また前を向いて黙って運転している。押しつけがましくないそんな彼の態度に、琴美は彼のやさしさを見た気がした。
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