第2話 あんた、お嬢様⁈
「もうガチャガチャうるせえな。ほらほら、車出すからさっさとシートベルトを締めないと車から降ろすぞ」
運転手のお兄さんから急かされて、琴美と娘があわててシートベルトを締めようとするのだが、娘の広がったスカートがジャマをしてなかなかベルトのロックをかけられないのだ。
「あー、もう。ほんとジャマね、このスカート!」
「これを着られるほど若くないからって、ひがまないでください!」
と、再び女二人が言い合いを始めたのを深いため息をつきながら、運転手のお兄さんが眺めていた。
「お前らいい加減にしろ! 今度一回でもケンカしたら、高速道路の上だろうが山の中だろうが、その場で車から降りてもらうからな!」
運転手のお兄さんから叱られて、しょんぼりした女二人を助手席に乗せて、ようやくトラックは国道を西へ向けてゆっくりと走り出した。
「さあて、ところでお前たちはどこまで行く気なんだ」
発車してすぐ、運転手のお兄さんが聞く。
「そうそう。あんたその格好でどこまで行く気なの。まさか家出じゃないよね」
琴美もそれが一番気になっていたこともあり、運転手に同調して娘に聞いてみることにした。どうみても娘の格好はヒッチハイカーに見えないのだ。
「えー、家出じゃないですよ。私は、えっとね、鹿児島の南なんとか市? 村?に行くんです」
と頼りない返事が返ってくる。
「えっ、鹿児島? その格好で?」
琴美がびっくりして聞き直すと、
「はい、鹿児島の西側に行きます」
と、娘は「何か問題でも?」というようなすました顔で答えるのだった。
「鹿児島って、すっごい遠いじゃん。日本の一番南だよ? わかってんの」
琴美は少し落ち着いて娘に聞くと、
「あら、日本の一番南は沖縄県ですよ」
と少し的外れなことを娘がいうのだ。
「そんなことはわかってるよ。車だけで行ける一番南ってことよ。そんな遠いところまであんたその格好で行く気? だいたい、あんたどこから来たの」
知り合ったばかりとはいえ、琴美もさすがに心配になる。
「いきなり身辺調査ですか」
「いや、別に知り合いってほどじゃないから、答えたくなきゃいいんだけどさ。本当に家出じゃないのね」
琴美が念を押すように聞くと、
「うちは世田谷です。家出じゃないって言ったじゃないですか」
と娘が答えた。
「で、何歳」
「十八です」
「じゃあ、高校を卒業したとこね。大学は?」
「四月からりんだいに行きます」
「えっ、どこって?」
「あっ、鈴の音女子大です」
鈴の音女子大といえば、名門中の名門であり、お金持ちの子女が通う大学として有名なことろだ。琴美も進学したかった大学だったが、授業料や入学金だけでなく、受験料さえも驚くほど高いため、親から泣いてあきらめさせられたという、琴美にとってもいわくつきの大学だった。
「もしかして、高校とかも鈴女?」
「はい、中学から」
と平然と答えた。これでほぼ間違いなく筋金入りのお嬢様が確定したのだ。
「あんた、もしかしてお嬢様なのね」
琴美が言うと、娘はにこりと笑い、
「よく言われるんですけど、何をもってお嬢様っていうかなんて、私は知りませんけどね」
とすまし顔でいうのだった。
そこへ、それまで二人の会話を黙って聞いていた運転手のお兄さんが、
「で、そのお嬢様が鹿児島へ行くのに、なんで静岡あたりでヒッチハイクをしてるんだ」
と会話に入ってきた。琴美もそこが一番気になっていたところだ。
「静岡ってお茶どころでしょ? お茶を飲みに寄ったの」
「いや、そうじゃなくてさ、なんていうのかなあ、お嬢様なら新幹線のグリーン車とか飛行機のファーストクラスとかで移動とかするんじゃないのか」
と、「庶民感覚」であらためて聞くと、
「はい、静岡までは新幹線でしたけど、別に緑色はしてなかったなあ」
と、グリーン車の意味さえも知らなかったようで、さらに、
「それでね、静岡で美味しいお茶を飲んだし、東京を出てから遠くまで来たから、そろそろ鹿児島も近いかなって思って、思い切って憧れのヒッチハイクをしたくなったんです」
と頭の痛くなるような答えが返ってきて、琴美と運転手のお兄さんは目を合わせて驚いてしまったのだった。
「じゃあ、もしかしてこの車が鹿児島ナンバーの車だと知って止めたのか」
とお兄さんがいうそばから、
「えーっ! ナンバーが数字じゃなくって、鹿児島って書いてあるんですか!」
と娘がとんでもないことを言い出して、琴美も頭を抱えてしまった。
--これで本当にこの子は鹿児島まで行けるのかしら。
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