洞窟潜入

 走る、走る、走る、走る、走る__


 地面を蹴って、腕を振って、息せき切って、ただひたすらに走り続ける。

 穏やかな鳥の囁き、小さな虫塊のせせらぎ、静かに道を開ける小動物たち、その全て、ささやかな音は全て聞こえない、というより消してしまっている。カズマとユイの走る足音に、そして__、



「わーー!あいついつまで追ってくるのよ!?」


「だから俺が知るかーー!喋る暇があるなら全力で走れーー!!」



 見るからに危険な大虎に追いかけられていた。動物園の虎なんて比じゃないレベルの大きさで、体長は約四メートルといったところ、しかし特筆すべきなのはそこじゃない、色だ。従来の虎の煌々しい黄金色ではなく、毒に染まったように毒々しい濃い紫色。おまけに爪からは明らかにやばい液体が流れていて虎が通った道を蒸発する音がなっていた。


 叫喚を撒き散らし、涙も鼻水も涎も汗も流しながら捕まるまいと本能で必死に逃げ惑う。


 なぜこうなったのか、事の顛末を辿り異世界召喚直後まで遡る。

 カズマがユイの気を引くために芝居をし、何かがいると嘘をついた。カズマの指す方には嘘であるから何もいなかったのだが、ユイが振り返ってみるとあらビックリ、カズマの後ろに本当に危険の権化が存在していたのだ。

 遅れて存在に気づいたカズマは顔を引きつらせて動けないでいたユイの手を引いて一目散に逃げ始めた。

 これが現在に至るまでの過程プロセスだ。



「ユイ!右に曲がれ!俺様の第六感シックスセンスがそっちにいけと騒いでいる!」


「なんでこんな時にカズマの意味不明な直感に付き合って__」


「いいから右だ!!」


「わ、わかった!」



 一度は申し出を断ったユイだったが、鬼気迫るカズマに気圧され急旋回、暗い草をかき分け道なき道をただひたすらに走り始める。



「きゃーー!?まだついてきてる!?」


「クソっ、しつこい奴め、ユイこのまま前進だ!走れ走れ!!」



 大虎が追跡を諦める気配はない。咆哮を上げ、毒を撒き散らし、執拗に執念深くずっと追いかけてくる。せめてもの幸運は大虎にそれほど機動力がないということ、カズマたちが全力で走りさえすれば追いつかれそうにない、とはいっても相手は野生の猛獣、ただの人間二人なんかよりよほどスタミナがあるに違いない、このままいけば二人揃ってお陀仏にされるという最悪の終わりバッドエンドを迎えるのは目に見えている。

 ただし、カズマにはこの状況を抜けられる僅かな自信があった。



「や、やばいよカズマ!?どんどん差が縮まってるよ!?」


「前だけを見るんだユイ!後ろを振り向くな!大丈夫俺を信じろ、きっとどうにかしてみせる」



 ある程度足場のある獣道から叢に入ったのが仇となってしまった。全力で走ればまだどうにかできたものの叢となれば話は別だ、圧倒的に大虎の方が推進力が大きい、言ってしまえばここ周辺はヤツの住処のようなもの、経験の差があるのも道理だ。



 __頼む、あってくれ、存在してくれ、どうか!



 カズマは心の中でそう叫ぶ、心の中でそう望む。ユイに命令して右に回らせたのにはちゃんとした理由があった。些か理由と呼ぶには頼りないかもしれないがそれでもカズマはこの願いに浸った。



「見えた、光だ!そのまま突っ走れ!死力を尽くせー!!」



 彼が頼っていたのは視力ではない、聴力だ。

 大虎に追いかけられている途中に聞こえたかすかな音、その音の発生源がなんなのかを推測してそこからカズマはそこへと行くことを決定した。


 閉じ切った瞳孔にはきつすぎる量の光量が差し込み、一瞬視界が閉ざされる。

 そして慣れた光量に目を細め、目の前を見つめると、そこには逃走劇の出口でもなく、この未曾有の危険が迫る森林の出口でもなく、あったのは未知の森にある入り口へと繋がる道だった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

中二病は異世界召喚されても最強じゃない 高木礼六 @yudairem

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ