異世界注意報

 神居かむい 和馬かずまとは、平成の時代、日本に生まれ日本に育った生粋の日本人。

 年齢は干支を一周半、丁度センター試験最後組の一員でもある。


 彼の人生を語るにはそれこそ彼の生きた分だけの時間を必要とするが、それらを割愛し、彼とは何かを端的に説明するのならば『皮を被った優等生』となる。

 詳細に説明すると、『世間では成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗の完璧超人という建前で過ごす(実は聖輝龍ホーリードラゴンと共に世界を救う?)中二病やろう』といったところだ。


 中二病になった理由は簡単。

 その優秀さゆえに周囲からの重圧が強く、耐えきれず逃げるようにして秋葉原とかいう一風変わった街に行ったのがきっかけではあった。


 その時に特大の液晶画面で流れていたアニメに目を奪われ、気づけば立派な中二病。

 近くに売ってあった白一統一オールホワイトの装束を買って、表の顔と区切りをつけるべく、日々ありもしない妄想に浸ってーー、



「和馬......うえ、上..........」


「.........あら?」



 急に生まれたての子鹿のように震えだした声の指差した先、そこに視線を寄せる。


 いつもは単なる妄想で終わるはずだった茶番、それが現実と合体リンクして、あるはずのないものを生み出す。


 仰いでいた腕を下げ、その存在しないはずのもの、『火の玉』を取り憑かれるように見ていると、ポッと静かに消えた。



「か、和馬、い、今のは一体...」


「落ち着け、優衣よ。これはあれだな、異世界転移とかいうやつだな。周りを見てみろ、景色も全然変わっているだろう」



 驚天動地な優衣、それに対してなぜか冷静沈着な和馬。

 彼らは今何処とも知らない襤褸家ぼろいえの中にいた。

 木造の作りで少し壁や床を押せば軋み、今にも壊れてしまいそうだ。

 襤褸家改め廃屋と名付けよう。



「何が、どうなって......って、何であんたはそんなに平気そうなの?」


「馬鹿者、俺様も一介の中二病、日々の妄想に怠りなどないわ!よってこの程度の異常事態どうということはない!はーっはっはっはっはっ!」


「中二病の自覚はあったんだね......」



 日頃から妄想に耽っている時間はたっぷりあったお陰で『異世界転移』における心構えは申し分ない。

 それに対して優衣こと、上条かみじょう 優衣ゆいは当然の反応を見せた。



「それはそうと、この現象は俺様にとっても異常事態だ。まずはこの世界の文化、衣食住の差異、俺様の権能もどれほど有効なのか、あとは俺様の下僕である聖輝龍ホーリードラゴンの所在も調べなければ。行くぞ優衣、この場所にとどまっておく道理はない」


「え、ちょ、ちょっと待って!?」



 理解の追いつかない優衣の手を強引に取り、一歩踏み出す度に埃の舞う襤褸床を踏み付けてその先にある扉を開けた。



 __________



「これは__」



 改めて状況を再確認し、開けた壁から見えた世界をじっと眺める。

 広がっているのは人一人としていない未知の場所、巨大な木々が生え並び聞き覚えのない動物の鳴き声が木霊している。



「ね、ねえ、カズマここってどこなの?なんで私達こんなところにいるの?」


「そんなの知るか、俺様だって理解できていないのだからな」


「そ、そんな〜、なら私達これからどうするのさ?」


「だから知らないと言っているだろう、全く煩い下僕め、少し黙っていろ」



 カズマとユイは家で勉強をしていたはずだ。それなのにいまはどことも知らない森の中にいるわけだ。もうこの時点でなにか常識では考えられない超常の力が働いている、そう考えるとここはカズマの知っている日本ではない違う世界と考えられる。

 __とまあそんな非科学的なことを常人には理解することはできない、寧ろ考えたこともないかもしれない。



「む〜、何さその言い方!そんな冷たくしなくたっていいじゃん!もう知らない、私は私でそこら辺で人を探してくるんだから!」


「ちょ、おい待て!貴様だけでは危険だ__って、くそ、ユイのやつ何あんなに怒ってるんだよ」



 頬を膨らませ、森の奥へと消えていったユイの背中をカズマは追いかけていった。





 __________





「だから、無闇に動き回るのは危険だと言っているだろう。まずは状況を考えてだな__」


「そんなの知らないよ、一箇所に留まってたって何も始まらないじゃない」


「違うんだよ、そんな不用心に動いてたら始まるどころか俺達の物語が、終わっちまうかも、しれない、だろう__ユ、ユイ、あれを見てみろ」


「どうしたのカズマ?」



 歩きながら急にカズマの歩みが止まる。不自然な語調に聞く耳持たずだったユイも流石に歩みを止め、振り返ると、カズマは正面を見ていた。何も変わった様子はない、さっきの意味有り気な雰囲気はカズマ自身が作り出した偽装カモフラージュに過ぎない。



「おっ、やっとこっちを見たか、全く貴様というやつはどうしてそう俺の忠告を無視する?それとも貴様は__どうしたんだユイ?」


「カ、カズマ、後ろ、後ろ__」


「はは〜ん、貴様、俺様の迫真の演技に対抗しようってか?へっ、その程度じゃ騙されないぞ、俺様に比べれば赤子も当然__」



 カズマはこのときまだ気付いていなかった。自分がどれほど盛大にお膳フラグを立てているのかを__


 

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