第2話 彼は中二病

「はーーはっはっはっはっはっはっはっ!!」




 とある一軒家において、芝居掛かった高笑いが木霊こだましていた。

 いつも通りの日常、クーラーの効いた部屋で暑苦しい夏の猛威から身を退け、鉛筆で文字を綴る週末恒例イベントの勉強会。

 皆で分からないところを補い合い、庇い合い、支え合う高校生にはよくあるシチュエーション.......と言っても参加者は二人、しかもこんな高笑いが日常なのだがーー





「こらうるさい和馬かずま!ちゃんと勉強してよね、全然集中出来ないじゃない」





 和馬と呼ばれた少年は奇抜な格好をしている。

 白い装束に身を包み、上着もズボンも白一統一オールホワイト

 汚れが目立ちやすい白にも関わらず、どこを見てもシミひとつ見当たらないのは彼が日々手入れをしている証拠だ。


 その影響か白一統一オールホワイトの補色である黒い頭髪と黒い瞳がやたら映えて仕方がない。


 彼は部屋の脇に設置してあった寝台の上に立ち、元々からつり上がった瞳に力を込め、声の主人を指差す。





「黙れ!俺様の神聖なる高笑いを邪魔するのか優衣ゆいよ!第一なんだその態度、今日は聖輝龍ホーリードラゴンと共に暗黒竜ダークドラゴンを討伐すると言う運命に定められた日だったと言うのにいちいち呼び出しやがって」


「何その設定意味わかんないんだけど。っていうか結局私の勉強に付き合うなんてどんだけ軽いのよ、その運命」




 思わぬ反撃に、和馬は胸の中を射抜かれる。


 優衣と呼ばれた少女は日本人らしい黒髪黒瞳の美少女。短く切っても分かるその髪質はとてもサラサラで、つぶらな黒い瞳もブラックダイヤモンドのようにやたらと綺麗だ。


 彼女も和馬と同様に全身をバッチリ白い装束に包み込んでーーなんてことはあり得ない。彼女は白いワンピースに赤いミニスカート、年相応の若めのファッションを施している。

 和馬みたいなのは一人で十分。




「き、貴様、この俺様を愚弄するのか、今日は偶々たまたま聖輝龍ホーリードラゴンの調子が悪かったというだけでだな......」


「うわぁ、言い訳きっつ」




 さらなる追い討ちがさらなる痛みを心に刻む。

 白装束越しに自分の胸を押さえ、大袈裟に寝台に膝をつく。



 ーーそう、彼は中二病だ。



 ありもしないことをあると信じ、自分には特別な力が備わっていると信じているあの痛い奴。

 高校二年生になった今でもその言動は根深く続き、現に今もあるはずのない妄想を膨らませ、あるはずのない権能を駆使して状況を切り抜けようと尽力している。




「こ、こうなったら!これでも喰らえ、俺に秘められた内なる力よ!その心火こころびを種火に燃え上がれ」




 両手を広げ、天を仰ぐ、意識を集中させる。

 空から、太陽から、大気から、生物から、ありとあらゆる生命から、そして自分の内なる力から心火を収束し、灼熱の炎を具現化させる。


 和馬は目を閉じ、そんな妄想に浸る。





「............................え?」





 聞こえるはずのない音が聞こえ、少女の視線は次第に上がっていく。そこにはありもしないはずのものがあって、あるはずのないものがあってーー



 ーーこの瞬間、ありもしない妄想が、存在しないはずの幻想が、何の前触れもなく、何の予兆もなく、少年の声に反応するかのように顕現リンクした。


 和馬の頭上わずか数十センチ上。

 メラメラと空気を焼く音を立てながら、そこには小さな火の玉が浮かんでいた。

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