中二病は異世界召喚されても最強じゃない

高木礼六

第1話プロローグ

 ーー待って、待ってくれ



 柔らかい土の感触に膝を預け、彼は自分が膝から崩れ落ちていることに気がついた。

 全身に力が入らず、立ち上がることすらできない。

 ただただ嘆きたくなるほどの無力感が己を支配する。




 ーー届け、届け、届け、届け、届け、届け、届け。




 遠ざかるものを掴もうと手を伸ばした瞬間、掌に残ったものは欲したものではなく、空気だ。

 嗚咽がなり、頬を伝う一筋の雫を思う様に流す。

 滲み霞む世界に、望まぬ世界が映り込む。




 ーー何で、なんで俺の手が届かないんだ。




 届くはずのない手は凌辱され、使えない足腰同様、重力に従う。

 掴み取ることは不可能だが、頬を伝う滝のような感情の原因は未だ活動中。

 辛うじて動いた手がそれを拭き取り、そこにあった感触を得て、納得がいく。




 ーーそうか、俺が弱いからなんだ。




 どうりで無理な訳なんだ。

 手を伸ばしても届かない。救いたくても救えない。争いたくても抗えない。

 弱者の証たる涙がそれを如実に物語っている。




 ーー俺が弱者だからなんだ。




 理解した瞬間に、体の真ん中から何かが込み上げてくる。

 不条理に飲み込まれ、理不尽に苛まれ、不可避の惨事にすら陥れられ、全ての世界が終わりへと連れて行かれる。




 ーー俺の無力が全て悪いんだ。




 流れるのは悔しさではない、悲しさでもない、そんな安いものなんかじゃない。

 自分に対する戒め、彼が彼自身を呪う無力、弱者たるものの証だ。忘れてはいけない心に刻むべき『傷』だ。



「ーーズマ」



 聞き慣れた声が聞こえた。

 聞き間違えるはずがない、今も遠くに、遠くに、手の届かない場所へと遠ざかっていく『彼女』の声。

 崩れかけていた彼の心をその声はひどく心地よく感情を揺さぶり、歪ながらも立て直していく。


 だからーー、



「ーーいつか、助けに来てね」



 空耳かもしれない、違う言葉だったかもしれない、もしかしたら何も言っていなかったのかもしれない。

 黒装束に連れられ泣き笑いの表情を作った彼女の顔が頭から離れない。


 全ては必然だったんだ。


 奥歯を噛み締め、消えゆく元凶ーー黒装束を睨みつける。



「...っていろ」



 脱力した全身に再度力を込め、全身に残った残り滓を集めて言葉に変える。

 顔をフードで覆った黒装束、その隙間から見えた『緩んだ唇』に宣戦布告するようにーー




「俺が必ずそいつを倒して、お前を助け出してみせる!」




 次の瞬間に彼ーーカムイ・カズマは残り滓全てを消費した反動で意識が途切れ、同時に大事なものを失った。

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