第18話 助教さんと助教さんの仕事

 あたりには、騒ぎを聞きつけた寮の学生が集まってきていた。

 まだ早朝のため、そこまでの人数ではない。

「うわー! すっげ! なにこれ!」

 聞き覚えのある声がした。

 僕は思わず体を動かす。上手くコントロールができず、転げるような形になった。

「赤間君!」

 赤間君は僕を見つけると近づいてきた。

「あ、白川先生、これ何の騒ぎすか?」

「ね、ねぇ、昨日の夜、停止措置かけてくれなかったの?」

「えっ? あ、すみませーん、倍々じゃ、朝まで10時間で、10個くらいしか増えないっしょ? それじゃあんまりビジネスとしてうまみがないなーって思って。えへへ」

 赤間君は照れくさそうに笑った。僕は脱力する。

「ごめん、僕の説明が悪かったんだ……。最初の一時間で倍の二個、次の一時間でさらに倍の四個、その次の一時間で八個……指数的に増えるってことだったんだよ」

「え、マジっすか?! そしたらその……アレっすよね……」

「あのままだったら、朝までに千は越えてるはずだったね……」

 全員の生唾を飲む音が聞こえた。

 黄田先生の生徒が走ってきた。

「黄田先生、あとで数は再確認しますけど、マンドレイク、確保しきりました。多分もういないはずです……で、どうします?」

 おお、黄田先生の弟子にしてはノーマルな子だな。

「もちろんうちで引き取るよ〜! 今値段上がっててマンドレイクもらえたら助かるんだよ〜! いいよね? 白川先生!」

「あ、ぼ、僕は構いませんが…」

「だ、そうだよ?」

「やっほ〜〜! フゥ〜! みんな〜! 鉢を温室に運ぶぜ〜!」

 ああやっぱり、黄田先生の弟子……。

「あいあいさ〜!」

 ほいさ、ほいさ、ほいさ……という掛け声が響く中、鉢に収められた大量のマンドレイクが運び出されていく。

「よかったね〜! 俺のとこの学生たちがマンドレイクの扱いに慣れてて。」

「はい……」

「白川先生、始末書は書いてもらいますからね」

 紺谷さんが念を押す。

「はい、すみません…」

「やっぱり魔力ゼロの研究者って、よくありませんね。もしもに対応できないし……」

「気にしなさんな。君に魔力がなくても、君の周りの人が君を助けてくれる。君が前に言ってたじゃないの。それは俺たちだって……同じだろ?」

 黄田先生は僕の肩を叩いて言った。

「それに……なんていったかな、君のとこのあの優秀な生徒さん、立派に育ってるじゃないか。それだけでじゅうぶん、君は仕事を果たしてるよ」

 黄田先生は片付けをしている青井さんを示した。

「俺らの仕事はね、魔法技術の世界の端っこを、世界の限界を、じわじわ広げてるようなもんなんだ。人間と世界の陣取りゲームだよ。世界の限界が相手なんだ。そんなサクサクいくもんじゃないさ。とんでもない失敗もある」

 世界の限界を。そう。僕らの仕事は、世界の限界を広げる仕事なのだ。

「でもいいじゃないか。おもしろいんだからさ」

 そうだ。面白いのだ。

 新しい手法に気づくとき、実験が上手く行ったとき。

 それから、学生が育って社会に出ていくとき、研究室に残って、共に新たな研究にたち向かう仲間となってくれるとき。

 僕は、うなずいた。

「俺なんかこの間、ドラゴン逃がしちゃったからね。刑事事件スレスレだよ」

 そうだ、あの事件起こしたのこの先生だった……。

「それに今回は魔力の有無は関係ありません。それはトラブルの本質ではありません」

 紺谷さんの白く化粧っ気のない顔が座り込んだ僕の顔を覗き込む。

「先生のミスです。反省してください」

「はい……」

 ぐうの音も出なかった。

 大きく息を吸い、窓の外を見やる。

 ああ、でも、本当に。

「よかった……」

 僕は息を吐くようにつぶやいた。

 見上げた朝の空は、白く僕を見下ろしていた。

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