第17話 助教さん、目を覚ます

 声がする。ぼんやりした頭に誰かの声が聞こえる。

 ああ、これは昔お世話になった近所のおじいさんの声だろうか。

「坊は賢いから、研究者になればいいと思うぞ」

「ほんと? じゃあ僕、そうする!」

「もうちょっと大きくなって、魔法が育ったら、魔法技術の研究をするのもいいだろうなぁ」

 近所に住んでいた変わり者のおじいさんとの会話を思い出す。

「……」

 僕もついにこっち側に来ちゃったんだ……。

「……~い……」

 この声は……。

「は~い! 処理部隊はこっちへ~! あ、ヘッドホンつけてない人は近寄らないでね。石化するよ~! この人数石化したらさすがに特効薬足りなくなるからね~」

……違う、これ黄田先生の声じゃないか。

「そこ。それ以上近寄らないでください。他の研究へは迂回を。用の無い学生は立ち入らないように」

 それに、このメガホンの音声は紺谷さんの声か。僕は石のように重いまぶたをやっとのことで持ち上げる。研究室のドアのまえに寝かされているらしい。

「白川先生!? 大丈夫ですか!?」

 うっすらと僕は目を開けて、そのまま目だけでうなずく。

 ぼんやりと焦点を結んだ目が、心配そうな青井さんの顔をとらえる。

 あれ、これもしかして、僕、青井さんの膝の上にいるのか?

 朝が近いのか、窓から見える空が白んできている。

「う……」

「石化解除処置をしてます。やっと効いてきましたね。ここからはもう早いはずです……!」

 よかった、と彼女がつぶやくのが聞こえた。目元が光っている、ように見える。

 直後に、ぼすり、と乱暴にヘッドホンがつけられた。

「はい、とりあえずヘッドホン。マンドレイクの声だけ透過しないよう魔法かけてあるんで、こっちの声は聞こえますね?」

「は、はい……」

 舌がもつれるような感覚はありながらも、唇はなんとか動いた。

「あれから……どうなったの?」

「自分に耐石化処理をして研究室にきたら、中でマンドレイクが飛び回ってて……紺谷さんに急いで緊急招集をしてもらって……」

「そうか……申し訳ない」

「本当ですよ! もう……本当に、私のいないところで……無茶しないでください」

 青井さんは絞り出すようにつぶやく。

「えっ? いやそんなこと言われても無理だよ。仕事だし……」

「……! もう、まったく先生ってば……!」

 その時、泣きそうになった青井さんの声をハウリング音がかき消した。

 つかつかと紺谷さんが近づいてくる。

「白川先生! 事情を説明願えますか! 大問題ですよ!」

 メガホンで怒鳴られる。

 紺谷さん、近い、近いよ、メガホンなくても聞こえるよ……。

「すみません……。魔法陣の停止措置はしてもらってたはずなんですが……」

「確認しました?」

「う……」

ゆっくりと体を起こす。止まっていた血管に血が通うようにじんわりと暖かくなり、体が元の通りになっていくのがわかる。

「確認してないんですね?」

「は、はい……」

「じゃ、ダメです」

 僕は再び重くなった気がする肩を落とし、うなだれた。

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