第16話 助教さん、走る
とりあえずマンドレイクが研究室から出なければ、それ以上に被害が広がることはない。僕がこの場所を離れると、扉は間違いなく開くだろう。
中に山積みになっているマンドレイクは、扉から崩れ出てくると、次々に覚醒するはずだ。その鳴き声を聞くより早く、ドアに飛びついて内側から鍵をかける。
僕は石になってしまうけれど──。
石化は処置が早ければ回復することができる。
だが朝までだれも気づかなければ、危ないかもしれない。
しかし、残念ながらほかに手はないのだ。
「ああ、こんなことで終わっちゃうなんてな」
僕は誰に言うでもなくつぶやいた。
「……こんなことになるなら」
本当に、おしまいってやつは、いつ来るものかわからない。
「研究者にならなければよかった」
窓から空を仰ぐ。明かりに反射して見えないが、星が瞬いているはずだった。
「……とは思えないんだよなぁ、これが」
そんな自分に、僕はちょっとばかり、笑う。
手紙鳥が戻ってこないことを確かめると、僕は息を一つつき、心を決めた。
「さあ、短距離走なんて久しぶりだ」
僕は息を整える。転んだら洒落にならないぞ、と自分に言い聞かせる。
「いち、にの……さん!」
スローモーションのようだった。
後ろで扉が倒れる音。僕は跳ねるように立ち上がるとドアに向かった。
ごろりごろりとマンドレイクの転げ出る音がする。断末魔のような声。
ああ、やっぱりすごい声だな、と僕は頭のどこかで思う。その鳴き声の作用は噂にたがわず早い。これを経験しておくってのも、まあ悪くないな。急激に歩みに違和感がはしり、足がもつれる。だめかもしれない。
届け、届け、届いてくれ──!
僕は最後の力を振り絞って、転げるように研究室のドアを目指す。足も、腕も、だんだんと麻痺していく。
たたきつけるようにドアをしめ、もはや唯一まとも動く指で内鍵をしめた。
そのときガラスの向こうに白いものが見えた。
手紙鳥だ。ああ。戻ってきてしまった。
僕はそう思った。
が、その手紙鳥は、胸に光る青いサインを抱いていた。
OK、と。
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