第11話 助教さん、安心する

「それでどうしたんですか?」

 コーヒーをふいて冷ます僕に青井さんが言う。

「とりあえず病院に運んだよ……。夏風邪だったんだけど、冷蔵庫がからっぽだったんだ。治そうにも栄養がとれなかったんだね……」

「なんともなくてよかったですね……」

 僕は棚を見上げる。行き場をなくした手紙鳥は、入り口の止まり木の上で丸くなっていた。魔法を解除すればよいのだが、なんだか癒やされるのでそのままにしているのだ。

 つまり、結局のところ、言ってしまうと、そう。

 僕たちは、手紙鳥が好きなのだ。本当に、ただただ、好きなのだ。

「僕に進捗をつつかれるのが億劫で、手紙鳥が届かないようにしてたんだってさ」

 倒れこんだ墨田くんを前に僕がどれだけ狼狽したかは省いて説明した。救急を呼ぼうとしたものの、症状を伝えると公共交通機関で来るように言われた。僕はこの時ほど魔法が使えない自分を恨んだことはない……ということもないけれど(そんなタイミングは実際結構あるからだ)、細いとはいえ二十代の男の子を抱えて歩くのはやすやすとできることではない。わかりやすく言うと、非常に苦労した。

「とりあえず論文はまだ余裕があるから、いったん親御さんのもとに帰って療養してくるように伝えたよ……。青井くん、よく気づいてくれてありがとう。どちらかというと墨田くんも休みがちだったから、僕はもう数日気がつかなかったかもしれない」

「いいえ」

「本当に……」

 といいながら僕は言葉を飲み込んだ。

 研究室には毎日来た方がいい。もちろん。でもぶっちゃけてしまうと、研究が順調であればちょっとくらい休みがちでも問題はない。生徒には口が裂けても言えないけれど。

 実際のところは、進捗が心配な学生ほど、研究室に来ない法則がある。なんとかならないかなぁ……。しかしそんなことを言っている場合ではない。もし大切に預かっている生徒の身になにかあったらと思うと……。なにしろ、無事でよかった。

 僕の仕事は研究と学生指導。しかも指導には、生活指導も含まれている、らしい。

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