第10話 助教さんと欠席くん

「先生、ちょっといいですか?」

 翌日の午後のこと。言いにくそうに青井さんが声をかけてきた。

「うん? どうかした?」

 資料から顔をあげた僕に彼女は小さな声で言う。

「あの、他の人の話で恐縮なんですが……その、先週から、墨田さん、来てないんじゃないですか……?」

 墨田というのは、青井さんと同期の男子学生の名だった。

「……確かに。そういえば今日進捗確認するはずだったんだけど。手紙鳥……も来てないな」

「なんかちょっと心配で……」

「墨田くんって、寮だっけ?」

「いえ、下宿です。近くだったとは思うんですが……」

「うーん、しょうがないな……」

「手紙鳥、送ってみましょうか?」

「頼むよ」

 青井さんは、僕の書いた便箋を受け取るとさっと空に放った。

 しかし、手紙鳥は空を二、三度旋回すると、再び青井くんのもとへ降りてきてしまった。青井くんが声をあげる。

「あれっ!? 帰ってきちゃった」

「うーん、これは居所隠しの魔法使ってるな」

 僕はとりあえず手紙鳥を止まり木に止まらせる。場合によっては再度出すこともあるかもしれない。作動した魔法を書き換えること、文面や宛名をいじるくらいならば僕にも可能だからだ。そうでなくても一時的に手紙鳥を止まらせることはよくある。

 手紙鳥は本当の鳥ではないので粗相をすることもない。放っておけば何時間でも、そこにじっと止まっている。時々首をかしげるくらいだ。

 首をかしげる手紙鳥と一緒に、僕も首をがっくりと折った。

「しかたない……ちょっと様子見にいってくるか……」

 そう。僕の仕事には、生徒の生存確認も含まれる。


 駅から歩いて十五分ほど離れた場所に彼の下宿はあった。ホウキを使えれば一瞬の距離だが、歩くしかない僕には少しばかり骨がおれる。ワンルームのアパートはおそらくうちの生徒をターゲットにして建てられているのだろう。単身世帯らしい名前がポストに並んでいる。住所録通り、一階の部屋の表札には彼らしい小さな文字で墨田、と書かれていた。

 インターホンを鳴らすも、応答はない。ノックをしてみる。

「墨田くん? 墨田くーん? 電気のメーターは回ってるし……。どうしようかな……」

 出直そうとした僕の後ろでがちゃりと鍵の開く音がした。

「せんせ……」

 ばったりと、墨田くんは廊下に倒れ込んだ。

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