第7話 助教さんも残業する

 深夜の研究室。人気の少ない研究室は集中しやすくもあるが、同じくらい消耗している時間帯だ。僕は期限の迫った査読をやりきってしまおうと残業をしていた。字面を追っていた赤ペンが、不意に手からこぼれておちる。しかも悪いことに、足下の資料の隙間までころがってしまった。

「あーあ……」

 僕は机の下に入り込んで、赤ペンを探す。

 そのとき、扉が開く音がした。女子生徒が二人入ってきたのだ。夕飯を食べてからもうひと頑張り、というところか。偉いぞ。

 立ち上がろうとしたところで、彼女たちは話し始めた。

「さっきも話してたけどさ、白川先生って、ちょっと珍しいよね」

 えっ? 僕?

 しまった、机の下にかがんでいたせいで、僕がいないと彼女たちは思いこんでしまったんだ。思わず固まる。

「魔力ゼロで、しかも基礎研究分野の人ってさ。だからこそ儀式系魔法の基礎研究なんだろうけど。理論の人だもんね」

「応用系魔法の研究の方がそりゃー華やかだし目立つけど、基礎研究も大事だよ。魔法科学発展の基盤だし」

 うーん、と彼女はうなり、続ける。

「基礎研究は魔法の発動の最初のとこだし、正確に発動観測できるから、逆に魔力ゼロの方がいいとかなんじゃない? あ、でも魔力ゼロだからこそ、誰もが使える魔法を研究したいとかそういうことかなー」

「でも魔力ゼロの人が使える魔法ってなると…。魔法技術が発展すればできなくはないのかもしれないけど、結局手間がかかりすぎて誰かに任せたほうが早いんだよね。なんていうかさ、現実的じゃないっていうか、意味ないよねー」

 僕は立ち上がって、伸びをする。演技力ゼロ。だけどどうしたって、このまま机の下に潜んでいるわけにはいかないのだから。

「しっ!」

「お、お疲れさまでーす!」

 慌てて挨拶をし、気まずく黙る二人。

「あ、戻ってきてたのか。あんまり遅くならないようにね」

 僕は予定を変更して帰り支度を始める。読みかけていた査読論文を鞄に入れると、立ち上がった。何も聞かなかったフリをして。

「それじゃあ」

 僕は後ろ手で扉を閉めた。後ろから、小さな声であいさつが聞こえた。

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