第3話 助教さんの就職事情

 手紙鳥がまた一羽、僕の元へ降りてきた。この鳥たちは、本人のいるところへいつでもまっすぐ降りてくる。職務に忠実だ。僕は彼らを見ているといつも、もう少しがんばろう、そう思える。

「青井君、ちょっとこれ、頼めるかな」

「あ、はい」

 青井君は僕のもとへやってくると、手紙鳥をさっと便箋に変えてくれた。

 僕は手紙鳥を開けられない。すなわち、僕のことを知っていて僕に手紙鳥を送ってくるのは、急ぎではない証拠だ。

 送り主は去年までここで僕とともに助教をしていて、今年から他大学の准教授になった緑屋先生だった。内容は研究に関してのちょっとした問い合わせ。それに、近況がついていた。むしろ、そっちの方が分量が多い。軽妙な文章の向こうに、明るい緑屋先生の笑顔が浮かんだ。

 彼のつとめだしたT魔法大学は気候もよく、僕のいるここN魔法大学よりも開けた場所にあるので、飲みに出るのも便利だという。だろうね。ここは繁華街まではホウキで数十分の山奥なのだ。飲み会をするにはみんなで移動するしかない。こっちに来たときにはぜひ飲もう、という一文が最後についていた。

 いいな。T魔大のあたりでシンポジウムでも開かれたら、ぜひ彼と飲みたいものだ。緑屋先生は魔法陣を魔道具へ定着する原理についての研究だから、僕とは少し研究分野が違うのだけれど、それでもディスカッションするのは有意義だし楽しい。返事をしたためながら、そんなことをぼんやりと思った。

 けれど僕は少しだけ、どこかに苦い気分が湧くのを感じていた。僕は便箋を伏せる。うまく准教授のポストを得た緑屋先生が、うらやましくないと言ったら嘘になる。でも仕方ない。ここはそういう業界なのだから。

「青井君、これT魔大の緑屋先生宛なんだけど、手紙鳥、飛ばしておいてくれるかな」

 はい、と青井君は便箋を受け取った。青井君は事務ではなく学生なので、こんな雑用を頼むのは本当はルール違反なのだが、まるで同僚のように感じてつい甘えてしまう。それくらい彼女は優秀なのだ。

 比べて、と言ってはいけないが……。

 僕は今日もさっさと帰ってしまった、「彼」の空席を眺めた。

「彼」の進捗は、実はそんなに楽観的ではないのだが……。

 僕はため息をつくと、もう一通呼び出し状を書くことにした。

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