第2話 助教さんと吸血人種の留学生

「先生」

 僕はふいに後ろから声をかけられた。首筋の皮膚が粟立つ。ぎょっとして振り返る。

「ああ、アルカード君」

 背の高い彼はアルカード・ロート君。留学生だった。片言の日本語で僕に話しかけてくれる。彼はいつもひっそりと人のそばにいるので、僕はそれに驚かされることが多い。たとえ彼に悪気はないとわかっていても。

「先生、今週の土日で実験を、するので、実験室の、使用許可証にサイン、ください」

「動物の成長促進の魔法陣だったね。泊まり込みでするの?」

「いえ、私は、寮から、きます」

「そうかそうか。寮は学内だものね。ああそうだ、アルカード君、君の歓迎会のことだけどさ……」

 僕は言いよどんだ。リクエストに添えなかったことを伝えるのは、どうにも心苦しい。

「ごめん、探してみたんだけど、近くには血液料理の店はなくってさ」

 アルカード君は僕の言わんとすることを察したようで、片手をあげて申し訳なさそうに言った。

「いえ、僕こそ、すみません、大丈夫です」

「あ、でもそのかわり、本格的なソーセージを出してる店を見つけたんだ。輸入物のブラッド・ソーセージを扱ってるそうだから、そこを予約しようと思って」

 ぱっとアルカード君の顔がほころんだ。いつも心配になるほど悪い顔色が上気して(ほとんど気のせいレベルではあるが、それでも少し)赤くなった。どうやら喜んでくれたようだった。

「大変ありがとうございます」

 アルカード君が自分のデスクに戻ったのを見て、僕もデスクに座る。

 僕のデスクには魔法技術の本が山と積まれていて、座ってしまえば僕がいるんだかいないんだか、周りからはわからない。たまには片づけた方がいいんじゃないですか、と遊びに来た他の研究者にからかわれることもあるが、そう言う相手も似たようなものであることも少なくない。

 僕の仕事は、魔法技術の研究を始め、学生の指導に大学の受験やイベントの役員、時には学会の運営、果ては留学生の歓送迎会の幹事まで。

 そう。僕は、この国立魔法大学の魔法技術研究学部、魔法陣研究室の助教なのである。

 助教、というのは昔で言う助手のことだ。アカデミックなポストを目指す場合、多くの人は大学院の博士課程を出た後、ポストドクターを経てまず助教になる。私立大では任期のない助教の採用もあるが、公立の大学では期限付き雇用の場合が大半で、その間に実績を積んで次のポストを探すのだ。メインの仕事は研究をして論文を書くこと。名のあるジャーナルに通し、実績を積み、それをあしがかりに新たな研究をし、魔法技術の進歩に寄与すること。

 とはいえ、研究はもちろん、教育指導から雑務まで含めた業務は多岐に渡り、そうそううまく実績を積んでる暇もないのが実際のところ──かくして僕は今日も、こうして資料に埋もれている。

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