第20話 修羅場はいつでも訪れる

この世の中には言っていいことと、言ってはいけないことがある。


例えば少し我慢すればその場を乗り切れるかもしれないのに、耐えきれずぽろっと言葉にすることによって状況が悪化してしまったり.....。


そしていま、まさしく言ってはいけないことをこの女、渚木波子は口にした。




「なんで覚えていないのよ全く。昔、お医者さんごっこした仲なのに」


「え?」


「だからその......裸でお医者さんごっこしたって言ったの!!」


「はい?」


「せーんぱい?」





そっちを見なくてもわかる。

この圧は間違いなく怒だ。綾瀬さん怒です!!




「そ、そんなこと覚えてないよ」


「酷いわね、あんなことやこんなことして楽しんでたくせに」


「な、なにを言っているのか全然分からないなぁ」





あぁそうだ。ようやく思い出した。



渚木波子。


こいつは波美の姉で俺とはほとんど遊んだことも話したこともない。


ただ一度だけ波子と波美が入れ替わったら俺が気付くかというゲームをしたことがあった。


その時だ、俺とこいつがそんないやらしいことをしたのは。



眠っていた記憶が少しずつ思い出される。





「先輩?もしかして本当なんですか?」


「え、いやまさか」


「じ、じゃあ私とお医者さんごっこして下さい!」


「な、なに言ってんだよ!」





自分の服をめくろうとした綾瀬を俺はとっさに止めた。



この年でお医者さんごっことかまじシャレにならん!


躊躇なく制服を脱ごうとした綾瀬も問題だ。





「先輩のバカ......」





小さな声でそう呟くと綾瀬は波子を見てこう言った。





「私と先輩の仲を断ち切ることは誰もできませんからねっ!」


「おい、俺とお前の仲がなんだって?」


「私と先輩の愛は永遠です!って言ったんです!」


「そんなことがあってたまるか!」


「フフッ」





俺と綾瀬のやりとりを見てか、波子は口を押さえて笑った。




「仲良いのね二人とも」


「いや、そんなことは」


「はい!もう新婚夫婦並みにいいですよ!!」


「おまえな」


「ですよね?先輩!」


「全力で否定します!」


「ぶー先輩のバカ!」


「なんとでも言っとけ!」




綾瀬とのいつものくだらない会話が続く。


そんな会話が少しだけいいとか思ってきているのは多分気のせいだ。




「ねぇ、そろそろ波美の教室に行かないと....」


「あ、そうだ。波美の教室に行こうと思ってたんだ」


「波美とは?どこぞの女ですか!?」


「え、えっとここにいる波子の双子の妹的な?感じ」


「へ、へーまだいたんですか。やっぱり先輩は変態です!」


「違うわ!!」




◇◆




波美の教室に着くとなぜかは分からないが、まず綾瀬がそのドアに手をかけた。




「おまえついてくる必要あったか?帰ってもいいんだぞ」


「なにを言ってるんですか先輩?これは今後に関わる大事なイベントなんですから、帰れる訳ないじゃないですか!」


「え?あ、そうなの.....まぁご勝手に」





そして綾瀬はそのドアを開けた。



多くの生徒が帰っていたので波美を見つけるのは簡単だった。

それに生徒が残っていても隣にそっくりさんがいるのだからよく目立つだろう。




「あっ夢くん、きてくれたんだね!ありがとー」


「お、おう」




ただ返事をしただけなのに俺への視線がとてもいたい。


恐る恐る目をやるとそこには野生の虎が、ではなくて綾瀬がこちらを睨みつけていた。




「睨むな睨むな。目が怖い」


「え?なんのことですか?」


「いや、俺の気のせいだったみたい」


「ですよね?」


「お、おう」




一瞬睨んでいたはずのその目が、次の瞬間には普通に戻っているのだからこの後輩はやはりただ者ではない。




「それで、どっか行きたいところでもあるのか?」


「そ、それはその.....夢くんの家に」


「え?」


「夢くんの家にお泊まりしたいなぁって!」


「は、はいぃい!!?」




どこかに出かけるって、俺の家だとは一言も聞いていないんだが!!


ってか綾瀬が綾瀬が!!




とても奴を見れる状況ではなかった。


なにか魔物が隣にいるような、背筋が凍る恐怖が俺を襲った。

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