第19話 幼馴染と後輩が


それは偶然というよりも奇跡に近く、俺の体に身を寄せた綾瀬は嬉しそうに背中に腕を回してきた。




「先輩ゲットです」




・・・5秒前


俺と波香は話を済ませ、波美の教室に向かうためドアを開けた。


そしてそれとほぼ同時に勢いよく中に入ろうとした綾瀬が急に開いたドアに対応できず俺に突っ込んできたのだ。



そして綾瀬を支えるような形で俺は綾瀬と接触した。


そしてこうした事態が今現在起こっている。


普通の女子ならすぐに恥ずかしがって離れたりするのだろうがこの女はそれをしない。というよりも全く恥ずかしくないのだろう。


その表情はいつもよりも可愛らしく、満面の笑顔で俺にしがみついていた。




「離れてくれないか?」


「もう少しだけいいじゃないですか」


「動けないから早く離れてくれ」





動けないというのはもちろん口実で、抱きつかれた俺は恥ずかしさの余りその場を立ち去りたかったのだ。

それでも綾瀬にそんなところを見せられない俺は表情と声のトーンに注意していかにも平然を装うかのように振る舞った。




「先輩緊張してます?」


「し、してない」


「鼓動が早いですよ」


「そ、そんなわけないだろ。いつも通りだ」


「はいはいそうですね」




そう言いながらクスッと笑うと、そっと俺から身を離しドアを塞ぐようにして目の前に立った。




「ど、どうしたんだよ?そんなところに突っ立って」


「分かりませんか?」




さっきまでの笑顔はどこに行ったのか、今度は少し怒った表情で俺を見た。


全く情緒不安定な奴だ




「分かるわけないだろ」


「やっぱり分かりませんか」


「あぁ分からん」


「なら仕方ないので教えてあげますね!」




この堂々とした態度の綾瀬に、俺はまたくだらないことを言うのだろうと今までのことを思い返すように呆れた顔で返事をした。




「うん頼む、教えてくれ」


「分かりました。いいですか先輩・・・まずその隣にいる女は誰ですか!?もしかしてまた浮気ですか?不倫ですか?先輩は女誑しなんですか?その女に手を出したんですか!?」




一気に放ったその言葉の後に綾瀬は小さな声でなにかを言ったがそれが何かは俺には分からなかった。



それからハァハァと息をあげる綾瀬を見て俺は一つため息をついた。


予想通りすぎる綾瀬の回答に少し残念な思いと呆れた思いが交差してため息になったのだ。


もう返す言葉も、いつもならスッと出てくるツッコミもただの息へと変わっていく。




「先輩?どうかしましたか?」


「いや何でもない。ただ・・・」


「”ただ”なんですか!?」


「いや・・・予想通りだなぁって」


「なっ!なんですかそれは!それじゃあまるで私がいつもこんなことを言ってるみたいじゃないですか!?」


「いつも言ってるだろ?」


「そんなことないですよ!いつもは言ってな・・・るかもしれないです」





自信げな態度ではっきりとした発生だった綾瀬は自信をなくしたのか、徐々に声が小さくなっていった。


自分が普段どういう事を言っているのかようやく把握したようだ。




「ねぇちょっと・・・その子誰?知り合いなの?」





俺と綾瀬の会話に一歩下がっていた波香だったが、会話が途切れたこのタイミングで綾瀬の紹介を求めてきた。


興味津々というような好奇心ではなく、なぜだか少し怒った様子を見せている。


壁に寄りかかりながら腕を組み、整った顔を崩すようにしてシワを作っているのがその証拠だ。




「えっと・・・こいつは綾瀬って名前のめんどくさい後輩だよ。関わると厄介だからあんまり近づかない方がいいぞ」


「へ、ヘぇそうなの。酷い言いようなのね」


「そんなことないぞ。お前だってこいつの性格知ったら・・・」


「知ったらなんですか!?」




先ほどのことはもう切り替えたのだろう。俺と波香の話が気になったのか、先ほどよりも近づいて俺に迫って来た。




「な、なんでもないよ」


「怪しいなぁ〜」


「・・・」


「まぁいいですけど、先輩の隠し事なんていつものことですし」


「お、おう」




それを言い終えると綾瀬はさらに足を前に進め、俺との距離わずか数十センチのとこまで迫ってきた。




「ってそんなことはどうでもいいんですよ!私が一番気になるのはその女です!誰なんですか、その人は!?」


「え、えっと・・・幼馴染?かな」


「は!? 幼馴染!? なんですかその妙な生物は!そんな害悪な生物がどうしてこんなところにいるんですか! 先輩前に言ってましたよね?幼馴染は今イギリスにいるって」


「い、言ったかな・・・」


「じゃあなんでこんなところにいるんですか!?先輩の嘘つき〜!!」




まるで小学生の喧嘩のように騒ぐ綾瀬を俺にはどうすることもできなかった。


ただ綾瀬の機嫌をこれ以上悪くしないように、そして状況を悪くしないようにしようと全力で思考を回転させた。




「仕方ないだろ、たまたま昨日帰ってきたんだから。それに幼馴染って言っても俺、コイツのことあんまり覚えてないんだよ。だからそんな深い関わりとかないから本当に」


「・・・」



俺のこの発言により綾瀬の機嫌は少しだけ良くなっただろう。

しかしこの後とんでもない事実が暴露され、事態は収集がつかない状況になってしまう。


そんなことも知らずに俺はその発言を誇らしげに思ってドヤ顔まで決めていた。

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