第10話 初めて繋いだ感触

テスト前日、偶然にも触れたその手は思っていたよりもずっと小さかった。




「す、すいません先輩」


「い、いや・・・別にいいけど」




夢のこともあるせいかすごく恥ずかしい。



“先輩 手繋ぎませんか?”



夢での綾瀬の台詞が蘇ってくる。

・・・ほんと恥ずかしい。顔が熱くなってくるのが自分でもはっきりと分かる。


一体今、どんな顔になっているだろう?

それが怖くて綾瀬の顔を見ることができなかった。




「先輩?」


「い、いやほんと・・・別になんでもないから」


「先輩、何をそんなに焦って・・・あっ、もしかして照れてます?」


「う、うるせー!そんなわけないだろ」


「先輩可愛いー」


「だ、黙れ!」


「先輩、もしかしてツンデレですか?そうなんですか?」


「ち、違うわ!」




言いながら勢いよく綾瀬の方を振り向くと、綾瀬は笑顔でこちらを見ていた。すごく嬉しそうで、楽しそうで・・・こっちが怒る気力もなくなるほどに


そうなんだよな、こいつ普通にしてれば結構可愛いんだよな。


なのにこの性格だから・・・勿体無い。




「あ、いま良くないこと考えましたね!」


「いや別に」


「ふーん、まぁいいですけど。今日は先輩と手を繋げたのでそれで満足ですし」


「は?”繋いだ”じゃなくて、”触れた“の間違いだろ!」


「どっちも同じようなもんですよ」


「全然違うぞ!繋ぐと触れるは全くの別物だからな!」


「そんなに変わらないですって」


「なっ!仕方ない、ならちょっと 手出してみ!」


「え?・・・はぁ、こうですか?」




綾瀬が手をゆっくりと差し出すと夢斗はその手を軽く握った。




「え、先輩?」


「いいか、これが繋ぐってことだ・・・だからさっきのは触れただけだ!いいな!?」


「は、はい もうなんでもいいです」


「なんでもいいってな!お前本当に分かってるのか!?」


「は、はい・・・」




こいつなにをこんなに焦ってるんだ?


てかちゃんと分かってるのか?”繋ぐ”と”触れる”の違いを・・・ん?あれ?もしかして俺いまこいつと手 繋いだ?




「な、なぁ綾瀬」


「はい、綾瀬です!」


「お、おう随分元気がいいな・・・で、もしかして俺いまお前と手を」


「繋ぎましたよ!しっかりと!先輩、私と手 繋ぎました!」


「そ、そうかぁ・・・で、でもそれは多分”触れた”の方だと思うぞ」


「なにをいまさら、さっき自分で”これが繋ぐだ”って言ったじゃないですか!」


「えっ、えっとそれは・・・」




だめだ。なにも言い訳が思いつかない。

なにせ自分から手を つ、繋いでしまったんだから・・・なんも言えねぇ




「この手、一生洗いませんからね!」


「いやいやしっかり洗えよ」


「これからも手を繋いでくれるなら洗います」


「なら、洗わなくてもいいかもな」


「なんでそうなるんですか!」


「多分繋ぐことなんてないからだよ」


「・・・全く酷いです。先輩は」




そんな台詞を吐きながらも綾瀬は嬉しそうに自分の左手を眺めていた。




「これで先輩の初めては私ですね!」


「お前、初めてってなにがだよ」


「手を繋いだのがですよ!どうせ今まで女子と手 繋いだことなんてなかったでしょうから」


「なんかさりげなく酷いこと言ったな・・・それに俺だって女子と手を繋いだことぐらいはあるぞ」


「え!?初めてじゃないんですか?」


「あぁ当然だ」


「なんで当然何ですか・・・あっ、もしかして妹さんとかですか?もしそうならそれはなしですよ!」


「そんなわけないだろ。もちろん瑠夏ともしたことはあるが、他にも手を繋いだことある奴はいたぞ」


「誰ですか?」


「あの・・・綾瀬さん?ちょっと顔が怖いですよ?」


「そんなことないですよ。で、誰ですか?その先輩が手を繋いだことがあるっていう生意気な女子は」


「生意気って・・・」




怖っ、こいつまじ怖い。いつもの笑顔なのにすごい剣幕。ってかなんかすごいオーラ出てるよ。やばいよこいつ。




「え、えっと・・・昔よく遊んでたやつとか?」


「なんで疑問形なんですか?それにそれって幼馴染的なアレですか?もしかしてそうなんですか?」


「そ、そうなるのかなぁ・・・」


「へ、へーそうですか。幼馴染ですか。先輩にそんな人いたんですか。なんて破廉恥な」


「おいおい、幼馴染がいただけて破廉恥なのかよ。そんなこと言ったら世界中の人が破廉恥じゃねぇか」


「それはそれです。破廉恥先輩」


「おい、なんだよその取ってつけたようなあだ名」


「いえ、幼馴染がいたことを隠してた先輩にふさわしいかと思って」


「別に隠してたわけじゃないぞ、言う機会がなかったから言わなかっただけだ」


「へー、じゃあその幼馴染は今どこにいるんです?」


「えっと確か・・・イギリスとか?だったかな」


「何ですかその曖昧な回答は。それに”イギリス”って・・・もしかしてハーフの女の子とかじゃないですよね!?」


「違う違う、普通の日本人だから」


「日本人ですか・・・ちょっと怪しいですが、まぁいいでしょう」




一体今なにを許されたのだろう。まぁさっきのオーラが少し弱まってる気がするから、とりあえずは修羅場的な感じのを乗り切ったようだ。


それにしてもこいつ、ほんと裏の顔ありすぎだろ。どれが表でどれが裏なのかすら分からなくなってくる。

瑠夏にも見せてやりたいくらいだ。




「それでその幼馴染ですけど」


「まだ続いてたのか」


「当然です。でその幼馴染、先輩の事好きだったりします?」


「んー、多分それはないと思う」


「そうですか。つまりは要注意人物ですね」


「なぜそうなる?」


「何となく・・・乙女の感ってやつです」




乙女の感ね。こいつは本当に乙女なんだか・・・

ん?そういえばなにか忘れているような。



そうだよ、明日テストじゃん!!




「おい綾瀬、俺はそろそろ帰るからな」


「え、もう帰っちゃうんですか?」


「当然だ。明日テストなんだぞ」


「私の相談はこれからだったんですが」


「そんなこと知るか、俺は忙しいんだ!」


「そんな・・・じゃあ今度ちゃんと相談乗って下さいよ!」


「はいはい、分かったよ。じゃあほんとまじでやばいから帰るな!」


「はい、それじゃまた明日」


「おう」




あれ、今あいつ”また明日”って言ったのか?

まぁもういいや、とりあえずはテスト勉強しなくては


まじでやばい!!



◇◆



「おーい夢斗、目が死んでるぞ」


「あぁそうかもな」


「声も死んでるぞ」


「あぁそうかもな」


「お前もしかして、テストやばかった感じ?」


「いや、テストは大丈夫そうだ・・・ただ体がだるくてな、ちょっと眠い」


「なんだよ一夜漬けでもしたみたいな言い方だな」


「それをしたんだよ」


「まじか!あの夢斗が一夜漬けか!」


「なんだよその言い方は。それじゃまるで俺がバカみたいな言い方じゃねぇか」


「え?違うのか?」


「それはお前から見たらだろ」


「まぁな」




そう、今笑いながら俺の休憩を邪魔している男。


三好 京介は頭がいい。

別に俺がバカというわけではない。


本当にこいつが頭がいいだけなのだ。

現に1年生最後のテスト、期末テストではこいつは学年3位、俺は学年9位だった。215人中の9位。つまりは俺も普通に頭はいい方なのだ。


なのだが・・・こいつに勝った試しがなく、こいつからしたら俺はバカの分類に入るらしい。




「今回も俺の勝ちだな」


「あぁ多分な」


「ってわけで今日はお前の奢りでラーメンいこーぜ!」


「誰が自分の奢りで食べに行く奴がいるか!」


「えー行かないの?つまんな」


「悪いな、つまらなくて」


「小鳥遊さんも誘ってるぞ」


「えっ!?まじで?」


「おう、まじだ」


「ちょっと考えさせてくれ」


「おう、しっかり検討してくれ」




検討って言ってもな、どうせあいつのことだ。ただ小鳥遊さんを連れてくるわけがない。


行きたい気持ちもあるが、今日はちょっと寝たいな・・・。



そんなことを考えていると、次のテストの試験官が教室に入ってきた。

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