第9話 夢は現実では絶対ありえない!

気づくと隣には綾瀬がいた。


いつもとは少し違う距離感でそれが不思議と嫌じゃない。



「先輩、手 繋ぎませんか?」




意味のわからない質問にいつもなら適当にあしらうのだが、今はなんとなくそれもいいかと思ってしまう。


そして差し出された綾瀬の左手を夢斗は軽く握った。




「ありがとうございます」


「お、おう」




なんでこんなことをしているのだろう?


そう思いながらも夢斗の右手は握ったものを離そうとはしなかった。




「なぁ、そういえば俺たちこれからどこに行くんだ?」


「それは先輩が考えるんじゃないんですか!?」

「はぁ、そうなのか?」


「そうですよ!なんてったって今日は私と先輩の初デートなんですから!」


「そうだっけ?」


「そうですよ!」


「そうか・・・そうだったかもな」


「そうですよ!全く信じられません」


「わるいな」




そうか・・・今日は俺と綾瀬のデートの日か。

ついこの間までそんなこと考えられなかったのに、まるで夢のようだ。



「先輩 なにニヤニヤしてるんですか?」


「あっ、いやなんでもない」


「怪しいです」


「ほんと何でもないから」


「ふーん、ならいいですけど」




こいつと手を繋いでデートか・・・割と新鮮だな。

そういや俺はいつ、こいつと付き合い始めたんだっけ?・・・まぁそれは後で聞けばいいか。

てかこいつの手 結構小さいんだな・・・それに


可愛いな・・・こいつ。




「先輩、そろそろですよ」


「なにがだ?」


「だからそろそろですって!」


「なにがだよ」


「ほら、早く行きますよ!」




そして綾瀬は握っていた手を離し先に走り出した。




「ちょっと待てよ!」


「早く先輩!」




どんどん離れていく綾瀬はずっと口を動かして何かを言っている。


でもそれがなんなのか、夢斗の耳には入ってこない。




「おい、待てって!」


「先輩・・・起きて下さい」


「は?お前なにを・・・」




綾瀬の声をやっと聞き取れたと思った途端、夢斗の体はブラックホールのような何かに吸い込まれた。




「あ、綾瀬!」


「先輩、朝ですよ」


「だからなにを言って・・・」




なにも見えない中で綾瀬の声だけが響いている。


そして次の瞬間、今度は謎の光が夢斗の目の前を覆った。




「眩しいな・・・ってもしかして全部夢か?」




あたりを何度か見渡すがやはりそこは見慣れた自分の部屋だった。




「もしかしなくても全部夢か・・・」




こんな夢から始まるとは、今日はなんか嫌な予感がするな・・・



そして夢斗の長い1日が始まった。




◇◆




「あの、先輩なにをボーッとしてるんですか?」


「え?いやなんでもない」


「何か悩み事ですか?」


「うーん、悩み事といえばそうかもな」


「それってあの女ですか?」


「違うよ」


「良かった、ならいいです」


「何がいいんだよ・・・」




いま目の前にいる彼女、綾瀬 恵は本物だ。これは夢ではなく現実。


そうだよな・・・あれは夢なんだよな。


夢であったことが嬉しいはずなのに、なぜか少しだけ胸に違和感を覚える。この感覚はなんなのだろうか。

まさか・・・なわけないよな




「だから先輩は何をさっきからボーッとしてるんですか!?」


「いや、だからなんでもないって」


「本当ですか?」


「あぁ」


「怪しいなー」


「怪しまれても何もないぞ」


「ふーんだ、別にいいですよー 知らなくても」


「なら絶対言わない」


「やっぱり教えて下さい」


「えー やだよ」




そりゃ言えるわけがない。夢に綾瀬が出てきたなんて・・・。


そんなことをもし言ってしまったら、こいつがどんな反応をするかはもう目に見えている。


絶対調子に乗るし、また面倒なことになる。間違いない。




「どうしてもダメですか?」


「そんな可愛い声出しても教えないからな」


「ちぇ、つまんないの」


「おい、いま舌打ちしたか?したよな絶対!」


「してませんよー・・・それよりも先輩はテスト勉強するんじゃないんですか?」


「あっ、そうだ!いけねー忘れてた」


「先輩、集中して下さい!」


「お前のせいだよ!」


「てへっ」





なにが”てへっ”だ。俺はテスト勉強まじでしないとやばいっていうのに・・・それにその顔ふつうに可愛いからこっち向くな!


夢斗がいった可愛い顔とは、片目を瞑り舌を少しだけ出した、いかにもあざとい女がやりそうな顔である。


まぁこいつの場合それが普通に可愛いのだからちょっとずるい。ってそんなことはどうでもいい、勉強しなくては!


ちなみに夢斗がこんなに焦っている新学年最初の中間テストは明日から行われる。


テストがあると気付いてから3日、結局綾瀬のことや小鳥遊さんのこととかで勉強に手が回らなかった。

綾瀬のことは言うまでもないだろう。

小鳥遊さんの方は、まぁ簡単に言えば どうしたらもっと仲良くなれるか ということだ。


しかし結局のところ何も思い浮かばなかった。そのせいで小鳥遊さんとの関係も勉強の方も全く進んでいない。




「先輩、まだ帰らないんですか?」


「もう少しな」


「早く帰りましょうよ」


「ちょっと待ってろよ、てかお前とは帰り道違うだろ」


「そうですけど・・・もうちょっと待ってます」




全くやれやれだ。


こいつが隣にいたらいつまで経っても集中できやしない。

やっぱり早く帰って家で勉強するかな・・・




「あの、先輩」


「なに?」


「その・・・一緒に帰りませんか?」


「”一緒に”って道違うだろ?」


「途中までですよ」


「途中までって・・・それに俺と帰る必要あるのかよ?」


「えっと・・・はい」




あーもうめんどくさいな。仕方ないからさっさと帰ってやる!

そして夢斗は机の上のものを全て鞄に入れ、立ち上がった。




「ほら、行くぞ」


「はい!」




今日一の元気のいい返事が教室に響いた。


なにがそんなに嬉しいんだか・・・それにこいつは何を企んでいるんだか、さっぱりだな。

でもなんかいつもと違うような・・・気もする。



教室を出て、下駄箱で外履きに履き替え校門を抜ける。

するとそこで後ろにいたはずの綾瀬の気配がなくなった。

振り返ってみると、綾瀬は校門の前で歩くのをやめこちらを見ている。




「どうかしたのか?」


「い、いえ・・・なんでもありません」




明らかに、なんでもなくはないだろうその顔は。




「なぁ、なんかあったのか?」


「えっ?」


「あー、いやなんかさ さっきからいつも言わないこと言ったりとかさ、その・・・元気なさそうだったり、ちょっと気になったから」


「先輩・・・」




こんな気遣い本当ならしなくていいんだけどな・・・なんか、ここまで変な綾瀬を見てると気になってしまう。




「で、なんかあったの?」


「いえ、なんでもありませんよ」


「ったく、いいから言ってみ」


「・・・でも」


「はぁ、言ってみろって。俺は優しいからちゃんと聞いてやるよ」


「先輩・・・ありがとうございます」




一体何を言われるんだか・・・俺のことか、テストのことか、まさかとは思うがほかの男のこと ・・・とかな。




「あのですね。私 今日告白されたんです」


「へー告白ね・・・えっ?告白!?」




まさかの他の男だった。


まじか、超意外・・・いやでも外見は結構可愛いし、中身知らなければ当然なのか?




「はい、それでどうしたらいいか分かんなくなってしまって」


「付き合うことになった?」


「先輩!」


「うそうそ、冗談だよ・・・それでまだ返事はしてないのか?」


「・・・はい」


「なるほどね」




俺的にはそいつと付き合ってくれると助かるんだが・・・まぁ好きにしてくれっ!て感じだな。優しいからそれは言わんけど。




「それでどうすんだ?」


「もちろん断るつもりです」


「そうか・・・」


「あっ、先輩今”えー付き合わないのか〜”みたいな顔しました?」


「まさか・・・してないしてない」


「本当ですか?」


「本当本当!」


「怪しいです・・・まぁでもとりあえずは」


「断るのか?」


「はい」


「そうか、断るのか」




断るのか・・・残念だな。でもなんとなく、ほんの少しだけほっとした気もする。


まぁもしこれで”付き合います”なんて言ったら逆に怒るけどな。今までのはなんだったんだって・・・




「それで先輩、私の彼氏になってくれませんか?」


「はい?」


「彼氏になって下さい!」


「やだよ」


「お願いです、少しだけでいいので」


「なにそれ、どういうこと?」


「私に彼氏がいれば断る理由になると・・・」


「お前な、俺を利用する気か?」


「違いますよ!もちろん私は先輩のこと好きですし、彼氏になってほしいです!でも今回はその・・・一時的に協力をしてほしいんです」


「彼氏になることでか?」


「はい」




なにか言っていることがめちゃくちゃな感じはするのだが、とりあえずは告白を断る理由として俺に彼氏になってくれということだろうか。

でも待てよ、もし彼氏になったら綾瀬の思う壺じゃないのか?


だって綾瀬って俺を彼氏に・・・だよな!




「おい」


「はい先輩」


「この話はなかったことにしよう!」


「な、なんでですか!?」


「なんでもだよ」


「酷いですよ」


「酷くても構わん」


「そんなー」




そしてその会話の流れで帰ろうとした夢斗に綾瀬は手を伸ばす。


その手がたまたま夢斗の手に触れて、夢斗は足を止めた。

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