山口から萩が消えた日

【滅思颯空】﨔木 長門守 夜慧

「…これが、戦争なき未来…?」


 確かに、ここに戦争は無い。俺の故郷は、大人の都合で滅ぼされ、敵も味方も、誰も生きてはいないからだ。この日、時代という名のバスに乗り遅れた世界は、語るべき未来を否定されたのだ。戦争は憎悪から生まれる、と言われる。今、俺の世界には…。


「…世界には、憎しみしか無いッ!!」


 これが、俺の…の始まりだった。俺には、名前が無い。あったとしても、風の不協和音に吹き消される程度の名だ。戦争するからには、敵と味方と、俺自身を識別する名前が必要だ。そう思った刹那、もう自分の心中に封印したはずの、記憶の棺を開く音が聞こえた…いや、。ここには居ない君の、悲しい微笑みを。手を繋いで帰った、二人の青空を。もう探さないと決めた、今は亡き君の足跡を。共に見上げた夕陽の、波打ち際に消えた…君の、名前は…。


「…﨔木…夜慧…」


 最期に「じゃあね」と言った夜明け…君は俺に、危なっかしい計画を話してくれた。俺達が生まれ育った故郷・長門の国を、百年…いや、永遠に守り抜く「避雷針」のような力を持った存在に成ると。例え大人が信じてくれなくても、俺達の未来を守護して魅せると、それを証明すると。それが、君の…いや、俺のアイデンティティーだ。


﨔木けやき長門守ながとのかみ夜慧やえ


 、俺は黒い制服を脱ぎ捨て「﨔木長門夜慧」として生きる事になった。孤独の夢を再生し続ける、孤高の細胞として。もう、あの日の少女には戻れない…。


「俺を否定した未来を、俺は否定する…始めてやるよ、俺達の戦争を…!」


 さて、情況は最悪だ。北九州から上陸して来た侵略者は、下関を陥落させ、山口を占領した。俺が居る萩も空爆を受け、味方は全滅に等しい。阿武火山群に囲まれ、三角洲を堆積させた阿武川が、西の橋本川と東の松本川とに分流し、日本海へと注ぐ萩平野。かつて明治維新の革命を実現した、あの長州藩でもある。そんな俺達の故郷を滅ぼした奴らの事は、絶対に忘れないし、絶対に許さない。延焼する街から見上げた時、俺の瞳に映ったのは3、4機の敵戦闘機だった。その中で、最も活躍していた…俺達の仲間を最も多く殺したのは、potageなどと刻印されたステルス戦闘機。操縦士の名は、美保関天満。彼女を殺し、復讐を成し遂げる事が、俺の生きる全てになった。そして、来たるべき救済の時には、俺自身の生命も…。


「あの~、僕インフルエンサーなんで、神戸に帰っても良いですか?」


「うるせえ黒塗りの高級車ぶつけんぞ」


 この仮病インフルエンサー患者は、生田兵庫。山口と同盟していた神戸の義勇兵で、伊勢の斎宮星見ちゃんに逃げられた今、俺に残された数少ない仲間だ。少し生意気なとこも含めて、可愛い奴だ…どこまで当てになるのか、少し心配に思う事もあるけど。


「これ以上、萩で戦い続けるのは無理だよ。ここは撤退して、秋吉台や宇部に残っている仲間と合流したほうが良いと思う」


「…そうだな。屈辱だけど、そうするしかない」


「じゃあ、早く準備を…」


「あれはあるの?」


「あるよ。ロシアのターミネーター戦闘機が余っているから、それでまだ戦える。新型のベルクートも、密輸で到着予定だと思う」


「…そう。で、は?」


 俺は勉強が大嫌いだが、自分にとって大事な話だと、妙に頭が良くなるらしい。今、俺達のやっている戦争が、まさにそうだ。そんなわけで、生田の報告を聴きながら、次の作戦を考えている。


「あっちって…もしかして、反射…」


「それ以外に、何があるんだよ?」


 幕末の萩藩には、火焔の熱で金属を溶かす「反射炉」が建造されていた。俺はこれを、新兵器に応用する技術を考えていた。宇部の石炭でも放り込めば、電気が無くても使えそうだし、を、敵軍に向かって放出する事ができれば…。


「でも、萩の遺跡を持って行くわけには…」


「実物が無くても、設計図だけで良い。、ノウハウを応用できるかも知れないから」


「わ…分かった!」


 「反射」を「反射」に進化させる事ができれば、俺達にも勝算が生まれる。そのためには、この設計図を、味方の司令部がある神戸・大に届けなければならない。だが…既に山口の制空権は、美保関ら敵軍に抑えられている。


「長門! 大坂から救援要請が来ているよ! 東京軍の総攻撃が始まったみたい!」


「…分かった、計画を予定より早める。ベルクートの手配を急いで、急げっ!」


「りょ…了解だよ!」


 生田を無制限ブラック労働に走らせると同時に、俺も出撃準備を急いだ。秋吉台地下水系に潜伏させていた残存兵力を総動員すると共に、俺自身も、ロシアから密輸した戦闘機「SU47ベルクート」に搭乗し、滑走路を敵に奪われる寸前に、宇部空港からギリギリの離陸を試みる事になった。大急ぎでコックピットに乗り込む俺に、管制塔から生田の無線が聞こえる。


「第302中隊、離陸を許可するよ! 急いで、今ならまだ間に合うから!」


「お前に言われなくても、分かってるよ! 誰よりも高く、飛んでやる…!!」


 太陽の下に、綺麗な青空が広がっている。でも、あの日の青空とは違う…だって俺は、それでも歩き続けると誓ったのだから!


「…こちらスカーレットⅢ、黒沢俄勝から皆様に。新たな敵機影を確認致しましたが、電波の反応が弱く、若干の隠密おんみつを施されているようです」


「念々佳より蓬艾、了解。見た事ない機体ね…敵軍も、新型のステルスを持ち出して来たみたい。隊長さんも美保も、気を付けて!」


「分かってる。さあ隊長、平和への総仕上げに行きましょう!」


 どうやら、敵の通信も混線しているようだ。あの四人組が、俺達の故郷を…未来を殺したのだ! 俺は、辛うじて生き延びた残機と共に、奴らの正面へと向かう。


「全機、俺に続け。山陽選抜中隊・第302号、交戦」


 さあ、正義を決めよう! お前達の大好きな、で! 偽善まみれの真っ白な心を、俺達の涙で汚してやるよ! 前方から、敵編隊のが迫って来る。奴らのスカートを斬り裂いた朝には、俺達の戦争は成就するだろう。この設計図から創造された反射砲が、侵略者を灼熱に昇華するに違いない。その時…ようやく俺は、のだから…だから俺は、静かなる多数派であってはならないのだ!


「それでも、この世界には…俺は信じている。﨔木長門守夜慧、今…運命の硝子ガラスを割るッ!!」


 次々と撃ち墜とされるを切り抜け、俺は長距離ミサイルの誘導照準を構えた。不幸にも黒塗りの高級戦闘機にエンカウントしてしまった者達を待ち受ける、平和の条件とは…。

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