東方皇霊祭

【戦原維新】塔樹無敎

 自分の名前は、蘭木あららぎおしえ…なのですが、このログをが御覧になる頃、事でしょう。自分に残された時間は少ないので、要約の無礼をお許し下さい。隊長も記憶されている事と思いますが、自分と隊長は、傭兵の本行寺ほんぎょうじ道理みちたかと共に、炎上する東京湾要塞から脱出し、平和島から大森へと逃亡していました。


「…蘭木、お前は…隊長と共に、生き残るのだ…!」


「本行寺君! しっかりしろ! まだ、任務は終わっていない!」


 近畿・中國地方の戦いにおいて、美保関将軍を始めとする日本国民軍は、﨔木夜慧の武装勢力を撃破し、戦闘は終結に向かったと思われました。しかし、﨔木君は反撃の機会を窺い続け、遂に最後の戦力を賭して、国民軍が結集していた東京湾への、奇襲攻撃を決行しました。手負いの美保関様が、再び﨔木君の迎撃に向かい、事実上の最終決戦である「御台場おだいば・有明の戦い」が繰り広げられています。自分達の義勇隊も、美保関様の救援に向かいましたが、敵軍の情報解析によって得られたのは、﨔木君のでした。回想しますと…。


「蘭木、面白いデータを見付けたぞ」


 﨔木君は、復讐の手段を選ばない人間でした。彼女が隠し持っていたのは、大量破壊兵器の設計図だったのです。それは、強大な熱エネルギーでターゲットを溶融させる「」と呼ばれる物でした。更に、電磁力を用いたレール ガン「」に、核爆弾を搭載・発射する技術まで計画されていました。


「…こんな物が実用化されたら、日本列島は…いや、地球世界は焦土になってしまう…!」


 若輩の身ではありますが、それでもサイバー作戦の専門家である自分は、﨔木君にハッキング攻撃を仕掛け、設計図を奪取する事に成功しました。隊長や本行寺君と合流した自分は、設計図の管理・処分を報告するため、まずは東京湾から離脱する事にしました。対して﨔木君は、時間を止める超能力を用いて、自分達を追撃して来ました。﨔木君が得意とする武術「」は、周囲に不協和音の衝撃波を発生させ、たった一撃で多大な損傷を被ります。友軍が次々と討ち取られ、遂には本行寺道理も…致命傷を刻まれてしまいました。


「…当職は、傭兵だ…我が身がいつ滅ぶか、誰よりも知り尽くしている…今が、その時だ…」


「だけど…!」


「…お前達は、生き残れ…そして、護れ…この世界の、未来を…!」


 最早、事態は一刻を争います。自分達は、涙を抑えて本行寺君に別れを告げ、内川から呑川へと疾走しました。本行寺君は、なおも最期の力を解き放って、﨔木勢を決死に迎撃しています。そして﨔木君自身も、時間停止能力を発動し過ぎた反作用で、その力が弱体化しているようです。本行寺君の覚悟を無駄にしないためにも、この忌まわしき設計図を葬るべく、自分は隊長と共に、へと向かいました。


「ここは…」


 武蔵野台地の谷を構成する呑川の流域に、その場所はありました。ここは、「開かずのみささぎ」「血の池地獄」などと俗称される、無名の遺跡です。とある伝承によれば…数百年前、この地で惨殺された少女の怨霊によって呪い滅ぼされ、地図から消えた村…などとう、非科学的な話があるらしいのですが、そんな風評のゆえか、誰も近寄ろうとはしません。物理的な防御機能も有しており、防空壕の候補地にも選定されています。ここであれば…。


「…もし、この技術に使い道があるとすれば…」


 自分は当初、設計図データを復元不可能なレベルにまで破壊すべきだと考えていましたが、今この時に及んで、別の可能性が脳裏に浮上しました。二十年前、地球に小惑星が衝突し、その破片は現在も「準衛星」「小衛星」などと呼ばれる天体として、。自分の試算が正しければ…今後十年以内に、再び天体衝突に遭遇する確率は、決して低くはないと推測されます。従来の科学技術では、小惑星レベルの天体を破砕するのは難しく、それができるのは…。


「…これが、使えるかも知れないな…」


 そう考えた自分は、この設計図を慎重に「封印」する事にしました。ファイルを分解し、データを暗号化する事で、﨔木夜慧のような人物に悪用されるリスクを封じた上で、遺跡の地下に隠す…しかし、将来的にが訪れた場合を想定して、最小限の復元可能性は残しました。


「どうしました、隊長?…ああ、思ったよりも早く、彼らに見付かったようですね…」


 隊長が、何者かの気配を察知しました。恐らくは追跡者、最悪の場合は﨔木君本人でしょう。


「隊長、あなたは逃げて下さい! 自分が﨔木夜慧と刺し違えれば、設計図の真実を葬る事ができます! 自分と﨔木君は、この恐るべき技術に関して、その禁忌を知り過ぎてしまいました…だから!」


 そう言って自分は、何故か遺跡に供えられていたを掴み、﨔木勢に特攻する事にしました。そうすれば、設計図の秘密を知る者は、隊長だけになってくれる…。


「隊長、今までお世話になりました! そして…来たるべき時において、この遺跡を発掘する者が、この設計図に託された技術を、我欲や私怨ではなく、全人類のために使って下さる事を、心から願っています…!」


 風船爆弾の起爆まで、あと数秒。自分が死んだ時の戒名は、自分で命名すると決めています。そして、それを知り得る者は…自分の死を見届けてくれた人か、あるいは…自分の「復活」を証明する者だけです。何故なら、自分はき者。バベルのに絡み付く、の大…。


「今この時を以て、蘭木訓は終わる。そして…」


 ヴァーチャル空間に移植された、自分の人格が目覚めた時…自分は「塔樹無敎」として、再び蘇る事でしょう。それを可能とするレベルにまで、科学技術が到達した時に…。



「…えっちゃんのお奨めコーナー、本日のナンバーは『グローバル フリーダム』をお届け致しましたっ!! 次回のライヴ放送は『DREAMING COLOR』を歌わせて頂く予定ですが、リスナーの皆さんから番組にリクエストもお待ちしていますよっ!! さあCMの後は、いよいよ『星空逃避行』が地上波・初公開ですっ!! えっちゃんと一緒に、今日もKIRAKIRAなDAYSを…」


 今や全世界中のスピーカーにその歌声を響かせている、国民的アイドルのMCに叩き起こされる所から、の一日は始まる。2019年8月16日・金曜、東京は曇天である。しかし、人々の気分は明るい。この国は未だ、先月末の「奇跡」に関する話題で賑わっているからだ。7月25日・木曜、直径約130mの小惑星が地球に飛来した。衝突すれば、最低でも東京壊滅は避けられなかったと思われるが、日本人グループが開発した「対小惑星隕石砲」によって、見事にも迎撃を成功させたのである。この対小惑星隕石砲は、従来のレール ガン技術に、熱エネルギー反射を取り入れた事で、小天体を確実に消滅させる性能が強化されていた。それが奏功し、本格的な観測が前日の24日であったにもかかわらず、首都壊滅の危機は回避された。


 迅速な対応を可能にしたのは、詳細は不明であるが、一説によれば、呑川流域の某所から発掘された「超兵器の設計図」とやらが役立ったとの情報もある。無論、そんな物を誰が何のために作成し、どういう経緯でこんな所に遺棄されたのか…疑問は尽きないが、事実だとすれば、に感謝しなくては…それが何故か、自分とは無関係の他人事には思えないのだが、今朝は変な夢でも見ていたのか、妙な記憶が錯乱している…。


「…さあ、あなたはどの風船を選ぶ?」


 いつの間にか、風船を束ねた神奈川雅楽莓が立っていた。彼女の風船には、それぞれ1個ずつに絵が描かれているのだが、絵と言うにはあまりにも写実的で、これは最早…映像だ。それも、決して穏やかな光景ではない…。


「さあ、選んで?」


 風船に映写された、鮮明な幻影…それは、江ノ島の彼方に太平洋へと手を伸ばす、斎宮星見の焼死体。戦闘機の残骸と共に、海底炭田へと沈む美保関天満。虚無の萩城下に心を遺したまま、鍾乳石の串刺しと化す﨔木夜慧。地獄まで秘密を隠し通すかのように、それを埋めた陵の真上にたおれる蘭木訓。呑川の汚泥に混ざって廃棄処理される、顕先生の白骨。そして…戦没者の墓碑に「英霊」として刻まれる、ほかでもない私の名前…まさか、あなたは…?


「そう…幾億の運命を見守って来た、だから悲しむのは辞めた。誰が生きて、誰が死ぬのか…」


 この、気味が悪いほど神秘的な感覚…悪戯には思えない。眼前の彼女は、私達が如何なる最期を迎えるのか、全ての運命を知っている。それでいて、私に「」を求めている。恐らくは、私がどの風船を選んだのかに応じて、皆の生死を決める気だ。誰が生き、誰が死ぬのかを、こんなクジ引きみたいなやり方で決めようとは、あなたは…!?


「ね~え、わたくしを放置しないで欲しいんですけどぉ?」


 いつの間にか私は、聴き慣れた声の人物に、背後から抱き締められていた。十年前に秋吉台の空戦を、私や美保関天満・禅定門念々佳と共に戦い抜いた、黒沢俄勝蓬艾である。色気まみれの声と、意識しなくても肌に伝わる爆乳の()感触から、すぐに分かった。


「蓬艾ちゃん、何の用?」


「莓お嬢様に、お忘れ物のお届けですよ」


 そう言って黒沢俄勝は、神奈川莓の物とは別に、を取り出した…どうしてのか、物凄く気にはなるが、最早そんな事を気にしている場合ではない気がする。


「蓬艾ちゃん、それは…」


「ええ、御覧の通りです」


 黒沢俄勝の風船にも、やはり謎のビジョンが映写されていた。風船の中に見えるのは…逆様さかさまの十字架にはりつけられ、刑死者の墓穴に遺棄される、傷だらけの少女。そして、血のような涙と共に息を引き取る少女の顔は…どこか俄勝に似ていた。私と共にそれを見た神奈川莓は、俄勝の言いたい事を理解したらしく、唐突に切り出した。


「蓬艾ちゃん…あなたはもう、何百年も苦しんだのよ。あなたが死ぬ必要は無い、あなたは…救われるべきよ!」


 そう言いながら神奈川莓は、ポケットの短刀ブレードを手にすると共に、それを俄勝の風船に投げ付けた。しかし俄勝は、ミニスカートの後ろ辺りに装着している、小悪魔の尻尾らしき「アクセサリー」を鞭の如く振り回し、ブレードを華麗に打ち返してしまった。


「…あっ!」


 打ち返されたブレードを、神奈川莓が無理に掴もうとした結果、彼女の持っていた風船の束が、その手を離れ、空へと舞い上がる。


「…どうして? 蓬艾ちゃんだって、本当はんでしょ!?」


「私は、もう死にました。今更、あの頃を生き直したいとは思いません。それに…三十年前に『星の雨』を浴びたお蔭で、こうして再び肉体を得る事ができました。あの受難が無ければ、今の私も御座いません。私の運命を変えて頂くよりも、どうか…この方々をお救い下さい」


 天に昇る風船を見上げながら、黒沢俄勝は語る。そして、自身が持っていた最後の風船を、神奈川莓に手渡す。それを受け取った神奈川莓は、切なそうな顔で応じる。


「…私も、蓬艾ちゃんみたいに悟る事ができれば、楽に成れるのかも知れないのにね…」


「莓お嬢様に必要なのは、時間です…例え、数十年では足りなかったとしても、私達が見守っておりますから…あなた様からも、仰って下さいませんか? 莓お嬢様を、と…」


 黒沢俄勝に促され、私もそう言った。もっとも、神奈川莓の正体が穏やかではない以上、自分でも意味は良く分かっていないのだが、しかし、彼女には伝えなければならないような気がした。私は、あなたを忘れない…と。


「…そう、分かった。今日は、蓬艾ちゃんの風船を持って帰るよ。でも、また気が向いたら戻って来ると思うから、その時はまた、選んでもらう風船を持って来ると思うから、宜しくね…でも、今日は遊んでくれて、楽しかった…嬉しかった、よ…ありがとう」


 その表情には、それまでの不気味さは既に無く、本心から笑っているように感じられた。静かな、そして暖かい笑顔を、私と俄勝の視線に向けて礼を述べた数秒後、神奈川莓が指を鳴らした瞬間、上空の風船が一斉に爆発した。俄勝が手渡した1個だけは炸裂しなかったようだが、それを確認できたとしても、刹那の出来事であった。閃光の眩しさから、再び眼を開いた時、そこに神奈川莓と、彼女が受け取った風船は、既に存在していなかったのだから…。


「…やはり、人生経験は色々と豊かなほうが良いですね…生前だけでなく、も含めて…なのかも知れませんが」


 俄勝は私に体を近付けながら、直前まで神奈川莓が居た方向に語った。けれど、彼女がすぐには戻って来ない事を理解した俄勝は、すぐに体の向きを私の側に転じ、両手で私を掴み、顔と顔を近付けながら、再び口を開いた。


「数十年前…こちらの下町で、風船爆弾による事故が御座いました。史書に記録が無いゆえ、真実は明らかならざる事ですが…求不得ぐふとくゆえに身売られし乙女の、己が運命を苦としての自爆とも言われております。その者は詩歌しいかに秀で『雅楽の莓』と呼び親しまれていた、と…」


 風船爆弾。かつて我が国の陸軍が、北米大陸を爆撃するために開発した気球兵器。太平洋の偏西風に乗せて、約9000個が使用されたが、その戦果は数人程度であった…いや、数名の女性が犠牲になったと言うべきか。


「戦を開く者、戦に乗る女を、罪として裁くのは容易たやすいですし、まあ好ましく思われないのは、無理なき事でしょう。ですが…狂った世界は、衆生しゅじょうをも狂わせます。所謂いわゆる人身売買のほかに、今日明日の糧を得るすべが無かった方々にとって、戦争は『希望』であり、死は『救済』だったのかも知れませんよ…だって、それが『開かずの陵』の戒律なんですから…」


 どうして、黒沢俄勝がそんな事を知っているのか…そもそも、この「開かずの陵」には一体何が隠されているのか!? それを尋ねようとした直前、私は口を塞がれた。半ば無理矢理、俄勝に唇を重ねられたから…。


「…あ~む、チュッ…本当の事を、知りたかったらぁ…はむ、れろ…後でもう一度、私に逢いに来てぇ…チュッ、はぁ…ほらぁ、もっと舌を絡めてぇ…れ~ろっ、はぁむ…チュッ、ちゅぅ~…」


 これをヤられると、舌から全身が痺れるような快感に襲われ、私には抵抗の仕様が無い。俄勝は、戦闘能力においては優秀な人物なのだが、国家の正規軍ではなく、義勇軍などアブノーマルな所属での出撃が多い。その理由は、このようなが非常に多いからなのだが、先日「不純異性交遊」の罪状で軍法会議に飛ばされた際には「」という歴史的迷言と共に、一連の行為が正当である事を証明するため、法廷出席者全員にして来たらしい…。


「昔は、私のほうが一方的に受けだったのですから、お返しですよ…それに、私が受けた仕打ちに比べれば、この程度の蹂躙なんて、生温なまぬるいのに…」


 そう語る俄勝の瞳は一見、愉しそうな反面、どこか切ない雰囲気がある。まるで、何かを悔悟するような…彼女の過去は、知らないほうが良いのかも知れない。


「じゃあ、少しだけ教えてあげる…の差異ですよ、私の今昔こんじゃくを分けているのは…あら、皆様が御到着のようですよ」


 俄勝の言う通り、駅のほうから聴き慣れた声が聞こえる。この十年で、実に色々な出来事があった。一例を挙げれば、美保関天満は昇進して「大宰少弐だざいのしょうに」という光栄な官位を叙任された。


「お久し振りです、美保関少弐。御無事だったようで、俺も嬉しいです…!」


「星見君も、元気そうで良かったわ。夜慧、顕先生の生存確認は?」


「あぁ…午前1時27分は、さすがに眠い…顕先生は疲れからか、不幸にも黒塗りの高級戦車にぶつかってしまったので、示談してから来るってさ。おいアララギ、お前が代わりに道案内しろ。あくしろよ、また人狼認定するぞ無能」


「あー、はいはい。﨔木君の人格が安定していて、私も安心だよ…いずれにせよ、まずは隊長に挨拶だ」


 今日は義勇軍の皆が、久々に揃って休暇を取れたので、地元で会食する予定になっている。特に、遥かなる宇部空港から飛んで来た﨔木長門夜慧は、前々から皆でカラオケに行きたがっていた。子供っぽいと思われるかも知れないが、無邪気は若者の証であり、その心をいつまでも大切にして欲しい。さて、夏休みでも義勇軍なので、私も「隊長」として、例え行き先がカラオケだったとしても一応、彼女達を指揮監督しないと駄目だと、顕先生に恫喝されて強制参加である。しかも、全員の費用を自腹で払えとも恐喝された。その先生が事故ったのはざまぁwとしても、こうして皆の声を聴けるのが、妙に奇跡的であるような気がする…。


「大丈夫ですよ、あなた様。彼らがここへと至る前に斃れるような世界は、そのような運命は撃ち墜としてありますから、あの風船と共に…さあ、イッてらっしゃいませ、隊長様。私も、莓お嬢様を参りますので、その時は是非…お隣に御一緒させて下さいね、あ・な・た・さ・ま? チュッ…んふふっ」


 そう言って俄勝は、私の背中を押した…のだが、相手に前進を促すならば、普通に両手を使えば良いのに、を押し付けて来る辺り、彼女が隣に同席したら、一体どんな目に遭うか…何となく想像できる。まあ、楽しそうだから良いか…と、納得している自分もどうかと思うが。


「あ、先輩おはよう御座います! あの…アプリコーゼン基地のインターネットを自由化するよう、隊長からも顕先生に伝えてくれませんか? ただでさえ、有明例大祭で有り金が全部溶けるのに、これ以上の通信料なんて取られたら、俺は…!」


 短距離・長距離を自在に使い分ける陸戦の新星、斎宮星見。


「隊長、お疲れ様です。お蔭様で、教会女学院の史料編纂部長に昇進できそうなので、聖さんにも宜しくお伝え下さい。まあ、部下がやる気ゼロなのは少し心配ですが、あたしに付いて来る奴は変態しか居ないので、適当に踏めば手伝ってくれると思います。あたし自身の戦歴を振り返り、正義に対する省察を…あ! あとですね、隊長に重大な報告があるんですが、先日あたしの推しをめぐって、同担拒否過激派カプ厨が…」


 心の焔を胸に戦い続ける少年飛行兵、美保関 大宰少弐 天満。


「隊長さん達とはまあ、色々と恩讐があったけどさ…でも俺は、後悔してないよ。頭良くない俺なんかの思い付きが、この街を小惑星とやらから守って、第二・第三の俺が生まれるのを阻止できた。硝子を割るのは簡単だが、割ったほうも傷付く、血まみれにな…こんな怪我を喰らってまで、運命と戦争するような馬鹿は、俺一人で充分だったんだ…あの日の君も、きっとそう思っているはず…ほんと、愛憎はアンビバレンスだよな。だからこそ、俺は信じている。世界には…!」


 止まった時間から未来を語るエキセントリック、﨔木 長門守 夜慧。


「隊長があの時、命懸けで時間を稼いでくれなかったら、設計図を地下に保管する事はできなかったでしょう…本当に、ありがとう御座います! まさか実際に、あれが東京の命運を左右してしまうとは…しかし、この十年でヴァーチャル技術が進化したとはいえ、私が塔樹無敎として『復活』できたのは、少し都合が良過ぎるような…どうも、あの時の記憶が曖昧なのだが…」


 次元の境界をイノベーションする蘭木 訓、今の名は塔樹無敎。


「一人ひとりのが、今この世界を導いている…そういう事ですよね、莓お嬢様?」


「ええ、蓬艾ちゃんの言う通り…で、先輩と星見君が、ほかでもない私を見付けてくれたから…私はって思えたの」


 東京から脱出したが、湘南でと出逢い、が、秋吉台の戦いで﨔木夜慧を追い詰め、追い詰められたが、萩反射炉から対小惑星隕石砲の設計図を持ち出し、設計図を奪取したが、その技術を未来へと託した。9人の英雄が叶えた物語、ギリシャ・ローマ神話ならば「九人の女神Muse」であろうか。そして…彼女ら一人ひとりの世界において、出逢い、戦い、共に生きた「10人目」のメンバーは…そう、ほかならぬであった。誰か一人でも欠けていれば、今頃この国の首都は滅んでいた…全てを知り得る神奈川莓と黒沢俄勝は、次代の皆を…私達を見守り続ける。


「…私が自分の正体を受け入れるには、もう少し時間が要ると思う…でも、蓬艾ちゃん達が居てくれれば、きっと…」


「御安堵下さい。例え六兆年の歳月が過ぎ去ったとしても、その時には一夜の如く、掛け替え無き刹那として追憶される事でしょう…」


 小惑星の危機は回避されたが、日本列島を含む地球世界は今、なおも多くの困難な課題に直面している。あるいは、また戦争が引き起こされるのかも知れない…それでも私達は、最も大切に想う存在を胸に、例え一歩ずつであったとしても、前へと進み続けるのだろう。その先に、望んだ世界があると信じて…。


「ここは、開かずの陵。かつて防空壕があり、、戦没の地…」


「そして…数百年の呪怨をぶちまけた、血の池地獄へと至る『杏子アンズの村』…けれど、今は…未来へと飛翔する方々の、と、の場所なのかも知れませんね。御覧なさい、世界は…こんなにも美しい」


 もちろん、その後も歴史は続いた。9月23日・月曜は、死者の魂魄に祈る秋分の彼岸「秋季皇霊祭」であったが、それと前後して、東京湾の五輪会場が計画されている人工島「中央防波堤」の主権を巡って、(辛うじて形式上の統一を保っていた)日本連邦・東京自由都市同盟の内部対立が激化し、遂に「大森・蒲田統合軍管区」と深川・城東の「江東連合軍」とに分裂して、全面的な領土紛争を戦う事態になった。中央防波堤への上陸を企図して、夢の島から有明国際展示場に進撃している江東連合軍を阻止せんがため、大森蒲田軍管区も平和島に兵力を集結させており、私達の義勇軍「」が、再び戦場の天地を舞い踊る事になるかも知れない…。


 これからも…私達の一人ひとりが、運命という名の「風船」を選び取り、語るべき未来を…明日の「世界」を選択し続けるであろう。神奈川雅楽莓は、現時点では行方不明のままだが、黒沢俄勝蓬艾のほうは、相変わらず義勇隊の人間に擬態して、私達の…かつて「」と呼ばれた郷土から、三千世界の行く末を見届ける気らしい。そんな黒沢俄勝にまとわりかれながら、私は斎宮星見・美保関少弐・﨔木長門・塔樹無敎らと共に、次なる空へと歩み始めた…。


「…スカートを限界まで短くしてぇ~、下着は…脱いだほうが良いですね! あなた様、私も更衣致しましたので、御一緒に参りましょう。はぁ…豊乳なのは大いに結構なのですが、私の乳房はので、胸が凝っているんですよねぇ…専門店の『搾乳マッサージ』はお高いですし、どなた様か…この爆乳を揉みほぐして下さる、お優しい方はいらっしゃいませんか?…『どなた様か』ってぇ、んですけどぉ~? んふふっ…あ~む、チュッ、チュッ、チュ~ッ…」

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