胸なき胸は胸じゃない

【心焔文殊】美保関 大宰少弐 天満

「…風船爆弾よ、警戒して! ポタージュⅠ、交戦!」


「了解! ロゼリアⅡ、交戦!」


「お任せを…スカーレットⅢ、交戦致します」


 敵軍の風船爆弾を撃墜し、爆風を突破した先には、戦争とは思えない青空が広がっている。真下には、3億5000万年前の石灰岩が、今この瞬間も地下水に溶蝕され、悠久の時空と共に創造された、複雑に入り組む台地形を示している。あたしは、と僚機の無事を瞬時に確認すると共に、隊長機に続いて攻撃開始を全軍に告げ、次の照準を定めた。


「テロリスト『﨔木夜慧』と、決着を付ける! 隊長の背中は、あたしが護ります! 念々佳ねねかは、蓬艾よもぎちゃんに援護してもらって!」


 あたしの名前は、美保関天満。出雲に生まれ、隕石で壊滅した島根・松江の復興を見届けながら育つ予定だったけど、面倒な事情があって、気付いた時には戦災孤児として、伊豆の教会に保護されていた。そこで、義理の姉みたいな保護者に当たる十三宮とさみやひじりさんと、あたしに剣術を叩き込んでくれた津島つしま三河みかわさん、そして…今の隊長さんと出逢ったりした。


 時代は、『文明の衝突』の21世紀。二十年前の小惑星によって、地球世界の秩序は崩壊し、日本列島も戦乱の渦中にある。正義が失われ、悪が調子に乗ってやがる時代は、力尽くで変えるしかない…そう決意したあたしは、親友の禅定門ぜんじょうもん念々佳ねねかと共に、日本国民軍の少年飛行兵を志願した。「少年飛行兵」はその名の通り、あたし達みたいな子供を戦闘機操縦士に養成するシステムで、あたしと念々佳は「ポタージュpotage中隊」に配属され、聖さんの気配りで、教会騎士団から隊長を派遣してくれた。今、って事は、隊長も生還できたんですね。良かった…!


「ロゼリアⅡから、スカーレットⅢに。蓬艾、後ろの敵を任せても良い?」


「もう既に任されておりますよ、念々佳お嬢様。狙った獲物は、絶対に逃さない…んふふっ」


 それと、もう一人…あたし達の空戦教官として「黒澤くろさわ俄勝大姉がしょうだいし蓬艾よもぎ」ってゆう変な女も参加している。黒沢蓬艾ちゃんは自称300歳?の妖魔らしく、人間としては既に死んでいるので「俄勝大姉」という戒名を持っているらしい。三百年前、自分を惨殺した村を一夜にして呪い滅ぼし「復讐をにわかに成し遂げた怨霊」という意味で「俄勝」らしいけど、本当かどうかは知らない。ただ、めっちゃ強いのは事実なので、蓬艾ちゃんの正体が何者であれ、裏切らなければ問題ないと思う…以前『学園偶像祭』という模擬戦イベントに参加した事があるんだけど、そこで対戦相手のにしたのも、蓬艾ちゃんだった。


「この複雑な地形なら、高度をギリギリまで下げたほうが、敵の追跡を撹乱できる…全機、隊長に続いて。東秋吉台を、厚東川ことうがわ方面に!」


 あたし達の部隊名である「ポタージュ」には、深い思い入れがある。ポタージュは、。あのスープを味わいながら飲むだけで、あらゆる欲求を満足せしめ、心身が浄化される…気がする。以上、証明終了。ポタージュ中隊の名において、あたし達の「心」は一つだが、空戦の「体」を成す戦闘機の種類は、各員の得意な戦術に応じて、最も望ましい機種を別々に採用している。馬鹿デカいロボット兵器の脚はただの飾りだが、戦闘機の翼を飾りにしてはならない。あたしの「FA22Aラプター」はアメリカ製のステルス戦闘機で、世界最強とも言われている。念々佳は、海上空戦隊で訓練を受けた事もあり、航空母艦から発艦する艦載戦闘攻撃機「FA18Eスーパー ホーネット」を使う。蓬艾ちゃんの「YF23Aブラック ウィドー」は、あたしのラプターと同じくステルス戦闘機なんだけど、限定生産の稀少品で、蓬艾ちゃんのトリッキーな戦法を反映した機動力を持っている。隊長は、最も臨機応変を求められる立場なので、特定の愛機よりは、複数の機体を使い分けている印象が強いかな…あ、敵機だ!


「ポタージュⅠより、各機。敵戦闘機の接近を確認、SU37ターミネーターよ!」


 日本は今、瀬戸内海を囲む「西海戦争」の真っ最中にある。東京から九州に援軍として派遣された、あたし達の敵は、中國地方を支配する山陽軍。その司令官である宇喜多うきた清真きよざねは、アラビアに亡命していた頃の人脈もあって、中東の傭兵や過激派テロリストを動員して来たので、こいつらを潰すのは物凄く苦労した。あたし達・連合軍はまず、宰府に追い詰められていた吉野よしの首相を救出し、北九州に上陸して来た山陽軍を迎撃した。受けから攻めに逆転した国民軍は、下関を陥落させ、その勢いで山口を総攻撃し、一応の勝利を収める事ができた。


「ロゼリアⅡ、高機能ミサイル発射!」


 けれど、ここで新たな敵が出現しやがった。「﨔木長門夜慧」と称する女が、山口の残党を結集して、あたし達へのテロ攻撃を仕掛けて来た。これは、限られた関係者にしか知らされていない機密情報なんだけど…﨔木長門夜慧は、を持った、いわゆるだった。今この時の戦いでも、敵戦闘機が瞬間移動するような錯覚に、何度も翻弄されている。これは単なる錯覚ではなく、背後で﨔木夜慧が時間を操った結果、必然的に発生した現象だと思われる。ん、錯覚…?


「スカーレットⅢ、俄勝です。あのターミネーター、高機動ミサイルを積んでいらっしゃいますね…あれは一度回避しても、再度追尾して来ますゆえ、皆様お気を付けを。隊長殿、あなた様の援助に参ります」


 あたし達は今、現代の科学技術を用いて、未知の超能力者に挑むってゆう、全く新しい戦争の最前線を飛んでいるってわけ。相手がチートである以上、決して簡単じゃない事は分かっている。でも、負けるわけにはいかないし、諦める気も無い。どんな理由であれ、彼女は…﨔木夜慧は、祖国の平和を破壊した叛逆者! そういう相手に対して、あたし達は何を為すべきか…それを示すのが、あたし達の正義だから。


「…隊長が、最後の1機を撃墜! さすがですね、隊長!」


「これで、制空権はどうにかなりそうね」


「残るは、宇部炭田のほうですね」


 あたし達は厚東川上空を南下して、瀬戸内海に面する宇部地方に進路を定めた。約5000万年前「古第三紀・始新世」と呼ばれる時代を起源とする海底炭田が、臨海工業地帯のエネルギーを供給し、宇部という都市を成立させた。そして今、ここに反乱軍の拠点があり、あたし達を散々に疲れさせやがった戦闘機連中も、宇部空港から離陸した奴らってわけ。ここを潰せば、敵の航空戦力を無力化し、補給線も奪還できる。蓬艾ちゃんの調査によると、﨔木夜慧も宇部に居るらしい。だったら、あたし達のやるべき事は…。


「全軍、総攻撃! あたし達の手で、この戦争を終わらせる!」


「隊長さん・美保、どこまでも着いて行くよ!」


「早く終わらせて、お近くの旅館に泊まって遊びましょ…ああ、このラヴホはお安いですね…あははっ」


 全然関係ないけど…あたし達は全体的に、胸が大きくてスカートが短いので、えっちぃ「巨乳ミニスカ中隊」だと思われているらしい。まあ、し、あたし的にだと思うし、特に蓬艾ちゃんは男女を(色んな意味で)捕食しまくっているから、どう見られようと別に構わない…んだけど、このあたしの事を「」呼ばわりした顕先生は、シバきます。あと、事あるごとに隊長を誘惑する蓬艾ちゃんは変態だけど、あんな小悪魔にパッションする隊長も編隊変態長だと思う。それはともかく、あたしなんて蓬艾ちゃんの爆乳には遠く及ばないけれど、まだまだ育つ余地はあると思うから、心も体も成長させて、いつか大人のあたしを…隊長さんに魅せてあげたいな。結局「見て欲しい」なんて願望しているあたしは、やっぱりストイック変態なのかも…?


 石灰岩台地を抜け、宇部の海成段丘が見え始めた頃。前方には再び、敵軍のが仕掛けられている。面倒だけど、慣れてしまえば簡単な罠に過ぎない。あたしは隊長と共に、機関砲の照準を構えた。隊長の手柄を横取りしたくはないけれど、あたしの敵は、あたしにシゴき倒されるためだけに存在しているも同然。だから…!


「美保関天満、心のほむらに殉じます!」


 あたしと隊長が、ほぼ同時に風船爆弾を撃ち墜とす。炸裂の閃光、その先に広がっている世界は、それをた者にしか分からない…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る