第100話 墓碑銘
「お墓をさ」と小宮山さんが言う。「作るのが夢でさ」
私たちは大学近くの公園にいる。ベンチに並んでお弁当を食べている。今日の小宮山さんは私と同じ20歳で、おしゃれなTシャツとデニムを、軽い感じに着こなしていた。
「お墓?」少し考えて、「ピラミッドみたいなこと?」と私は聞いた。また小宮山さんがバカみたいなこと言ってるなー、と思いながら。
「そんなわけないじゃん。小さなお墓だよ。私専用の」
「実家のお墓に入りたくないってこと? ていうか、お弁当食べながらする話?」
「お弁当ってお墓みたいなものだからね。たくさんの生き物の」
「気持ち悪い言い方しないでよ」
「実家のお墓がイヤってわけじゃないんだけどね」小宮山さんは伊右衛門茶をひと口飲んだ。「実家のだと、私個人の墓碑銘が刻めないわけよ」
墓碑銘。
「なんたらかんたら、ここに眠る、みたいなやつ?」
「それそれ」小宮山さんは卵焼きを頬張る。「詩のように長いものもあるけど、私は短いのが好みだな。ワンセンテンスの。ああいうのを自分のお墓に刻みたいわけ。その文言をずっと考えてるの。最近の私は」
「……なんで?」
少し不安になってしまった。
小宮山さんがどこかにふらっと消えてしまうような気がして。
「だって、かっこいいでしょ」小宮山さんはお箸を指揮棒のように少し動かす。ワルツだ。「自分の死後のことすらデザインしてる感じがしてさ」
「そもそも墓碑銘って自分で考えるもの? 死んだあとに家族とか友達が付けるんじゃない?」
「自分で考えるパターンもあるよ。他人任せにするとさ、『何にでもゴマをかけて食べる女、ここに眠る』とかになりそうじゃん? 私の場合」
「なるかな」
「なるよ。何にだってゴマかけるんだから」
そんなシーン見たことないが……。と思いつつ、私は昆布巻きを口に放り込んだ。
「そうだ!」小宮山さんが目を見開く。「しおりちゃんが考えてよ。私の墓碑銘」
「えー? いいけど。何が良いかな。あ、」
「まって」
「なんだよ」
「お互い、相手の墓碑銘を5個ずつ考えようか。それを発表し合う昼休みにしよう」
「ゆっくりお弁当を食べたいのだが」
「じゃあ発表ね」小宮山さんはスマホのメモを見ながら言う。「まず私から……いやいや。なんだこれ。いざ言うとなると。恥ずかしいな。えーとね。おっほほ。これはむりだ。照れちゃう」
「何の思い入れもない私から言いましょうか?」
「何の思い入れもないってのはやめて! 私ばっかり思い入れたっぷりで恥ずかしいじゃない! コーヒーだって砂糖とミルクたっぷりで恥ずかしいのに!」
「それは知らんけど」
「勇気を出して、言うね」小宮山さんが呼吸を整える。「私が考えたしおりちゃんの墓碑銘。1個目。あ、でも、お婆さんになってからのしおりちゃんはどんな人かわからないから、今日死んだ場合ね?」
「やな前置きだなあ」
「言うよ。頑固者、ここに眠る」
頑固者、ここに眠る
「……えっ、それだけ?」
「短いほうが格好いいでしょ」
「短い悪口じゃん」
「2個目」
「そんな淡々と進行するの」
「変顔の下手くそな女、ここに眠る」
変顔の下手くそな女、ここに眠る
「あー!」と私は声を上げる。
「びっくりした。何?」
「それ私の3個目と似てる! 変顔の天才、ここに眠る」
変顔の天才、ここに眠る
「おいおい……いきなり3個目をバラすなよ。ラストまでの流れとか考えてる?」
「いや1個目の伏線を5個目で回収、とかないから。こういうのに」
「1個ずつ交替で発表しようか。しおりちゃん、もう1個言っていいよ」
「えーと。洋服を愛し、洋服に愛された女、ここに眠る」
洋服を愛し、洋服に愛された女、ここに眠る
「私の和服姿見たことなかったっけ? 和服も似合うんだよ?」
「そういう話じゃないよ。どれも、ちゃんと褒めてるでしょ? 小宮山さんも良いこと言ってよ。お墓だよ?」
「私のは尻上がりに良くなる構成なんだよ。3個目言うね? ちょいダサ、しかしそんなところが愛おしい女、ここに眠る」
ちょいダサ、しかしそんなところが愛おしい女、ここに眠る
「……ちょいダサ。はっきり言われると、傷つくかもしれないね」
「愛おしい女、の部分を味わってくれよ」
「愛おしい女……愛おしいって言われてもな」
とか言いつつ、私の頬は緩みそうになる。
「次、しおりちゃんだよ」
「次は……生涯スタイルの崩れることのなかった女、ここに眠る」
生涯スタイルの崩れることのなかった女、ここに眠る
「しおりちゃんってさ、私の身体に興味持ちすぎじゃない?」
「う」私は顔が赤くなりかける。
「そもそも、この多様性の時代に理想的な唯一のスタイルなんてないし」
「……私の言うスタイルとは健康的な体型という意味であって急に太ったりすると膝が悪くなったり内臓の数値が悪化するというようなことも耳にしますのでそういったことを心配してのこと変な意味ではありません小宮山さんの体をじろじろ見たりもしていませんただ今の体型を維持し健康でいてほしいと願うばかりであります」
「息継ぎしてよ。声小さいし」
私は大きく深呼吸した。
「次、小宮山さんですよ」
「4個目ね。えーと。焼売にソースをかける女、ここに眠る」
焼売にソースをかける女、ここに眠る
「たまにだよ! お墓にそんなの刻まれたら常にやってたみたいになるでしょ! ソースかけたってべつに良いし! おいしいし!」
「声でかあ。次、しおりちゃんの番」
私は呼吸を整えてから、スマホのメモ欄を見る。
「えーと。変顔の天才……は、さっき言ったから。4個目。うーん。言いたくないなあ。まあいいか。あの。美しい女、ここに眠る」
美しい女、ここに眠る
「ぜんぶ私の見た目のことばっかりじゃん。好きなの?」
「はあ? はああ?? 5個目は留年女、ここに眠る、です!」
留年女、ここに眠る
「えっ、もう全部言っちゃった?」小宮山さんが私を咎めるような顔になる。「なんて情緒のない終わり方」
「さっさと終わろうよ、こんなの」
「じゃ、私のラストね。しおりちゃん、おやすみ。これです」
しおりちゃん、おやすみ
「これ墓碑銘なの? LINEじゃん」
「長いあいだ仲良くしてくれてありがとう、お疲れさま、っていう万感の意味を込めた、感動の墓碑銘だよ。もう会えないんだから」
小宮山さんが、妙に澄んだ目で私を見た。
また少し不安になってくる。
「小宮山さんより先に死んだら、そんなこと書かれるの? だったら私、小宮山さんより長生きしようっと」私はつとめて明るく言った。
「まあ、私が先に死ぬパターンのほうが平和だね」小宮山さんが微笑む。「私のお墓には、美しい女、ここに眠る、と刻まれるわけだ。悪くない」
「留年女ここに眠る、のほうですよ」
「留年で思い出した!」小宮山さんが急に立ち上がった。「午後の授業あるんだ!」
留年女は伊右衛門茶を一気飲みし、慌てて弁当箱を片付け始めた。
今日はもう授業のない私は、それをただ見ている。
準備が整うと、「じゃあね。美しく去るよ」と言い残し、わざとらしいモデル歩きで小宮山さんは去って行った。
ふざけた女だよ。
まだ隣に座っているみたいに存在感がある。
私は自分のスマホをもう一度見た。本当は5個目にはこう書いてあった。
千変万化の私の友達、ここに眠る
まあ、これはね。
野暮だから、言わないで良かったけれども。
遠くなりつつある小宮山さんの後ろ姿を5秒ほど眺めてから、私はお弁当の残りを食べた。ウインナーの味が濃い。
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