第97話 午後はまるまる
チャイムが鳴って、今日1つ目の授業である2限の英書購読が終わった。私は3号館を出て4号館に向かう。
1、2、3、4と数字が続いたので、次は「5」にまつわる出来事が起こってほしい、となんとなく思う。小宮山さんとの待ち合わせで4号館に行くので、「こみやま」の「こ」を無理やり「5」ということにしようかな? などとつまらないことを考えているうちに到着。当たり前だがこちらも授業が終わったばかりで、大教室に人はまばらだ。
最前列の中央の席に小宮山さんがいた。今日はずいぶん若い。半端袖のパーカーを雑に着こなし、ポケットに両手をつっこみ、ガムを噛んでいるようだ。どことなく少年っぽい色気、みたいなものを感じる。
「おまたせ」と声をかけると、視線だけを私のほうに動かし、「おう」と答える小宮山さん。
おう。
だと?
面倒なタイプの小宮山さんかもしれない。私は警戒を強める。
「小宮山さん、今日は何歳?」と聞くと、「うっせーな。15だよ」ときたもんだ。
でも素直に答えてくれるあたりは可愛い。根は素直だ。この子はまだ更生できる。
小宮山さんはいかにもだるそうに立ち上がった。そして私を斜めに見ながら言う。
「おまえさあ」
「おまえ!?」
そういうのもアリかも!
じゃなくて。
「おまえ、はやめてよ」
「おまえさ、もし暇だったら、今からオレと昼めし食いに行かない?」
オレ。
昼めし。
明らかにレアタイプの小宮山だ。
ていうかそもそも、お昼を食べる約束で待ち合わせしていたのだが……。
疲れる1日になりそうだ。
小宮山さんの希望でお好み焼き屋に行くことになった。私はあまりお好み焼きを食べたい感じではなかったのだが。まだ授業あるし。青のりの処理が大変だし。
移動中、小宮山さんはAirPodsを装着してずっと音楽を聴いている。体を波打つように動かしている。
悲しいほどにサマになっていなかった。
小さな鼻歌も聞こえてくる。
「はーれた空に、たねーをまこー」
パプリカかい。
ヒップホップとかじゃないんかい。
お昼時なのに空いている微妙っぽいお好み焼き屋さんで、チーズ豚玉をひとくち頬張った小宮山さんの目の端に涙がにじんだ。
「泣くほどおいしいの?」
「いや……あったかいメシが久しぶりでさ」
いやいや。
どういう設定だ?
少年院帰りか?
少年院でもあったかいごはんぐらい出るし。
ていうか昨日も一緒にラーメン食べたし。
怪訝そうな私をよそに、小宮山さんは前髪をかきあげ、クールに笑った。
「おまえ、優しいんだな。オレみたいな札付きのワルに、あったかいメシ食わせてくれて……」
札付きのワル。
昭和の不良か?
「こんな着の身着のまま夜の街をうろついて、帰る家も、1円の財産すらないオレなんかに」
「なんか私が奢る流れになってないか……?」
「すっげえ嬉しかったよ。人って、こんなに優しい気持ちになれんだな。礼なんてなんもできねーけどよ、今日は1日、おまえの予定に付き合ってやるよ」
なんだこいつ。
会話にならない。
私は乙女ゲームのキャラと対面しているのか?
私の予定に付き合うと言ったくせに、小宮山さんは自分の行きたい場所に私を連れ回した。
アクセサリー見たり、かき氷食べたり、デパートの催し物を見たいと言い出したり、かき氷食べたり……。
お好み焼きを奢るのは回避した私だが、かき氷は2回とも奢らされた。
私が2人分のかき氷をまとめて注文しているあいだ、小宮山さんはポケットに両手を突っ込み、少し離れた場所であさっての方向をむいて、所在なさげにしていた。
いやいや。カップルのしょうもない男のほうがよくやるけど、それ。
カップルのしょうもない男がよくやる仕草、の物真似か?
だとしたら似ている。
着眼点も良い。
ほめちゃった。
「汗かいたな」と小宮山さん。「銭湯行こうぜ」
「えー、もう疲れたよ。大学に荷物置いたままだし」
「おまえはさ、黙ってオレに付いてくれば良いんだよ」
私、乙女ゲームでも俺様キャラはあんまりなんだよね……と言おうとしたけど、小宮山さんが私の手を引いて銭湯に連れて行こうとしたものだから、
こういうのもありかも!
と思ってしまいました。
ゆっくりお風呂に浸かっているうちに、乙女ゲームだか昭和の不良少年だかよくわからない小宮山さんのキャラクターは薄れてしまい、ロビーでフルーツ牛乳を堪能する頃には、すっかり実年齢に戻ってしまった。
どういう仕組みなんだ。
今更すぎるが。
いまは26歳の小宮山さんが、ジーンズと半端袖のパーカーという15歳時と同じファッションを、まるで違った味わいで着こなしている。
どういう仕組みなんだ。
この人は肌の上に何を乗っけても似合うのか。
「はあー、気持ちよかった。ごめんね、しおりちゃん。振り回しちゃって。ストレスたまってたから」
にっこり笑う小宮山さん。お風呂あがりで上気した頬。ほんのりいい匂いも漂ってくる。
「ま、まあ? 午後の経済学をサボることができましたし? ここ奢ってくれるなら許しますけど?」などと目を逸らしながらぼそぼそ言う、ちょろい私。
小宮山さんはバイトがあるし、私も大学に戻らないといけないので、そのまま現地解散になった。
バイバーイ! と元気に手を振って去る小宮山さん。
時計を見ると5時。
1、2、3、4と続いていた数字のことを思い出す。
でも「5」は強引のご、傲慢のご、ゴリ押しのご、極悪のご、辺りだな。
このあと6限の授業です。
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