第86話 言う順番逆じゃない?

 小さな美術館に来ている。バイト先の人から割引券をもらったのだ。2枚あるので小宮山さんを誘ってみたら、「行く行く!」と二つ返事だった。

 で、今日。待ち合わせ場所に現れた小宮山さんは12歳。

 もうちょっと大人のほうが良かったかも……とは思ったけど、陽気で人懐っこいタイプの小宮山さんだったから、なんだか姪っ子を溺愛する人のような気分になる。

 美術館に入ると、「どんな絵かなあ!」と元気っぱいに言いながら、小宮山さんは順路と逆に進もうとした。通路が分かれるたびに逆方向に向かおうとするので、「こっちだよ」と何度も教えてあげる羽目に。

 方向音痴?

 ドジっ子か?

 絵は私の好みだった。パステルで哀しげな少女ばかりを描く作家のようで、ほとんどが小さいサイズ。点数もかなり多い。これなら1人て来たほうがゆっくり見られたかも……と少し思う。最後にポストカードを買った。


 会場を出て、小宮山さんが予約していたレストランに向かうことに。予約した日の小宮山さんは30歳だったのだが。

「なんかさ、困ってることがあって」

 道すがら、小宮山さんがそんなことを言う。

「なになに? 悩み相談?」

「うーん。中学でさ。その……いじめられてるってわけじゃないんだけど」

「え? 深刻な話?」

「ちょっとそうかも。いじめというより、いじりに近いんだけど。でも、いじりともまた違って……。強いグループに入れてもらってるんだけど、その中で、可愛がられキャラ? みたいなのにされてさ。それが凄いストレスで」

「あー、なんかわかるかも。小宮山さんってそういう……」

「友だちの話なんだけどね」

「うん?」

「いや、だから。私じゃなくて、友だちが困ってるって話」

「小宮山さんじゃなくて?」

「そう言ったじゃん」

「先に言ってよ! 冒頭が『友だちの話なんだけど』であるべきでしょ。言う順番逆だよ。こんなの夢オチと一緒じゃん。『〜ていう夢を見たんだけど』、じゃないんだよ!」

「え……怖い」12歳の小宮山さんが露骨に怯えた。「ごめんなさい。言う順番を間違えました」

「あっ、こっちこそ……ごめん。言い方が強すぎたよね」

 相手は12歳なのだった。と反省しかけたけど、本当は12歳じゃないし、そもそも中学なんて行ってるはずないのだ。

 あほらし。

 でもそんな野暮な指摘はしないよ。


「母の日のプレゼント、何にしようか迷ってて」

 レストランのテーブルにつくと、小宮山さんがそんなことを言う。

「あー。お花のほかに何かあげようとすると難しいよね。毎年同じってのも芸がないし。私はボディクリームをあげるよ、今年は」

「うちのお母さんは日本酒が大好きなんだけど、未成年だから買うのも難しくて」

「お酒はもっと大人になってからプレゼントしたら? アロマとかは?」

「あ、じつはアロマにしようと思って、昨日買ったところなんだ」

「え? もう解決済み?」

「はい。遅すぎたベストアンサーでしたね」

「でしたね、じゃないよ。先に言いなよ。何を買ったら良いか相談されてるのかと思うじゃん。今年も迷ったわ〜、っていう苦労話だったの? 先に言わないと! 話のジャンル変わるでしょ!」

「怖い……っ」

「くっ……!」

 要所要所で幼いふりしやがって!


 店員さんが注文を取りに来た。

「デザートは4種類からお選びいただけます」

「私ワッフル」と小宮山さん。

「じゃあ私はチーズテリーヌにしよ」

「メインはお肉とお魚がございます」

「しおりさんはどっちにするの?」

「お肉」

「じゃあ私はお魚」

「パンとライスはどちらになさいますか?」

 これは2人ともパン。

「スープは、季節限定の春豆のスープがおすすめです」

 2人とも春豆のスープ。

「サラダはどちらになさいますか?」

 いやいや。

 気づくの遅かったけど。

 この店員さん、言う順番逆じゃない?

 普通サラダから聞かない?

 お前もか?

 お前もなのか?

 私は『世にも奇妙な物語』の世界にでも迷い込んでしまったのか?


「最近、すっごい勉強がんばってるんだ」

 ワッフルに乗ったアイスクリームをフォークで崩しながら小宮山さんが言う。

「へー。良いことじゃん」

「そしたらね、努力の甲斐あって、成績がぐんぐん伸びて」

「いいね」

「なんだか自分に自信が持てるようになって。勉強だけじゃなくて、恋も部活も、趣味も人間関係も、とにかく何もかも、信じられないぐらい完璧な結果が出るようになったの。それだけじゃないんだよ。なんと、あの憧れの進研ゼミにも入会することができたんだ!」

 言う順番!

 というか因果がまるごと!

 おかしいぞ!

 最初が進研ゼミじゃないか?

 進研ゼミに入ったら何もかもうまくいった、の間違いじゃないか?

 そもそも進研ゼミにそんな力があるのか?

 あるのかもしれないが!

 私も赤ペン先生に毎回長文のメッセージを書いていたが!

 何もかもうまくいくことはなかったが!

 ていうか、この言い間違いはさすがにわざとじゃないか?

 頭の中がぐるぐるになる私。

 結局何も言えない。

 小宮山さんは口いっぱいにワッフルを頬張ると、一瞬にこっと笑ってみせた。

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