第85話 顔で語るよ

「私はあつあつチーズグラタンにしようかな。無難に。リオは? 決めた?」

「グラタンって無難か?」

「ファミレスって口ん中火傷するために来てるみたいなとこあるじゃん?」

「ねーよ。私はオリジナルハンバーグ。初めて来る店ではハンバーグが相場ってもんだろ。見なよ、創業者の1人の得意料理だった、って書いてある」

「うざくない? そんなのメニューに書く?」

「創業者の1人、って言い方が格好良いよな。アメリカ人みたいで」

「アメリカ人みたいかな……?」

「あと、途中で袂を分かつ感じとかさ」

「袂を分かったの?」

「創業者が何人かいたら、途中で袂を分かつのが相場だよ。何人いたのか知らないけど」

「8人とみたね」

「多くね? だいたい2、3人ってのが相場だと思うけど」

「さっきから相場相場って……創業者の人数に相場なんてある?」

「何にでも相場はあるよ。この世にギャンブルで語れないことなどないからね」

「相場ってギャンブルなの」

「相場は純然たるギャンブル用語だよ」

 小宮山さんとリオさんが楽しくお喋りしている。私の目の前で。雛人形みたいに並んで座って。

 先月できたばかりのファミレスの一角。

 私は口を開かない。メニューも開かない。

 きのう親知らずを抜いたばかりなのだ。歯が痛いのだ。顔も腫れているのだ。ファミレスなど来たくなかったのだ。

 学校も休むつもりだったけど、荷物だけ取りに行った部室で小宮山さんに捕まってしまった。

「今からリオとごはんの約束あるから、しおりちゃんも一緒に行こう。歯が痛いなら、私とリオが食べてるとこ見ててよ。うらやましそうに」

 悪い貴族みたいな理由だった。

 ごはんを目の前で食べられるのもストレスだけど、会話に的確なツッコミを入れられないのはもっとストレスだ。口が痛くてうまく喋れないので、私は黙っているしかない。

「好きなものを最初に食べるか最後まで取っておくかで性格診断できるってやつあるじゃん? リオはどっち?」と小宮山さん。

「それ性格診断だっけ? 好きなもの最初に食べる人はどんな性格?」

「知らないよ。最初に食べるぐらいだから、後先考えないファイタータイプだね。ゾンビ映画だと序盤の終わりごろ死ぬか、中盤の見せ場で死ぬかって感じじゃない?」

 どっちも死ぬじゃん。と私は言いたかった。しかし会話は流れていく。

「じゃあ、好きなものを最後に食べる人は?」とリオさん。

「知らないよ。考えすぎて何もかも失敗する間抜けな人じゃない?」

 最後に食べる派に冷淡だな!

 あと、こっちもゾンビ映画で喩えてバランス取ってくれ!

 ていうか性格診断と言ったのは小宮山さんなのに、両方とも「知らないよ」じゃないよ!

 私のツッコミは、心の中のディスプレイを高速にスクロールしていくだけ。

 いっそ文字で会話に参入しようか。そう思ってiPadとアップルペンシルを取り出しかけた私だが、タイムラグが気になるので断念した。

 私のツッコミはタイミング命なのだ。

「好きなものは最初に食べるべきだよ」と小宮山さんは得意げに言う。

「じゃあゾンビ映画で死ぬんだな」

「私は最後まで生き残るよ。主人公だからね。私の人生の」

 めちゃくちゃだ。

「ていうかさあ」リオさんが眉をひそめた。「なんで好きなものを最初か最後にしか食べないんだ? 私、どっちでもないな」

「途中で食べるってこと?」

「いや。均等に食うだろ。普通」

「均等とは」

「たとえば……よくあるショートケーキの苺をいつ食べるかってテーマだと、私はまずケーキをひと切れ食べる。そのあと苺を切って半分だけ食べる。そしてケーキを何切れかいったあと苺の残りを食べて、最後にケーキで終わる。そもそも苺好きじゃないけど」

「苺を半分に切るって何? うまく切れる?」

 つっこむとこ、そこじゃないなあ〜〜。

「苺はナイフで切るよ」

「ショートケーキでナイフ使うんだ。意外。苺なんて手で食べそうなタイプなのに」

「まあ、たとえばの話だよ。苺は」リオさんが少し照れている。そこもうちょっといじって欲しいなー、小宮山さん。「ハンバーグの付け合わせのニンジンとかも同じ。最初でも最後でもない。均等に食べていく」

「リオの食べ方が丁寧だ……イメージを損なう発言はやめて。なんでも手掴みで食べる可愛いリオはどこ行ったの」

 そんなリオさんはどこにも存在したことないだろ。小宮山さんのリオさんに対するイメージどんなだったんだ。

 ていうかこの人たち、ずっと何の話してんだ……。

 とか思っていると、いつのまにか2人がじっと私を見ている。

「しおりちゃんが『この人たち、ずっと何の話してんだ』の顔してる」

「してるな」

 伝わるもんだな。

 そこに注文が届いた。

 小宮山さんのあつあつチーズグラタン、石窯パン、紅茶。リオさんのオリジナルハンバーグ、かぶのマリネ、かぼちゃのスープ。

 私の野菜ゼリー。

 みんな黙々と食べる。

「野菜ゼリーおいし~い、の顔してる。しおりちゃんが」と小宮山さんが言った。

「ほとんど丸飲みにしちゃったよ~、歯が痛くなければもっと味わって食べたのに~、の顔でもあるな」とリオさんが補足する。

 伝わるもんだな。

 気持ちって、顔のほうが伝わるのか?

「こいつみたいなさ」リオさんが急に意地悪な目つきで私を見ながら、小宮山さんに言う。「歯が痛くてろくに食べられないのに、のこのこファミレスについてきて、なんとか食べられそうなものを必死に探して、けなげにそれだけ食ってるようなやつ、ゾンビ映画だったらいつ死ぬの?」

 酷い言われようだ。

 死ぬの前提だし。

 うーん、と少し考えてから小宮山さんは言った。

「安全地帯みたいなクローゼットを序盤に見つけて、誰にも教えず1人でそこに隠れて、意外と長時間生き延びる、こずるい性格だね。ある程度の社交性はあるけど、心を開くことは稀なタイプ。細かいことによく気づき、根気強いので、事務作業員などに向いています」

 私のだけちゃんと性格診断するなよ。の顔!

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