第68話 人生
部室でだらっとしていると、小宮山さんが大きなファイルケースから折りたたんだ画用紙みたいなものを取り出した。
おもむろにテーブルに広げている。
「何ですかそれ」だらっとしたまま私は聞いた。
「双六作ってきたんです」と敬語の小宮山さん。
今日の小宮山さんは15歳。子供だ。でも子供とはいっても、15歳の女の子が家ででっかい双六作るかね? もっと大人っぽい、小洒落たことに興味が出てくるお年頃じゃない?
と思ったけど、それはまあ私の固定観念ですね。いろいろな15歳がいる。「15歳の女の子とは普通こういうもの」みたいな決めつけを、女の私がやってるうちは女性蔑視はなくならないよ。
いや。
話が大きくなりすぎた。双六ぐらいのことで。
テーブルにはすっかり大きな紙が広がりきっていた。色とりどりのマッキーでびっしり何かが書かれている。小宮山さんは紙で作った小さなアイテムと記録用紙みたいなものを配り始めている。
「ただゴールを目指すだけじゃないの?」
「はい。人生ゲームを複雑にしたような内容です」
面倒くさそうだな。
時間かかりそうだし。
「あー、しまった」小宮山さんが頭に両手を当てる。「サイコロ持ってくるの忘れちゃった」
「藤田くんが持ってたよ、たぶん」
私は立ち上がり、PCデスクを漁る。
「勝手に触って良いんですか?」
「ここは部室だよ。藤田くんの聖域などない」私は真ん中の引き出しに変な形のサイコロを発見する。「12面あるやつと、20面のサイコロしかない。普通のはない」
「12面にしましょう。20だとすぐ終わっちゃう」
黙って20面体のサイコロを選んどけば良かったな、と私は思った。
「じゃあ、しおりさんからサイコロ振ってください」
今日は「しおりさん」と呼んでくれるんだ~。新鮮。と感動しながら私は12面体のサイコロを振る。8。進んだ先には、
『難関私大に合格。知力プラス4、持ち金マイナス2000万』と書いてある。
「持ち金2000万もないんですけど。スタートしたところじゃん」
「銀行から借金ですね」小宮山さんが赤い紙に『借金』と書かれた手作りのお札を取り出す。「あと、チェックシートの知力をプラス4してください」
チェックシートには私のパラメータが記載されている。知力、体力、運、敏捷性。敏捷性? まあいいか。私は知力を5から9に書き換える。
「この数字、なんか意味あるの?」
「人生のさまざまな局面で役に立ちます」
次に小宮山さんがサイコロを振った。5。
『YouTuberデビュー! 体力マイナス3、持ち金プラス3億円』
「いやいや。YouTuberに夢見すぎじゃない?」私は抗議した。「ゲームバランスもめちゃくちゃだし」
「最近は子供でもYouTubeで大金稼いでますよ。それに人生って、そもそもゲームバランス最悪なものじゃないですか?」
もっともらしいこと言うじゃないか。
私は気を取り直してサイコロを振る。2。
『大麻を栽培し逮捕される。運マイナス3、持ち金プラス4000万』
「運は減るけど、借金が返せたよ? 大麻で儲けたってこと?」
「そうです。大学の4年間、ほぼそれしかやってなかった人ですね」
「ネットで永久に顔さらされる奴じゃん」
小宮山さんの番。6。
『アイドルデビュー! サイコロを2回振って出た目の合計が、運と体力の合計値(アイドル力)を下回れば人気が出ます。持ち金プラス3億円。アイドル力を上回ると、人気が出ず、全てのパラメータをマイナス4』
「サイコロ2回というのは、6面体のサイコロを想定したルールなので、今回は1回だけ振りますね」言いながら小宮山さんが12面体のサイコロを転がす。9。小宮山さんの運と体力の合計である10を下回った。「やったあ! 人気出た!」
「パラメータが高いほど有利ってわけね。だんだんわかってきたよ。てか小宮山さん、もう6億持ってるじゃん」
「お金持ちになっちゃいました。大学は行けなかったけど」
「大学行って逮捕される人もいるんだよ」
私は悲しい気持ちでサイコロを振る。4。
『有名スポーツ選手と結婚! でも2週間でスピード離婚。知力、体力、運、それぞれマイナス2。敏捷性プラス3』
「2週間で離婚って何があったの。慰謝料もらえるやつじゃない?」
「もらえません。単なる性格の不一致なので」
「敏捷性が上がるのはなぜ?」
「お相手が有名スポーツ選手だったので、マスコミに追いかけられるんです」
「大麻栽培してた女子大生がスポーツ選手と結婚して2週間で離婚したら、そりゃ世間騒がすわなあ」
小宮山さんが「6出ろ~」と祈りながら振ったサイコロは、本当に6。
『GAFA統一。持ち金プラス2京』
「京ってなんだよ! 億の上の兆の上の、京?」
「そう。兆の上、垓の下の京です」
「GAFA統一、も意味わかんないし」
「始皇帝の中国統一みたいなことです。私が武力によってGAFAを支配下に置きました」
「武力なんだ。いつのまにそんな力を……」
「お金を持つってそういうことなので。以後、私は別ルートを進みます」
小宮山さんの止まったマスから、道は二手に分かれている。
富裕層ルート、と書かれたほうに進むみたいだ。
くそ~、私も! と念じながら転がしたサイコロは4。
『隕石の落下。サイコロを2個振った合計が敏捷性を下回れば回避できます。上回った場合、死』
「死んじゃうの……?」
「大丈夫! しおりさんはスポーツ選手と離婚したときに敏捷性が上がっています。今は8ですよね。12面体のサイコロだから、成功率は……6割ちょっと?」
「微妙じゃん」
まあ、死んでさっさと終わらすか。と思ったのにサイコロは1。生き延びてしまった。しかも1を出したのでクリティカルボーナスということで、運と敏捷性が50倍になってしまった。
50倍?
しかし、その後の私の人生は悲惨だった。
アラフォーで起業して失敗。多額の借金を背負う。さらにSNSが悪いバズり方をしてメンタルを病む。変な宗教にはまり、教団内で出世し、悪事を働き、逮捕された。
対する小宮山さんは順風満帆。お金がお金を呼び、GAFAどころか地球を隅々まで支配下に置いてしまうほどの資金を蓄え、最終的には宇宙へと旅立とうとしている。
こんなに差がつくなんて……。
私の人生なんなの……2回も逮捕されて。
もう晩年だ。
小宮山さんとは住む世界が違う。今も私の友達でいてくれるのかな……。
大富豪の小宮山さんがにこにこ顔で振ったサイコロは12。
『対戦相手の中から一人を選んで、一緒に宇宙へ移住』
「対戦相手の中から……って?」
「これ4人用なんです。今日は2人でやってるから、必然的にしおりさんですね。一緒に宇宙に住みましょう」
小宮山さんが私のコマを取り上げて、自分のコマの隣にくっつける。
そして離れた場所にある「火星」ゾーンに移動させた。
「どういうこと?」
「私たち、二人で火星に住むことになりました。ハッピーエンドです」
「まだゴールしてないけど。双六でしょ?」
「このマスに止まったら強制的に終わりなんです。火星に住むので」
「火星かあ。寒くないかな」
「暖炉のある家にしましょう」
「ご飯とかどうすんだろ」
「火星の地の物を食べます。四季折々の」
「地の物? 火星の? どんなの?」
「うーん。タコとか」
「それ火星人じゃない?」
「あと、りんごとか。梅干しとか」
「火星って赤くて丸い物がとれる地域なの?」
「まあまあ。楽しくやりましょうよ」
お婆さんになった私たちが二人だけで余生を過ごす。
火星で。
暖炉のある家で。
編み物とか、双六とか、くだらない話とかしながら。
うーん。
理想的かも。
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