第67話 小宮山さんの神隠し
もう2週間ほど小宮山さんに会っていない。
どこかを旅行中らしいのだ。詳しくは聞いてないけど。
もともと無軌道な暮らしぶりの人だし、ふらっといなくなる人だし、不在の理由を「旅行」と教えてもらったことじたい珍しいんだけど、最近はわりと定期的に会えていたので、久しぶりにダメージを負ってしまった。
なにしろ「亜空間に飲み込まれて、そこで数年過ごしたことがある」などと平気な顔で言って絶対に撤回しないような女だ。
もう二度と戻ってこないのでは?
なんて不吉な予感がよぎったりして。
それに、もうひとつ気になることがある。
「小宮山さん、誰と旅行してるのかなあ」
私は部室のローテーブルに突っ伏して、半ば独りごとのように言った。
「本人に聞けば良いのでは」
奥でパソコン作業している藤田くんが言う。
「小宮山さんとの連絡手段がない」
「帰ってきたら直接聞けば良いんじゃないの」
「怖いじゃん」
「何が?」
小宮山さんに私の知らない恋人がいて(いる確率5割以上と見た)、その人との、かなり湿度の高い旅行だったりしたら怖いでしょ……という言葉を、私はぎりぎりで飲み込む。
「私の苦手な人とか……と旅行してたらイヤだし」
「苦手な人って?」
「いや、私とはノリの合わないタイプの人。具体的なイメージはないよ」
「なるほど」
藤田くんの言い方に、なにか猛烈な「興味のなさ」みたいなものを感じて私はムカついた。いや興味持ってほしいわけじゃないんだけど。というか興味持たれたくはないんですけど。
「まあ小宮山さんって超社交的だから、99%の確率で私の知らない人と旅行してるよね。その人と私が会うこともないわけだから、別に誰が相手でも良いんだけどね」
言い訳のようにぶつぶつ私はつぶやいている。
「吉野さんは小宮山さんと旅行したことないの?」
「ないねえ!」意図せず、ものすごい大きな声が出てしまった。「今後も行くことはないだろうねえ!」
「なんで? 仲良さそうなのに」
「うーん。なんとなく。そういうのじゃない気がする」
言わせるなよ。泣きそうになるだろ。
「旅行行きたいの? 小宮山さんと」
「行きたいかと言われると……私にはちょいと刺激が強すぎるかもしれませんなあ」
「ふうん」
「でも行かないと不自然な気もするんだよなあ。べつに不自然ってことはないか? いや、でもなあ。休みの日に遊ぶことも多くて、サークルも同じで、一緒にいる時間も長くて、旅行もわりと好き、って間柄で、一度も行かないのって……なんかなあ」
「一緒に旅行しませんか、とストレートに誘ってみては?」
「なんだよその朝の占いコーナーみたいなコメントはよお」
「うーん。吉野さんは何を怖がってるんだろう?」
「おい。藤田くんとやら。私の内面に踏み込もうとするな。カウンセラー気取りか?」
「そんなんじゃないけど。なんか不思議で。吉野さんと小宮山さん、一緒にいるときすごくリラックスして見えるから」
「私たちのリラックスを覗き見する権利をいつお前に与えたってんだい。贅沢な権利だね。取り上げてやろうか」
「そんな、湯婆婆みたいな」
「的確なツッコミじゃないか。行きな! お前の勝ちだ! 早く行っちまいな!」
「いや僕、まだ作業あるので……」
「イヤだとか帰りたいとか言ったら、すぐ仔豚にしてやるからね!」
私は湯婆婆を維持したまま帰り支度をして部室を出る。
いつまで湯婆婆でいたら良いのだろう。
それから4日後。
小宮山さんとばったり再会する。場所は大学ではなく、2人でよく行く店とかでもなくて、私がゼミ課題のために立ち寄った小さな美術展だった。
ほんと、意外なとこに出没する人だ。
この人の存在じたいが私の妄想ってことはないよな?
「おー! おっす、吉野さん!」
片手をあげて、めちゃくちゃ軽い挨拶をした小宮山さんは、ギャラリーの受付をしていた。いや、受付だったらなおさら軽すぎるだろう。他のお客さんもいるのに。
今日の小宮山さんは20代前半。黒縁メガネに黒いジャケット、胸もとにシックなスカーフ。なんか、いっちょ前だ。
「何してるの? バイトですか?」というのが私の第一声。
「そうだよ。あと1時間。あ、そうそう、これ終わったら大学寄るつもりだったんだ。お土産買ってきたからさ」小宮山さんは自分の椅子の後ろから大きな紙袋を取り出した。「ここの控え室に置いてて、盗まれでもしたら大変だからね!」
「大声で言うなよ」
「吉野さんの分は……と」
小宮山さんが袋をごそごそしだしたので、私は慌てて止める。
「ここではイヤ!」
「なんで?」
「私このあと大学に戻るんです。レポートまとめる必要があるので。そこにお土産、わざわざ持ってきてください」
「なんで?」
「図書館で作業中の私をこっそり見つけて、後ろから『だ〜れだ』とやってください。私が『小宮山さんですね?』と言うので、そこで何かひとつ、気の利いた一言をお願いします」
「なんでそんな笑点の大喜利みたいなシステム採用してるの」
「お土産も、もっと大切な人に渡す感じで、少し照れながら渡すこと。わかった? わかったら返事をするんだ、千!」
「せ、ん……? 千? 千と千尋? 湯婆婆?」
「じゃあ私、もう行きます」
私はそそくさとその場をあとにする。急いで展示を見て回る。何も頭に入ってこない。レポートはひどいものになるだろう。
一人旅楽しかったですか?
ってカマかけてやろうと思ってたんだけど……怖くて無理だった。
心の中まで湯婆婆みたいに強くないのだ。私まだ若いし。
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