第60話 ギャンブラー 

 小宮山さんのバイト先に向かって歩いていると、見覚えのある後ろ姿が。

 細いデニムにスタジアムジャンパー、金色の長い髪。

 リオさんだ。

 私は急ぎ足で追いついて横に並び、「こんにちは」と挨拶する。リオさんは大きな紙袋を胸に抱えていて、一瞬私が見えなかったようだ。

「おー、久しぶりだね、小型犬」紙袋を持ち直しながらリオさんが言う。

「犬じゃないし小型じゃないし」

「犬じゃなくても小型は小型だろ」

「153センチですよ! 中型犬ですよ!」

「犬を認めちゃったね」

 リオさんが可哀想な目で言った。

「何なんですか、その荷物」と私は話題を変える。

「バイト前にパチンコ行ったら大勝ちしちゃった、の図」

「幾らぐらい儲けたの?」

「品のない犬だね」

「5万勝ったー、とか、8万負けたー、とかいつも景気の良いこと言ってるから……」

「それ計3万負けてるじゃん。嫌なたとえ出すなよ。まあいい、ちょっとそこに座りなさい」

 リオさんはベンチに紙袋を置いた。

「バイト行かなくていいんですか?」

「行くよ。ただ荷物が多いからさ。パチンコの景品いくつかあげるよ」

「えー、やった。何があるんだろ」

 リオさんは紙袋の中身をひとつずつ取り出した。

「えーと、セブンスターと、ポッキーいちご味と、味ごのみと、明治の板チョコと……」

 チェスでも始めるみたいにベンチにきれいに並べている。意外だ。さすが鮮魚コーナーの鬼と言われているだけある。

「あと、ぬいぐるみ」

 急に巨大なクマのぬいぐるみが出てきた。というか中身の9割をこのぬいぐるみが占めていた。

「なにこれ。プーさんみたいだけど、プーさんじゃないですね」

「ただの名もなきクマだろ」

「これ、リオさんが選んだんですよね?」

「そうだよ」

「こういうの、お好きなんですか?」

「なんでニヤニヤしてんだよ。こんだけでかくて綿つまってるクマなら、腹殴ってストレス解消できると思っただけだよ」

「めちゃくちゃ怖いな」

「冗談だよ。殴るんなら実物殴るよ」

「勝てるの? 熊に」

「極真空手やってたからね。このクマは、あんたのボスにあげようと思ったの」

「えっ、小宮山さんに?」

「そう」

「小宮山さんって私のボスなの?」

「それ喜ぶとこなのか……?」

「でも、小宮山さんに巨大なクマのぬいぐるみをあげる意味が分からないんですけど」

「こういうの好きそうだろ?」

「こういうの好きそうかな??」

「女ってこういうの喜ぶもんじゃねーの?」

「なんで野球部の男子中学生みたいな感覚しかないんですか、女性に対して。小宮山さんはこういうの喜びませんよ」

「いーや、喜ぶね。賭けようか? 1万」

「やだ! そんな大金賭けない! ていうか賭け事はしない」

「じゃあ金はやめよう。でも賭けはやろうよ。健康的なギャンブルってのも楽しいもんだよ。私が負けたら、そうね、今後ずっと敬語で喋るよ」

「いやべつに嬉しくないんですけど……。私が負けたらリオさんのパシリ10回やりますよ」

「10回も? 気前が良いね」

「そのかわり私が勝ったら、休憩中の小宮山さんを隠し撮りして私に送信してください」

「普通に引くんだけど」

「違う! 着替えとかそんな、いやらしい写真じゃなくて!」

「誰もそんなこと言ってないんだけど」

「リラックスした表情の小宮山さんを、第三者が客観的に撮ったものがほしいんです。1枚でいいから。お菓子食べてるところとかでいいんです。震えながら課金してるところとか」

「まあ、そっちの条件は何でもいいよ。どうせ私が勝つし」

「リオさんは負けますよ」

 スーパーでバイトするときの小宮山さんは、常に20代前半の姿をキープしていて、他の年齢に変化することがない。

 で、20代前半の小宮山さんはクールで大人っぽいパターンが多いのだ。大きなぬいぐるみなんて困惑するだけだろう。

 勝ったな。

 ほくそ笑みながら、私はリオさんと並んでスーパーに向かう。

「私もバックヤード入っていいんですか?」

「いいよいいよ、一瞬だし。コミはもう上がるとこだしね。待ち合わせしてるんだよな?」

「このあと一緒に焼き肉行くんです。焼き肉行く人が、あんなでっかいぬいぐるみを持って帰るとは思えませんね」

「置いて帰ってもいいんだよ。喜べば私の勝ち」

「明らかに喜んでるふり、だったら私の勝ちですよ」

 ごちゃごちゃ言い合いながら私たちはバックヤードの前に立つ。リオさんがドアを開ける。

「あれー、しおりちゃん」

 丸椅子に座って漫画を読みながらルマンドを食べていた小宮山さんが顔を上げた。

 どうでもいいけど食べ終えたルマンドの包装がテーブルに散乱していて汚い。

 でも、それより私は小宮山さんが頭にカチューシャを付けているのが気になった。ブラウスの襟も大きくてフリルがついている。「20代前半」の小宮山さんなら絶対しないファッションだ。

 嫌な予感がする。

「わあ~、今日のしおりちゃん、なんかふあふあだね~」

「ふわふわ?」

「ふあっふあだよぉ~」

 何がだ。何だそれは。何があったんだ。

 やめてくれ。

 こんなときにレア個体かよ。

 もうだめだ。

 私は敗北を悟った。

 リオさんが小宮山さんに巨大熊をプレゼントした。

「わあ~、ふあふあだあ~。ふあふあのクマちゃんだあ〜」

 言葉それしか知らんのか。

 リオさんは小宮山さんの背後にまわる。肩を揉んであげながら、「いやー、コミはやってくれると思ったよ。最高の選手だ。有馬記念もこの調子で頼むね」などと言っている。勝ち誇ったような視線を私に投げつけながら。

 私はがっくりと膝をつく。

 仕方がないので、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる小宮山さんを、買い換えたばかりのiPhoneで撮影しました。

 もはや私の勝ちだよ。ふあっふあだよ。



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