第59話 タロットカード

 久しぶりにジブリさんのお店に来ている。

 ジブリさんは今日もおしゃれ。短めのグレイヘアにベレー帽、白いハイネックに黒のオーバーオールとスニーカー。私はこんなステキなお婆ちゃんになりたい。

 対する(?)小宮山さん、今日は34歳。珍しくエスニックな装いだ。バンダナ巻いてるし、ピアスも古代王国の女王みたいなやつだし、カラフルな細いブレスレットが両手にどっさりだし、メイクも派手だし、長い巻きスカートには複雑な幾何学模様が編み込まれている。

 嫌な予感だ。

「あー、お腹減った」小宮山さんがお腹をぽんぽんしながらのんきに言う。「昨日から、3食連続2色パンだったからさ」

「ややこしい言い方ですね」

「ちょっと家でやることあってね。食事が手抜きになってたんだ」

 それには私は返事をしなかった。何か面倒なことを言い出しそうだったから。テスト期間が迫っているし、今は変なことに巻き込まれたくない。

「ねえ、しおりちゃん」

 きた。

「タロット占いしてあげる」

 嬉しそうに言いながら、すでに小宮山さんはオーガニックなかごバッグをごそごそやりだしている。

「タロットできるんですか?」

「こないだ占い師のアシスタントやるかもって言ってたでしょ?」

「ああ。臨時のバイトで?」

「そうそう。そのときちょっと教えてもらった。なんかすごい才能あるみたいよ、私」

「その占い師って男ですか?」

「うん。40代くらいの」

 だとしたら小宮山さんに占い師の才能なんてないな、と私は断定する。軽い気持ちで小宮山さんに手を出そうとしているだけだ。

「連絡先とか聞かれませんでした?」

「え? 聞かれたけど。だってバイトだし」

「2人でご飯食べようとかは?」

「言われた」

「行っちゃだめですよ」

「なんで? ミシュランひとつ星に誘われてるのに」

「ミシュランひとつ星なんて絶対だめ! 下心しかないやつの行くとこじゃん」

「それは極端すぎでは……」

「絶対そうでしょ。どうせ占いもインチキだよ」

「まあたしかに、あの先生のは占いはちょっと何言ってるかわかんないな、って横から見てて思ったよ。でも私のは違う。なにせ才能がある」

 小宮山さんがテーブルに置いたのは、厚紙をハサミで買ったような不恰好な紙の束。1枚1枚に下手くそなイラストが色鉛筆で描いてある。

「なんですかこれ」

「私のオリジナルタロット」

「手作りなの? 家でやることあったって、ひょっとしてこれ?」

「いかにも」

 34歳の小宮山さんは腕組みして満足げに頷く。

 可愛いを通り越してちょっと可哀相だな……というか、ちょっと引くな。

「もうすぐご飯来るから、お片付けしようか?」

 幼稚園の先生のような口調で私は言う。

「えー、やだ! ちょっとでいいから! やりたいやりたい!」

 幼稚園に通っているかのような口調で小宮山さんは言う。

 私は仕方なく、小宮山さんがテーブルに広げた不格好な厚紙の中から、1枚を選んで差し出した。

「これは」小宮山さんが目を見開く。「パンダの……横位置」

「なんだそれ!」思わず大声をだしてしまった。

「だから、パンダの横位置」

「パンダ? タロットって女帝とか教皇とか、そういうのでしょ?」

「オリジナルなんで」

「あと横位置って何? ふつう正位置と逆位置じゃない?」

「オリジナルなんで」

「まあいいけど……」こんなことで、あまり時間を取りたくない。「で、そのパンダの横位置はどういうカードなの?」

「えーと基本的には、待ってるだけでおいしい食べ物がどんどん出てくる、って意味だけど」

「パンダのカードがそういう意味なの?」

「パンダってそういうもんでしょ。あーでもごめん、そもそも何を占うか聞いてなかったわ」小宮山さんはカードをテーブルに戻してぐちゃぐちゃに混ぜる。「段取り悪くて。初心者なもので。才能はあるけど。もっかいやり直すね。何を占う? 恋愛? 仕事? 老後?」

「老後? 遠すぎるよ。恋愛もなあ……。あ、来週のテスト運ってのは?」

「そんなの勉強したかどうかでしょ」

「急に現実を突きつけないでよ」

「健康運で良い?」

「あんま興味ないけど……」

 私はしぶしぶ1枚を引いて、その場でオープンする。

 何が描いてあるのかよくわからないカードだ。細長いモップのような……。にしても、色塗りが雑だ。

「出た」小宮山さんがまたしても目を見開く。「ダイソンだ」

「ダイソン」

「ダイソンの……掃除機」

「逆位置、みたいな言い方で掃除機って言うなよ」

「ダイソンの掃除機は吸引力が落ちません。いつまでもゴミを吸い取り続けます。つまり、しおりちゃんの体も常に清潔、悪いものが吸い取られ続けて、末永く健康であることでしょう」

 そう言われた私は、無表情にテーブルを眺めた。

 こんなにも時間を無駄にしたと思うことって、人生でそうない。

「おまたせ」

 そこに救世主のようなジブリさんの声が響く。

 2人分のオニオングラタンスープを運んできてくれたのだ。

「あら、何? カードゲーム?」

 すいません、と謝りながら私はテーブルの上を片付ける。

「私が作ったタロットカードです。占いの才能が凄いので」

 小宮山さんが自信満々にジブリさんに言った。

「へえー、おもしろそう。私も占ってもらおうかしら」

 配膳しながらジブリさんが笑う。

「えっ、やります? 何を占います? 恋愛? 仕事?」

 老後? と聞かなかったことは誉めてあげたい。

 小宮山さんは私から厚紙の束を取り上げ、ババ抜きの要領で手の中にカードを広げると、ジブリさんにそっと突き出した。

「そうねえ、占ってほしいのは、このお店の将来かな」

「なるほど。難しい占いになるので、2枚選んでください」

 ジブリさんが1枚目を取る。

「これは……【女帝】のカードですね」

「普通のもあるのかよ」と私は思わず小さくつっこむ。

「女帝の全位置です」

「全位置」

「次のカードが重要になります。さ、どうぞ」

 ジブリさんが選んだもう1枚には、たどたどしいタッチで、女の子がブランコに乗っている絵が描かれていた。

「これは【吉野しおり】です」

「私じゃん」

「吉野しおりの大回転です」

「大回転て何だよ。位置でもないのかよ」

「どういう意味になるの?」ジブリさんが優しく聞いた。もう無視して立ち去っても良いのに……。

「しおりちゃんが、親戚や知り合いを総動員してこのお店に食べに来たり、大絶賛レビューを各所に書き込みまくったりして、まさに大車輪の大回転、大活躍し続けます。しおりちゃんは先ほど、吸引力の落ちないダイソンのカードを引いていますので、この宣伝活動も衰えを知りません。お店は今後20年、安泰でしょう」

 時間を無駄にした。パート2。

 でもさすがはジブリさん。「あはは。20年は無理かな。今でさえお婆ちゃんなのに」と微笑んで、「楽しい占いだったわ。ありがとう、ごゆっくり」とテーブルを去る。途中で「でも」と立ち止まり、こちらを振り返った。「あなたたちが来てくれるあいだは、私も大回転で大サービスしないとね。今日はデザートおまけしてあげるわ。占ってもらったお礼に」

 軽やかなウインク。

 わあ〜。

 セリフも仕種も完璧なジブリさんだ。

「デザートだって。何かな」と私が小宮山さんのほうに軽く身を乗り出すと、インチキ占い師は私にバチッ、と重たいウインクをした。

「パンダの横位置。最初に言ったでしょ。待ってるだけでおいしい食べ物がどんどん出てくる……ってね」

 いやー。

 ぜんぜんうまくないな。

 料理はうまいけど。

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