第57話 詩を書く女たち
13歳の小宮山さんが私の向かいに座っている。
14時半。ファミレス。
窓際の席で、外は大雨。予報ではあと2時間で晴れることになっているけど……。
店員さんに注文を告げてメニューを閉じる。今日は私の奢りだ。13歳の小宮山さんが「400円しか持ってません」と言うのだから仕方ない。こんなの脅迫だ。詐欺だ。数日前、自分から食事に誘ったくせに、当日お金のない13歳の姿で現れるなんて。
私は頬杖をついて詐欺師を眺める。
13歳の小宮山さんは白いレースのブラウスに、カーキ色のサロペットとベレー帽。靴は赤いコンバースだ。子供のくせに、私よりおしゃれ。お肌つるつる。お目々きらきら。まあ、ご飯ぐらい奢ってやろうという気にはなる。
小宮山さんが可愛いポーチをごそごそやりだした。中から折りたたんだ小さな紙を取り出すと、それを私の前に置く。
「なにこれ」
「詩を書いてきた。今朝」
「詩? 詩なんて書くの?」
「毎日、ひとつ詩を書くことにしたんだ」
「なんでこんな紙切れに」
「iPhoneで撮って、紙は捨てるから」
「なるほど」
「それは今日の分です。読んでください」
「詩……」
何が何だかわからないまま、私は紙切れを開く。
青いボールペンで文字が書き殴ってある。
私は太陽
太陽は私ではない
すべての朝は同じだが
私は毎日間違える
夜の夢で
思ってた感じと違う。
思ってた感じと違うぞ!
私は心の中で叫んだ。
意味もわからないし、上手か下手かもわからない。
「気に入りましたか?」小宮山が上目遣いに聞く。
「いや、そうね……うーん」
「吉野さんのことを思って書きました」
「えっ、私を?」
「そうです」
「いやー。ピンとこないな。ごめんね。この詩の『私』というのは、誰のこと?」
「旧世界です」
「旧世界」
「そして『太陽』は、人々の営みを表現しています。『夜の夢』はその行き着く先、つまり人類の終末を意味します」
「大予言なの? 私、関係なくない?」
「朝、吉野さんのことを思い出したら、これが書けたんです」
からかわれてるのか?
でも13歳だし、真剣なのかも。
文学少女タイプの小宮山さんなのか、オカルトに傾倒しているタイプの小宮山さんなのか、あるいは両者を兼ね備えた新タイプなのか……。
どうでもいいか。
「お気に召さなかったようですね」小宮山さんは目を伏せた。「わかりました。もうひとつ書いてみます」
もういいよ! と言おうとしたけど、小宮山さんはすでにペンを走らせている。
わずか15秒ほどで、新しい詩が誕生し、私に捧げられた。
ナイジェリア……
ナイジェリア!
其はナイジェリア
ナ、イ、ジェ、
リ
ああ、
美しい風
「いや前衛すぎない!?」
私は頭を抱えた。
「これも、吉野さんに捧げる詩です」
「私とナイジェリアに何の関係があるの?」
「吉野さんの人生を後世の人々が俯瞰した場合、ナイジェリアは無視できない土地となるでしょう」
「予言者やめて」
「これもご不満ですか。でしたらもうひとつ……」
「もういいよ」私はついに言う。「昔から詩ってよくわからなくて。本を読むのは好きだけど、詩は良し悪しが判断できないんだよね。詩の勉強をしてないってのもあるし、それ以前に、そもそもセンスがないんだよ」
「すてきな歌詞だな、って思う曲とかありません?」
「あー、歌詞は好きなのあるね。というか、歌詞が苦手な人の曲は聞く気にならない。あと、子供が書いたようなシンプルで素直な詩は好きだな。そうか、その延長で、絵本の言葉を詩と捉えたら、好きなのもあるかも」
「ほら。詩がお好きだし、詩的なセンスもあるんですよ、本当は」
「わかりやすいやつならね。すっごい簡単な」
「相田みつをみたいなのですか?」
「相田みつをは嫌い」
「即答するぐらい嫌いなんだ」
「嫌いだね」
「きらわれたものだなあ おなじ にんげんなのに」
「相田みつをみたいに言わないでよ」
「試しに吉野さんが何か書いてください」
小宮山さんが私にメモ用紙とペンを押し付ける。
「無理だよ。詩なんて書いたことないもん」
「じゃあ、初めての詩を見せてよ。私だけに」
まっすぐに私を見つめる小宮山さん。
うーん。
そんなに無垢な瞳で照射されてしまうと。
私は弱々しい手つきでペンを取る。
「難しく考えないで。思いつくままに、心に浮かんだものを書くんです」
思いつくままに。
私が好きな、シンプルで、素直な言葉を。
アフリカの太陽
あつそうだなあ
「いやいやいや……」13歳の小宮山さんの目が急速に死んだ。「私がさっき見せた太陽の詩とナイジェリアの詩にインスパイアされすぎでしょ。そんで2行目、もう相田みつをだし。嫌いって言ったくせに。子供が書いたような詩ってところだけ有言実行ですけど」
「うるさい!」私はメモ用紙をびりびりに破いて、ペーパーナプキンでぎゅうぎゅうに包み、テーブルの隅に放った。「センスないって言ったでしょ!」
「もっと真面目に書いてくださいよ」
「やだ! 詩の話は終わり!」
「えー」
小宮山さんが頬を膨らませて、不満そうにした。
どうせ明日になったら詩なんて書かないくせに。
私たちはサラダバーでサラダを盛ることにした。
闇雲に書く詩なんかより、よほどクリエイティブな作業だ。
レタスミックス、ミニトマト、ポテサラ、海藻、なんか豆のやつ、春雨、ブロッコリー、ヤングコーン……。
みるみるうちに私の機嫌が直っていく。
席に戻ると、ちょうど良いタイミングで料理が届くところだった。
私はおろしチキンステーキセット。
小宮山さんはチーズインハンバーグセット。
口いっぱいにハンバーグを頬張った小宮山さんは、あどけない顔で13歳らしい素直な感想を漏らした。
「ハンバーグって、おいしいんだなあ。ぎゅうにくだもの」
相田みつをやめろ。
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