第56話 スカートをはかない
ゴルゴンゾーラ以外何も口にしたくないと小宮山さんが言うので、私たちは大学から徒歩10分のイタリア料理店に向かっている。
「私、車道側歩くね! 危ない自転車とか来たら守ってあげるから」
なぜか小宮山さんははりきっている。今日の年齢は36歳だ。ウエストにギャザーの入ったベージュのワンピース。靴とバッグと伊達メガネが黒。見た目は大人、頭脳は子供って感じだ。
「いや車道側歩くとか、私あんまり良いと思わないんですけど」
「照れるなよ」
「照れ……?」
しばらく歩いていると、小宮山さんが私をまじまじと眺めていることに気がついた。
「何なんですか? さっきから」
「しおりちゃん、最近スカートはいてこないね」
「ああ……しばらくはいてなかったら、なんかスカート恥ずかしくなっちゃって」
「脚出すのが嫌なの? ロンスカでいいから、たまにはスカートはいてよ」
「脚出すのが嫌というより、スカートってだけでちょっと恥ずかしくて。なんか女の子っぽすぎるというか」
「女の子じゃん」
「子ではないよ」
「20歳でしょ。子だよ」
「地元じゃ赤ちゃん産んでる同級生もいるのに。子ってことはないですよ」
「うーん」と顎に手を当てて小宮山さんは考え込む。「ちょっと前まで、毎日のようにスカートはいてなかった?」
「はいてましたね。でも今は、なんというか……感覚としては、小学校出てから連絡取ってなかった友達と久々会ったけど、なぜかちょっと気まずい感じというか」
「意味わかんない。スカートはいて」
「うざ。はかないよ」
「やだやだ! はいてはいて!」
「子供じゃないんだから」
「は・い・て! は・い・て!」
「パジェロみたいに言わないでくださいよ。私その番組、世代じゃないんですよ」
「スカートはいて!」
「素早く言ってもはかない!」
「スカートを〜、はい〜てよ〜〜お〜〜!!」
「ちょ、声でか……ミュージカル?」
「しおりちゃんが最近スカートはいてないと気づいたら見たくて見たくて気が狂いそうになってきた件」
「ラノベ?」
「スカートを はいてくれたら 法隆寺」
「それは何なの」
「女の子、なんだから、パンツルックより、スカートで来てくれたほうが、嬉しいかな、なんて」
「無理無理無理。きついきついきつい。マッチングアプリのおじさんみたいなノリやめて」
「しおりちゃんマッチングアプリやってんの!」
「やってないよ!」
「いや、べつにやっても良いんだけどさ」
「やってないって」
「今どき普通でしょ? やってるよね?」
「やってない。もう、ほんと今日うざい! ご飯の前にムカつかせるのやめてくれます?」
「じゃあ写真でいいよ。写真送って。スカートはいてる写真だけ! ちらっと見せてくれるだけでいいからさ~」
「ぜったい最後リベンジポルノする男じゃん」
「わかった。もっと自然な感じでやろう。さらっと。自然な感じで。2週間に1回くらいでいい。なにげな~くスカートはいて来てよ。私、そのことに関して何も感想言わないし」
「いやいや……そんなふうに言われたら余計はいて来づらくなるんですって。いいかげん私の性格わかってよ。べつにスカート二度とはかないとか思ってないのに。もう小宮山さんの前では二度とはけないよ」
「なにそれ。最悪じゃん。私だけしおりちゃんのスカート見られないの? 永遠に?」
「永遠にってことはないですけど」
「じゃあいつ? 何月何日? 何時ごろ?」
「うざ」
「どうしたらいいの!」
「そもそも最近服を整理したんですけど、ろくなスカートがないってのもありますね」
「じゃあ私のどれかあげるよ。それはきなよ」
「えっ、小宮山さんのスカートくれるの?」
「なんでも良いよ。好きなの持ってって」
「ええ~。迷うなあ」
「スカートをはくことが? どのスカートをもらうかが?」
「どのスカートをもらうか!」
「はくことは決定なんだね」
「くれるならね」
「しおりちゃんは私の着用済みの服に異常な執着心を持っているからね」
「いやちょっと……そんなこと言われたらもうスカートもらうのも無理なんですって」
「難しいやつ……」
「私の扱いがへたくそすぎますよ」
そうこうしているうちに、目的地に到着する。
お安め、おいしい、店員さんの制服が可愛いベレー帽、と3拍子そろったお店だ。
小宮山さんはゴルゴンゾーラと胡桃のパスタを注文する。
私はボンゴレロッソ。
小宮山さんが目を閉じ、ゴルゴンゾーラにブラックペッパーを死ぬほど振りながら、小さく祈りの言葉をつぶやいた。
「神様仏様ゴルゴンゾーラ様。しおりちゃんがスカートはいてくれますように〜」
まだ言うか。
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