第12話 体育祭

 ──ついにこの時が来てしまった。

 極力外出を避けていた運動不足ぼっちの僕にとっては、最大の壁だと

 言っても良い。


 僕にとって最大の壁。

それは……体育祭のことである。

 学生の一大イベントとも言える体育祭。

所謂、陽キャラといった人達は、体育祭で活躍し、思い出を作り

キャッキャウフフするのだろうが、ぼっちを極めた窓際族の僕にとってはそんなことは勿論、関係なく、どうでも良いことである。

 できることなら出たくない。

それにまず僕は、運動がしたくない。苦手だし。

 学年リレーなんて、特に目立ってしまう、そんな種目大嫌いだ!!

 だが、そんな僕とは対称に

 クラスメイト達は、盛り上がって

 いる。


『お前何か出るのかー?』


『俺は、ハードル走だな!! つっぱしってやるぜ!!!』


 そんな声が至るところから聞こえて来る。

 全員でやる種目を除き、他に代表として

 ハードル走、学年マラソンリレー、アスレチック走、数ある種目の中から一つだけ選んで立候補し、参加することができるらしい。

 

だが、幸いなことに、これは強制ではない。

 出たくなければ、出なくても良いのだ。


 しかし、僕の心はそれでも憂鬱なのには、今朝の出来事が関係していた。


「はぁ……なんでこんなことに……」



 ♢♢♢




「おにーちゃん! 起きてぇー!!」


 ボフンッッッッッッ!!


いつものように、妹の舞が僕の体の上に、全体重を乗せて、お腹のあたりにのってくる。


「いてて……、舞は今日も元気だね……ふわぁー、お兄ちゃんは眠たいよ」


「うん!! やっとおきたおにーちゃん! 舞、先にご飯食べに行ってるね!!」


 僕が起きたのを確認すると、舞は駆け足で

 階段を降りて行く。


「本当に元気だな……僕とは大違いだ」


 ──食卓は、みんな揃って食べるというのが

 我が家の朝食のルールである。父は朝が早いので、このルールは適応されないのだが。

 まぁ、大体、仲の良い家族だと思う。


「昴、あんたいい加減に自分で起きなさいよ」


「へーい」


 と、軽い返事で返しながら、あくびをする。

 朝は基本、弱いのだ。


「舞は、おにーちゃん起こすの楽しいよ!!」


「そうか、そうか、また明日も頼むよ」


 と、言いながら舞の頭を撫でる。

 舞は、元気にニコニコと笑っている。


「全くもう……。そういえば、昴、そろそろ体育祭じゃないの?」


「え? あぁ……まぁそうだけど」


「今年は、何か個人種目も出なさいよ、

 中学時代は、何も出なかったんだから」


「え……」


「露骨に嫌な顔しないの。今年は、秘密兵器もあるのよ」


 そう言って、母が、紙袋から

 ゴソゴソと何かを取り出している。

 何が出て来るんだ?


「ジャーン!!」


「ママ、カッコいいー!!」


「何それ……ビデオカメラ? 一体何に使うの」


モグモグと朝食を食べながら、母さんに聞く。


「……何ってあんたを撮るためでしょうが」


「ブッッッ!!」


予想してなかった回答に思わず、米粒を吹き出しそうになる。


「ちょっと! 吹き出さないの!! 全くもう……」


「お兄ちゃん、ダメだよぉー!!」


「だって、母さんが変なこと言うから……」


「昴の勇姿をバッチリ撮るために買ったからね。母さん頑張るから! 今年は、何か絶対でること! いいわね!!」


 ぐっ……先手を打たれた。出るつもりなど更々なかったのに。


「お兄ちゃんのカッコ良いところ舞もみたーい!!!」


「舞まで……」


 二人の目がキラキラと輝いている。

特に妹の純粋無垢なこの瞳は、俺の良心に、

妹の笑顔が見たくないのか? と問いかけてくるようだ。


「はぁ……わかったよ」




 ♢♢♢




 ……ということが今朝あったのだ。

 なので、甚だ不本意だが、何らかの種目に

 出なくてはいけなくなった。


「さぁ、何に出ようか……せめて楽そうなのを選びたいんだけど」


 学年マラソンリレーは……ないな。一番

目立つし、それに僕は、体力がない。

 ハードル走は、まだ気が楽ではあるが……

 だとすれば、単純に走るだけではない、アスレチック走か。この中であれば、比較的楽そうに見えるし、プレッシャーもかからない気がする。よし、アスレチック走にしよう。


『では、アスレチック走、一人、

 やりたい人いますかー?』


 お、丁度出番だ。

 よし!


「はい!」



 と、手を挙げ、答えたのだが、

 手を挙げたのは、僕だけではなかった。

 チラッと隣をみると、隣の女の子も手を挙げていた。


 被ってしまった。まぁでも女の子だし……。

 ここは譲ろうか。


 そう思った時、

 ザワザワザワザワ。

 ……なんだ?クラスメイトの様子がなんだかおかしい。


『あれ……、もしかしてあれ宮本じゃないか!? 神崎さんから生きて帰ったっていう……』


『最近では、神崎さんと暴れまわってるとかいう噂もあるらしいぞ!』


『ま、まじかよ! 一見地味だが、ああいうタイプが一番恐ろしいっていうのは本当だったんだな』


『カツアゲされたら嫌だな……』



 なんだか、みんな口々に

 何か言っている。

 神崎さんってワードが聞こえた気もするけど、花さんと何か関係があるのか……。

 あ、というか譲るって言わないと。


「えーと、なんだかよくわからないけど、

 僕は、譲るよ」


「そ、そ、そ、そんな!! 私のようなものが、宮本くんの役を奪うなんて!!」


「え、えっと……僕は、残ったもので大丈夫だよ」


 まず、クラスメイトに認知されていることに

 も驚いたが……。なんだろう。恐ろしいものと対峙してしまったかのようなこの反応は。

 蛇に睨まれたカエルとはまさにこの構図だ。

 それにみんなも、不安そうな顔で僕らを

 見つめている。



「な、なんというお言葉……!! ありがとうございます! ありがとうございます! 神崎さんにもお礼言っときます!!」


 パチパチパチパチ。

 クラスメイトから拍手の嵐が巻き起こる。


 うーん、ただ、種目、譲っただけなんだけどなぁ……

 てか、なんで花さんにお礼を?

 やっぱりなにか関係あるのかな……。

 よくわからないけどまぁ、いいか。


『じゃあ、宮本くんには残ってる種目の……』


 そういえば、残ってる種目、見てなかったな。えーと。


「って、えええええええええええええ!?」

 



 ♢♢♢




「で、結局学年マラソンリレーに選ばれたと」


「そういうことです……」


「まぁ、うん。元気出せ」


「はい……。ちなみに神崎さんは何かやるんですか?」


「あたしは、騎馬戦だね」


「騎馬戦……ですか? 騎馬戦って、

 男子がやるイメージがあったんですけど」


「あー、なんか今年から、女だけの騎馬戦があるみたいでさ」


「へぇー……」


 花さんがやると、また

映えるんだろうなぁ。

それに比べて僕は……。


「はぁ……」


「昴、そんなに憂鬱か?」


「まぁ、学年マラソンリレーなので、クラスの期待も背負うと考えると余計に……」


「だったら練習するか?」


……へ? 練習?

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