最終 第26話



 星々のきらめきが薄れていき、少しずつ明るくなっていく地平から太陽が姿を表すとき、空にある大気に向けて願いを込める。夜の間に冷えていた空気が温められ、風が世界に生まれ出す。天候は風によって作られる。生きるものすべての源。

 一日の始まりは水のありがたみから。生き物すべてにとって大切で、その恵みを受けられることに感謝をする。水はすべてを清め、潤し、育み、癒すもの。

 白き太陽が天の頂天にやってきたとき、炎を焚いて天に捧げる。火の恩恵を受けていることに驕ってはならない。人の身に過ぎた力を手にすれば、天がそれを許さず奪い去る。世界では人のみが生くるものではなく、欲望に堕ちた人は天によって滅せられる。

 陽の光を浴びて地に根を張るものすべてが生き生きと育てば、豊穣な恵みを得ることができる。それらを食し、また育て、大地へと還していく。一つ一つは小さきその力を侮ってはならない。薬にも毒にもなるその力は、扱いを誤れば簡単に己を失う。

 すべてを照らしていた光が暗闇に帰るとき、地はそれを受け止め抱いてくれる。世界に生まれ出でたものすべてを。地にひざまずき、頭を垂れ、祈りと願いを共に地に還し、また光が生まれるまで眠りゆく。


 儀式は祈りと願いを込めて行われた。夜明けから丸一日、次の太陽が姿を表すまで。

 マンダルバの領主最初の任務。

 領土に住う人々を代表して、この世界を見守る精霊たちに、彼らの力を分け与えてくださるように願い、この地にあるものすべてを守ることを誓う。

 陽の下では華やかに、夜の間は静かに執り行われる祭事は、領民たちは願えば見届けることができる。本都は新領主就任に沸き立ち、大きな都ばかりか、マンダルバ領全土でその日は祭りが開かれた。

 自然の恵みに感謝をする日。

 マンダルバ領主就任の日は、これから毎年豊穣を願う祭りの日ともなり、人々は実りを天に奉納して感謝の意思を伝え、食し、またこれからの恵みを願う。

 晴れ渡った空が、暗い色から段々とまた明るくなっていく。

 いつか二人で見た夜明けと同じように、新たな一日がこれからもずっと続く未来を感じさせるように。

 すぐ近くには、この儀式を共に引き受けてくれた術者が立っている。小柄な女性である彼女はひらひらとした薄手の白い衣装を身に纏っていて、白金の頭髪と相まってとても似合っていた。周りに人は近寄らせておらず、多くの人々が遠巻きにこの様子を見つめている。

 領主直轄の農地には、いくらか育った麦の苗が広大に広がっていた。

 畑の角、農地をすべて見渡せる角度でぼくは立っていた。遠くには、レッテ山岳の山々と、本山の頂上のまだ薄っすらと雪化粧を施した姿が目に映っている。

 術者フィジが両手を緩やかに上げ、言葉を歌うように紡いでいくと、その手の中から緩やかな風が生まれ、それはぼくの体の表面を撫でるように吹き抜け、やがてそれが大きくなって畑の麦を大きく揺らしながら畑すべてを渡っていく。レッテの山々の方角に向かって。

 遠巻きに見ていた人々から次々と拍手が起こり出し、すぐに大きなまとまりとなって辺りに響き渡った。背後の人々のほうに振り向き、その笑顔や、おめでとうございますと声をかけてくれている人々を一通り眼を向けていく。

 正装のようなきっちりとした衣装のクイン・グレッド管財官が近寄ってきて、お疲れ様でしたと言ってくれた。それにうなずきながら、今朝と同じことを含めて六回の儀式を一緒にやってくれたフィジへ顔を向ける。

「ありがとうございました。すべての儀式を引き受けてくださって、感謝します」

 術者はとても数が少なく、貴重な職種の人だ。本来なら儀式一つ一つにそれぞれ得意な精霊魔法を使える魔法士がその任につく。フィジは、なんだか楽しそうだからあたしが全部やる、と言って、歴代領主のこの儀式初の、一人の術者が儀式を執り行なうという偉業を果たしてくれた。

 管財官と共に歩きながら、フィジは明るくなっていく空の下、朗らかに笑ってくれた。

「こんな素敵な儀式がマンダルバに残っていたって知らなかったから、楽しかったよ。こっちこそありがとう」

 儀式を見守っていた人々がそれぞれ会話しながら場を離れているところだった。農地の端から場所を移りながら農道のほうに向かう。そこには馬車が何台か停められていて、ぼくを待ってくれていた者たちが少し遠目から見守っていてくれた。

 そのうちの一人に眼を向ける。

「リク」

 いつもとあまり変わらない服装のリクは、初めて会ったときから少し背が伸びたように思う。少し小走りでリクのほうへ行き、受けた風で緩く濃茶の髪が乱れた彼に笑いかけた。

 リクはぼくに口の端を上げただけの笑顔を見せてくれた。

 この儀式を経てぼくは正式にマンダルバの領主として立ち、儀式を通じて領民や領外の人々に向けてお披露目を行なった。

 ぼくは、本来の領主継承者からこの任務を引き受けた、代行者。

 すべての儀式では、ぼく自身の心で願いながら、代行者であることも内心で打ち明けていた。その心の声を聞いてくれたものがいたのかはわからない。それでも、ぼくがカルトーリとして、彼の代わりに領主になることには違いない。

 カルトーリ・レナン。

 その名の本当の持ち主は、ぼくにその名を与えてくれた。

「ナオ」

 彼だけが呼ぶその名前も。

 呼んでくれたリクに、自然と生まれた笑顔で応える。

「帰ろう」

 領主の館へ。

 きみと一緒に過ごせるのは、もうあと少しだけだから。




 海辺の断崖に建つマンダルバ領主の館は、近年の歴代領主が住まいとしてきた。本都には領主が政務を行う建物があり、日々の仕事はそこで行うことが多いが、領主の生活の基盤はこの館にあった。

 もう幾日か、この館で過ごし、使用人や執事たちとも心を通わせることができた。

 領主就任の儀式のあと、役目を無事に終えたぼくたちは館へと戻ってマンダルバ名産の食べ物を使った料理を朝食としてありがたくいただいた。

 リクとぼくは腹ごなしに外へと出て、海風に当たっていた。

 遠巻きに、エヴァンスとル・イースがぼくたちを見守っていた。

 彼ら以外は、皆ムトンへと帰っていた。ヤトゥ商会の仕事として、また、名もなき者らとして、彼らにはムトンでの使命がある。スーザを拠点にして、これからリクと彼らはムトンの発展を支えていく。周囲の妨害があろうとも。

 シチェック、セリアとタグは、カイの亡骸と共にすぐにマンダルバからスーザへと戻っていった。セリアは気丈にも涙を見せなかったが、タグはいつも強気だった姿から想像がつかないほどにカイの遺体に触れて泣き声を上げた。

 カイには彼の過去がそれなりにあって、ヤトゥ商会でセリュフやヴィイの次くらいに彼らと共に過ごしていた。リクのうちの子供たちは、カイを兄のように、ときには甘え、ときにはしっかりと指導を受けていた。とくに男の子は剣術を習ったり、意外にも勉学ができた彼に教えてもらったりと、ぼくが知らない時を共に過ごしていた。

 これまでも、ヤトゥ商会の仕事でや、ムトンでの活動で命を落としている者はあった。でもカイは子供たちにとって身近な人で、このマンダルバに埋葬も考えたとリクは言ったけど、タグが絶対に連れて帰ると強い目で願い、リクはそれを許した。

 シチェックが泣いたのは、あのときだけで、いままではふらふらとどこにでも行きそうな子だったのが、空いた時間は剣に触れることが増えた。いつも以上の笑顔で、相手をしてくれる男たちに、大きく重い真剣を持って挑んでいた。キースがそれを見て、彼はカイを超えられるよと笑みを見せてぼくに言った。それを聞いて胸に熱くて重い塊が生まれたけど、なにも言えなくてうなずくに留めた。

 アラヴィ様には、一度だけお会いした。彼女は弟の罪を知ると、引きこもっていた森からこの領主の館に足を運び、ぼくの前で深く頭を下げて詫びた。彼女の瞳は重暗く揺らめいていて、これ以上彼女の心の負担を強いることはできなかった。幼き頃に前領主ザグゼスタ様と触れ合った姉弟が、どうしてこのような結末を迎えることになったのか。人の心は他人に計れもせず、それぞれが進んだ道を予測することはできなかった。これから彼らのような人が出ないことを願った。彼女には管財官自らの厳選により、新たな使用人が付けられた。

 ユナムとシン・レは、共に管財官の元で学び始めた。彼らには、この先共にミリアルグへの留学が決まっている。

 リクは海鳥が上空を漂う岸壁に近寄り、彼方へ視線を向けていた。

「海の向こうへ、行ってみたいの?」

 ムトンでの未来だけじゃなく、リクには本来いろんな道が選択できるはずだ。人は願えばどこにだっていける。

「いや。水は天敵だ」

 リクの少し憮然とした言い方に、おかしくなって思わず笑った。

 リクには火の精霊がついている。確かに火には水が弱点かもしれないけど、リクには関係がない。リクの守護についているのは、神とも呼ばれる存在なのだと知った。

 五精霊のなかには、いつの時代にも最も強い精霊の存在が確認されていた。歴史に強いフィジがあとで説明してくれた。

 その力の持ち主たちは、人の守護者となり、守護を受けた人はときに時代を彩った。英雄となるか、悪のものとなるか、または人知れずにひっそりと生を終えるかは、その者ら次第。

 天は、精霊を通して、人というものを試しているのかもしれないねと、フィジは意味深な笑みで言った。それを共にいたリクに聞かせるように。

「海には海賊もいるんだって。ムトンが豊かになったら、海へ行ってもいいんじゃない?」

 同じように海に向かいながら、心にもないことを言っていた。寂しさを誤魔化すように、顔は勝手に笑ってる。

 リクはぼくの言うことにあきれたのか、答えを返してはくれなかった。

 もうすぐ、リクともお別れ。

 ぼくの願いを聞き入れてくれて、領主就任の儀式までは帰るのを待ってくれたけど、リクにはやらなければならないことがある。もうこれ以上は引き止めてはいけなかった。

 心残りを溶かすように、共にゆっくりと歩き、共にゆっくりと時を過ごした。

 たまには会えると思う。同盟を結んだ同志として。

 でも、それは年に何回? それとも数年に一度?

 リクに、誰かここに残すかと訊かれたけど、リクに会えないのが余計に寂しく感じそうで、それは丁寧に断った。ぼくには、このマンダルバに支えてくれる人たちがいるから。

 フィジとは、マンダルバ領主として一年の契約を結んだ。この先のことはわからないけど、新領主としてはきっといろんな試練があると思う。それをもうちょっと見守ってくれると約束してくれた。もちろん、キースも共に。ありがたかった。

 二人はもう少し向こうで楽しそうに過ごしていた。今日はとてもいい天気で、仲睦まじい二人を見ていると、こちらも心が豊かになる。

 こんな素敵な日だ、きっと気持ちよくリクの後ろ姿を見送ることができる。

 背後に人の気配がして、振り向くと、執事の一人の男性と、女性が近づいてきていた。

 あれは、アラヴィ様?

 リクはちらりと近づいてくる人らに目を向けるけど、すぐに視線を海へと戻す。エヴァンスとル・イースも遠くで佇むだけで、逆にこちらに顔を向けないようにしてくれていた。アラヴィ様に配慮をしてくれたんだろう。

 でもどうして。お会いしたのはそう遠い日でもない。

 ゆっくりと向かってくる質素な衣服のアラヴィ様よりも先に、執事がぼくに近寄り頭を下げた。

「アラヴィ様がカルトーリ様に御目通り願いたいとお越しでございます」

「館の中でお待ちいただいてよかったのに」

 最初にお会いしたときよりも痩せられた。心労が祟っていないか心配だった。

「こちらにおいでになるとお伝えしますと、自ら足を運ぶとおっしゃられました」

「わかった。お会いします」

 執事はまた頭を下げ、アラヴィ様を促した。

 ゆるりとした足取りでアラヴィ様はぼくのほうへ足を運んだ。ぼくのほうからも近寄ろうと思ったけど、どうしようと考えているうちに彼女がすぐ近くまで来てしまっていた。結局、そのまま待つ形になった。リクは気を使ってか、少し離れたところに移動していた。

 海風に乱された髪を片手で押さえ、アラヴィ様はぼくの前に来ると淑女の礼をとった。

「どうされましたか?」

 ぼくの問いに、アラヴィさまは小さくほほえむ。

「ただ、お会いしたくて。ご迷惑でしたら申し訳ございません」

 少しうつむき、遠慮がちに言うアラヴィ様は少女のようにも見える。とても綺麗な人だし、女性らしさを持っている。

「いいえ、かまいません」

「海を、見ておられたのですか?」

「はい。まだ海へと出たことはありませんが、この向こうはどのようなところかと思っていました。アラヴィ様は、いかがですか?」

 アラヴィ様が小さく笑う。

「わたくしも、海へと出たことはございません。少し、恐ろしく感じて」

 それはぼくもときどき感じる。とくに夜は、海のほうへ目を向けられない。

「ぼくと同じですね」

 笑うと、アラヴィ様も笑ってくれた。

 でも、どうしたんだろう。アラヴィ様は、ぼくにはもう会いたいと言わないだろうと思っていたのに。

 彼女は海が少し怖いと言ったけど、明るい日差しの中では平気なのか、ぼくを越えて岸壁のほうへと近寄っていった。ぼくもそのあとに続き、足を止めたアラヴィ様の隣に立つ。

 ときおり鳴き声をあげる海鳥たちを見つめ、アラヴィ様は目を細めた。

「翼が欲しいと、思ったことはあります」

「そう、ですか」

「空を自由に飛べることができたなら、願うところへも行けたのでしょうか」

 アラヴィ様の瞳は揺らめいていて、心の危うさを感じさせた。まだ彼女には療養が必要だろう。自然を目にすることで、気分が変えられたならいいけど。

 ぼくも海へと視線を戻す。一息ついて、戻ろうとしたとき。

「ナオ!」

 リクの声と同時に、片腕に重みがかかる。

 疑問に思う前に、体が傾いでいた。

 腕に込められた力のほうを見ると、アラヴィ様が笑っていた。

「共に行きましょう」

 体に受ける衝撃はそんなに感じることはなかった。

 リクが慌てたような様子を見せるのが初めてだなと、ただそう思った。




 ぼくには、その世界で、母親と姉がいた。

 父はぼくがまだ幼い頃に事故で亡くなった。

 お葬式の日、まだ泣けずにいたぼくの隣に、姉が近寄ってきてくれて話をしてくれた。それを聞いているうちに、父がいないという実感が湧いてきて、涙を流すことができた。この人が自分の姉でよかったと思った。

 母と姉は姉妹のように仲がよく、ぼくを二人で可愛がってくれた。ぼくに友達は多くはなかったけど、二人が友達みたいだった。

 ぼくには、そんな大事な人がいた。


 それを思い出したとき、その世界にもう一人のぼくが行ってくれているとわかった。

 この世界にぼくがいるから、もう一人のぼくが代わりに行ってくれた。

 ぼくのほうが、この役目をしていけると思ったのかな?

 でも、もういいよ。

 二人を悲しませることになるけど、人は、いつかは世界から去ることになる。

 もう一人のぼくが、ぼくと一緒になれば、完全な自分として、きみを支えられたのかな。

 きみを、見届けたかった。

 自ら苛烈な道を歩むきみを。

 どこにいたって、きっと見ているから。

 そんなに悲しい目をしないで。


「だめだ! 魔法が一切効かない! どうしてっ?!」

 フィジが絶望の声をあげる。

 ああ、誰かが海からぼくを引き揚げてくれて、なだらかな場所に横たえてくれていた。

 リクも全身ずぶ濡れだ。水は天敵だって言っていたのに。

 男性陣は全員濡れていた。エヴァンスもル・イースも、キースさえ。遠くに騒ぎを聞きつけた館の使用人たちが走ってくる。

 全部が見えるなんて、ぼくはどうなっているのかな。

 岸壁の下、少しの合間に平らな地があって、そこにみんながいた。

 アラヴィ様、あなたは、ぼくじゃなくて、ザグゼスタ様を連れて行きたかったの? それとも、あなたの子供がその目に映っていたの? カルトーリだと、わかっていた? ザグゼスタ様と同じ苦労を、背負わせたくないと願ったのかな。

 ぼくの近くに横たわる彼女には、もう誰も目を向けていなかった。いつか、あなたを愛してくれる人と、新たな世界で出会えますように。

 リクは、ぼくの胸に手をかけたまま、ぼくの顔を見つめていた。

 頸椎辺りからの出血は、止まらない。

 流れ出したしまった血は、戻らないんだ。

「フィジ!」

 エヴァンスが叫んだけど、フィジは首を振った。術者がなにもできないなら、もう手遅れだ。岸壁のどこかにぶつかってから海に落ちたんだろう。

 呼吸は、もうすぐ止まろうとしている。鼓動も。

 リク、ぼくたちはもう会えなくなるのかな。

 それはいやだと思った。

 だって、この世界で生きていく理由がきみだったから。

 きみを、見届けたかった。

 そう思っていると、リクの体に宿る力が、ぼくに問いかけた気がした。

 うん、そばに、いたいよ。

 そう答えた。

 その思いだけでよかったのか、リクに宿る力が、もう一度問いかけた。

 うん、かまわない。

 ぼくの答えに、リクの眼が金色に光る。

 ぼくのこの答えの意味を、きみは知っているんだね。

 リク自身はそれを願ってないって、ぼくは知ってしまったけど、ごめんね、ぼくが願ってしまったんだ。

 すべてを見ていた視点から、自分の体にすっと戻る。

 薄く目を開ければ、リクの顔が真ん前。

 リクの体が金色に光って、ぼくの中に入り込んでいく。

「傷が」

 誰かの声が言った。

 全身を麻痺させるほどの深い傷が、金色の光で癒されていくのを感じていた。

 力は伝えてくる。

 うん、これ一度きりなんだね、奇跡は二度はない。

 リクにとって、ただ一人、本当の心で、生きていて欲しいと願った者への贈り物。

 リクを見守り、受け止める者へと、なってみせるから。

 ほかの精霊の力は受け付けられない。だって、リクに宿る力のほうが強いから。

 それが、力を受け止める者への枷。

 いいよ。

 ありがとう。

 そして、お帰り、もう一人のぼく。

 ごめんね、向こうでは、家族と共にいられたのに。

 同じ魂が離れていると、存在が希薄になるんだって。

 だから、ぼくの願いに戻ってきてくれた。

 もう一人のぼくのこの体でひとつになって、これからを生きていこう。


 海の波がざぶりと繰り返し岩にぶつかる音が聞こえてくる。

 止まっていた時間が、再び動き出す。

 瞬くと、近くに金色の瞳。

 見つめると、眉を寄せて目を細めた。

 リクはその表情のまま、寝転ぶぼくの肩に顔を近づけ、額をその上に乗せた。

「そばに、いても、いい?」

 小さな声のぼくの願いに、答えはひとつしかいらないんだ。

 胸のあたりからかすかに声が聞こえた。

「ああ」

 はっきりとした答えじゃなくていい。

 ぼくは知ってるから。

 否定じゃない許しは、リクの普段のいい返事。

 これ以上はない答え。

 ぼくたちは、一緒に生きていく。

 ぼくが願って、リクは許してくれた。

 領主をしながらなんて、忙しい毎日になるのかな。




 豊かになったムトンの草原で、リクがぼくを呼ぶ。


 それがどれくらい先の未来になるのかは、みんなの働きにかかっている。


 それがどんなに険しい道でも。


 それがどんなに遠い道でも。


 共に歩いていけるから、怖くはないんだ。


 一緒に笑って、一緒に食べて、ときには泣いて怒って、一緒に眠る。


 それは遠い夢じゃない。


 二人で同じことを願ったから。











 剣と鞘のつくりかた 『邂逅の章』 完


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