第16話



「それで? 管財官殿は、俺たちと、なにを話し合いたかったんだ」

 生真面目な声を出すことで、リクは場の空気を即座に切り替えた。

 そういうところはリクらしい。ピリッと場を引き締める。

 クイン・グレッド管財官は、そのリクの緩急の使い方にどう思っただろう。しばらくリクのほうを見つめ、そのまま口を開いた。

「これから、マンダルバは新領主の元、地ならしを行わなければなりません。農業で言えば、開墾をしてから、その後ようやく種蒔きが行えるようになる。これは、誰が新領主になったとしても、民が領主の代替わりによる不安を払拭するまで、ある程度の時を要します。領主として、内外に顔を覚えてもらうこと、マンダルバについて学んでいただくこと、これを開墾とするなら、種蒔きとは、民のためになにができるのか、それを実際に示さねばなりません。その間、新領主が民に認められるまでは、治世としては不安定な時期となる」

 クイン・グレッド管財官は、リクに向けていた顔を、ゆっくりとぼくのほうに向けていた。その眼は鋭い。

 ぼくは、できる限りの勇気でもって、クイン・グレッド管財官を見返した。管財官は雄弁な知性の瞳をまたリクに戻した。

「当初の予定では、カルトーリ様には、数年かかってでも、じっくりとマンダルバについて学んでいただきながら、各地を巡っていただくつもりでした。ですが、あなたがたの出現は、まったく想定になく、ムトン情勢をも気にかけていかなければならなくなった。マンダルバ内部のことだけではなく、外交までも同時に行わなくてはならない。開墾中の土地の境界すべてに、害獣に荒らされぬように、高い柵を立てなくてはならなくなったわけです」

 管財官は、ぼくにわかりやすいようにと例え話をしてくれているのかな。

「なぜだか、おわかりですか、レナン様」

 管財官はふたたびぼくを見た。

 どうしてここでいきなり問題なんですか。

「えと、確か、ムトンは資源のないところで、周辺国はムトンを支配下に置かないことで、自分たちの土地が多国に侵されないようにしてきたと、リクが言ってました」

 ジョーイ・ハーラット氏が面白がる眼でぼくを見る。

「そのムトンですが、いま彼らがしていることに、マンダルバも無関係ではいられなくなった。セリュフ殿、レナン様に、あなたがたがやろうとしていることをご説明いただけますか」

 セリュフはみんなのいじりから気持ちを復活させたようで、ぼくのほうに体も向けて、ばつが悪そうな顔で話してくれた。

「あー、お見苦しいところを晒してしまい申し訳ありませんでした、次期ご領主。そこの意地悪な管財官殿が言いたいのは、俺たちがなぜマンダルバと取り引きしたがったかってことでしょう。表面上は、ヤトゥ商会の商売のためってことにはなるんですが、それを外に売る目的もあるが、大部分はムトンの生活向上に当てたいって目的のほうが強い。これは、あなた様もお気付きのことだろうと思いますがね」

 セリュフの適当な敬語は、ぼくには過ぎたることのように思えてやめて欲しいのだけど、せっかくその態度をあえてしているセリュフに水を差すのもいけないかなと、居心地は悪いなりに我慢し、うなずいてみせた。

「ヤトゥ商会として、ムトンの各地に拠点を置いて、それを増やしていっているところだが、まだまだ物資が足りなくてね。食料品なんかはとくに、すぐに消化されていってしまう。ものを買うには、第三者経由では相手に利益が流れてしまって、無駄な行動も出費も増える。だから、マンダルバとの直接取り引きができれば、購入資金を抑えることができるし、入手したものを利益の出る方法で売り、それを元手にして他のものを手にすることもできる。同時に、自分たちと身近な者らを守る力も増やしていく。せっかくがんばって手に入れたものを、他人に掻っ攫われたくないからな」

 リクを頂点に、彼らがやっていることは、ムトンに住む民にとって、涙が出るほどにありがたいことだ。

「これを、一般的になんと言うか、わかられますか」

 セリュフの言葉を繋ぐクイン・グレッド管財官の眼は、けっして和やかなものではない。

 とてもいい行いだと思うけど、いいこと、とひとことで言うには規模が大きすぎる気がする。

 管財官は、強い眼のままでふっと笑う。

「国興し、と言うんですよ」

 くにおこし。

 え?

 国?!

「そんなご大層なもんじゃあねえな」

 セリュフが肩をすくめる。

「なんでかというと、先々のことはあまり考えてないからな。見通してるのは、せいぜい数十年てところか。俺たちの代の者が、それなりに不自由なく暮らせるくらいになればいいさ。その先のことは、その先の奴らが自分たちでなんとかしていけばいい。ムトンの現状じゃ、それが精一杯だ。だが、やるからには、手抜かりはできない。一世一代の賭けってやつだな。これに賛同する者、その賭けを面白いと思ってくれてる奴ら、いろいろ集まってきて、どんどん人数が増えていった。そういうこった」

「当人たちがそのくらいの認識でも、他国から見れば、ムトンの勢力は、これから先、間違いなく脅威となる。ムトンが豊かに変わっていくなら、他国もいままでの態度を改めて、ムトンに注目するようになる」

 管財官の眼光は鋭いまま。

「そうなれば、マンダルバはどうなりますか?」

 ああそうか。

「ムトンを通して、いままでよりもさらに、他国の視線が近くなる」

 ぼくが答えると、管財官は目を細めて笑み作る。生徒によくできましたと笑う教師みたいに。

「マンダルバは物産の宝庫。とくに食物は、人が生きていくうえで欠かせないもの。これは、ただ単に、普通の人々が生活していくために必要になるだけではありません」

 どういうことだろう。

「いまは平穏ですが、ムトンを脅威と感じるようになった周辺国は、間違いなくムトンに関わってこようとするでしょう。懐柔にくるか、排除にまわるか。どちらにしても、戦力をもってムトンに侵入しようとすれば、彼らが持つ戦力で迎え撃つことになるでしょう。戦さは、武器だけでは戦えません。兵糧がなによりも必要になります。ムトン近郊で軍事衝突が起これば、どこからそれが賄われることになるのか。それはこのマンダルバ以外にはないのです。マンダルバほど、物産の豊かな国は、この辺りにはない。兵糧も、武器も、戦さに必要になるすべてのものが、マンダルバには揃っている。ムトンに侵入する者らは、ムトンよりも、マンダルバそのものを欲するようになる。せっかく耕した田畑を荒らされないよう、囲いが必要になるのはこういう理由です。聡くていらっしゃるレナン様には、私が彼らと話し合いたかったことが、もうおわかりなのではありませんか?」

 自分が聡いかどうかは、わからないけど。

「リクたちとの、同盟?」

 ぼくの答えを受けて、クイン・グレッド管財官はリクに顔を向けた。

 リクは管財官に金色に見える強い眼を返していた。

「わざわざ、ナオに言わせたか」

「私は現時で領主代行としてもここにおりますが、それは一時的なもの。本来管財官には、重要事項の決定権は持てないようにしてある。それは領主の権限。ですから、領主代行であるいまのうちに、次期領主であるカルトーリ様に、現状を把握しておいていただきたいのです。マンダルバが現在同盟を結んでいる国は、ミリアルグのみ。その他は、軍事協定にすぎない。それも、相手方が破棄する事態になれば、戦さを起こす意思があると同義。ミリアルグについては、信頼しきれるわけではありませんが、法を重んじる国であり、体面も保とうとするでしょう。敵にはならないが、ここまで遠征してくることもまたない。あそこは、自国の領土さえ守られればいいと考えているところですから。マンダルバが身を守るためにも、あなたがたが我々を利用するためにも、互いの土地を侵すものあらば、互いに友軍として手を貸す、これを、書面をもって、約定いただきたい」

 これって、とても大きなことなんじゃないか。

 他国をも巻き込む、とても、大きな。

 セリュフは溜め息をついた。

「こういうのは、もっとあとになると思ってたがな。意外とせっかちだな、あんた」

「たまには勢いに乗るというのも、やってみてもいいかなと思いまして」

 互いに冷笑する二人に、またも腹の探り合いなの? と肝が冷える。

「同盟なんて大げさなことのように聞こえるかもしれませんが、簡単に言えば、友達になりましょうねってことですよレナン様」

 ジョーイ・ハーラット管財官補佐がぼくににっこりと笑顔をくれたが、簡単に言い過ぎだと思います。

「それって、ぼくが、リクと友達だからってことですか?」

「そうですね」

 管財官補佐、笑顔が胡散臭く見えてますけど。この人も面白い人だなあ。

 リクと、友達。

 ぼくたちって、友達っていう関係なの?

 互いの願いのために、いままで一緒に過ごしてきたけど。

 互いの危機のために駆けつけられる友達に、なれたのかな。

 ぼくは。

 リクの危機に駆けつける存在じゃなく。

 そこに一緒にいられる者になりたい。

 リクの危機、なんてものを想像してたら、胸がきゅうと痛くなってきた。

 自分がどんな顔をしてたのか知らないけど、

「どこか痛い?」

 近くにいたフィジがそっと言ってくれた。

 それには首を振って、何度か深く呼吸して、リクを見た。

 ぼくと友達、なんて言われて、リクはどう思っただろう。

 リクは、頬杖ついて、態勢も崩して、ちょっと緊張感の解けた顔をしていた。

 あきれ顔のような、なにか納得がいっていないような?

 友達なんて、おこがましかったかな。

 でも、スーザでの管財官補佐との面談のときには、そういう関係だと思わせちゃったし、いまさら否定もできない。

「おまえ」

 リクがぼくを見ながら口を開く。

 はい。

「余計なこと考えてるだろ」

 えーと、よくわかりましたね。

 でも言葉は出なくて。

 リクが溜め息ついて。

 管財官に告げる。

「ちょっと休憩を入れろ」

「そうですね、レナン様、お茶でも入れさせますので、少し休みましょう」

「はい」

 その言葉を受けて、この場が堅苦しいと思っていたかもしれないヤトゥ商会側の男たちが思い思いに体をほぐしたり、軽く談笑したりしていたけど、なにかみんなの意識はこっちに向いていた感じだった。

 ぼくも息をついて、長卓に向けていた体を正面に向けて、いまもツキツキと痛む胸の奥が軽くならないかなと、なんとか体に変に入った力を抜こうとしたけど、うまくいかない。

 他の人に意識が向かなくて、そばにいるフィジとキースがどんな顔をしているのかも見えない。

 すぐそばに人の気配がして、顔を上げようとして、そのまま頭を軽く引き寄せられ、その人の脇腹あたりに顔を埋める。

 リク。

 ぼく、どんな顔してた?

 管財官たちに、変に思われなかったかな。

「変なことで悩むな」

 リクが素っ気なく言う。

 やっぱり変かな。

 きっとぼくたちは、簡単に友達って言える関係じゃない。

 互いの事情が複雑に絡み合ってる。

 でもそのことは、いやだなんて思ってないんだよ?

 むしろ、嬉しいよ? リクの役に立ってるんだなと思えれば、なんにも持たない自分も、なにかを持っている気にさせてもらえる。

 きっとぼくの中は空っぽで、そこにすっぽりとリクという存在が入り込んでいて、それがどんなに重いものだとしても、他の重さを知らないぼくは、それを苦には思わない。

 やっぱり変かな。

 自分の中の全部がリクしかないって。

 きみの中には、ぼくはどれくらいの重さでいるんだろうね。

 胸の痛みは、全然治らない。

 なにかの病気なんじゃないかなと思えるくらい。

 空いていた手で、リクの服にしがみつく。

「ごめんね、こんな変な奴で」

 リクにしか聞こえないくらいの声で言う。

 リクは気配でふっと笑った。

「退屈だけはしない」

 リクらしい物言いに笑ってしまう。

 円卓の上に陶器の茶器を置く音が聞こえてくる。それでも、まだリクの服を手放せなかった。

 こんな体たらくじゃ、リクと離れ離れになるときに、ちゃんと別れられるか不安だ。

 リクに迷惑にならないようにしたいのに。

 リクは、あからさまな甘やかし方はしないけど、ぼくの心が弱っているときには、必ずそばにいてくれた。

 いままで、必ず。

 だから、ぼくには刷り込まれてしまってる。

 痛みを感じたときには、リクがそばにいてくれるって。

 だめだね、依存が強すぎる。ちゃんと、自分の力で立ってないといけないのにね。

 もう、覚悟しないと。

 離れられなくなる。

 自分の意思で、手の力を抜いて、リクの服を離す。埋めていた顔を上げて、リクの顔を見上げる。

 まだ笑えないけど、ちゃんとリクの眼を見返せた。

 くしゃりとぼくの頭をかき混ぜてから、リクは空いていた隣の席に座った。

 目の前の卓上に、あたたかい湯気の上がるお茶が置かれていた。

 茶器の取っ手を持って、自分の口元に持ってくる。色は薄いけど、気が休まるような香りがする。

 口に入れてもやけどをしない温度がちょうどよくて、すっと喉を通っていった。

 ちょっと気持ちが落ち着いた。

 受け皿に茶碗を置いて、目をあげると、フィジがじっとぼくを見ていた。

 ずっと見られていたかと思うと、ちょっと恥ずかしい。

「きみたち、その年齢で、大変だね」

 第三者の率直な意見という感じで、感情なくフィジが言う。

「レナンも、世間をわかってないような顔をしてても、全部わかってるみたいだし。いまここでやってることって、この世界の情勢を、大きく変えることだって」

 うん。

「放っておいてくれれば、こちらからはなにもする気はない」

 そう言いながらリクも飲んでいた茶碗を置く。

「それはないって、きみもわかってるくせに、よく言うよ。どの国でも、きみらくらいの年齢で国の重要な位置にいる子たちはいる。でもそれはね、生まれてきたときからそういう立場の教育を受けてきているからできること。裕福な家の子なら、まだ親元でのんびりと暮らしてたり、自立を余儀なくされてる子でも、生きていくことだけで精一杯、生きる目的を見つけた子は、これから自分の力を磨こうとするとき。でもきみたちは、自分自身の力だけで、大きなことをやろうとしている。それを褒めようってつもりじゃないんだけど、難儀だねって思ってね」

 ぼくは、リクがいるから、いまここにいる。

 本当に大変なのは、リクだ。

 リクが選んでいるのは、道なき、未開の荒地。

 そこに、自分の力だけで、道を切り拓こうとしている。




 少しの休憩ののちに、話し合いは再開された。

 セリュフが代表して口を開く。

「マンダルバとの同盟については異論はない。ただ、ちょっとばかりこちらの条件を呑んでもらいたい。第一に、スーザでの我々の利権について。スーザがマンダルバの管轄であるのは百も承知だ。表面上はマンダルバが治めている形で構わない。ただ、実権を、いずれこちらに与えていただきたい。我々には、本拠地となる土地が必要だ。いまはムトンのそこら中を拠点としているが、腰が定まらなくてね、スーザならば、交通の面でも物資の面でも、大変都合がいい。スーザは位置的にも、各国から適度に離れていて、マンダルバに近いところにある。ムトンを武力行使から守るためにも、スーザはこちらの本都として利用させてもらいたい。普段の治安維持と、有事の際の実権、あとはヤトゥ商会の自由貿易権さえ貰えれば、土地使用やスーザ内での物品売買の税収は、マンダルバ側で構わない」

 セリュフはクイン・グレッド管財官の表情を見るように一度言葉を切った。

「第二点目は」

 管財官は先を促した。

「あんたがたは、カルトーリ新領主が就任した際の話として、同盟を持ち出してきているが、こちらとしては、べつにお友達探しをしているわけじゃないんでね、他の者が新領主となった場合でも、我々がさらに力をつけた際にはなにかしらの協定を持ちかけようとは思っていた。レナン様がカルトーリ様となられて新領主となり、その先、なんらかの理由で領主ではなくなったときにも、その約定は有効であるようにしておいていただきたい。期限つきで構わない。状況が変わる場合の猶予期間が欲しい。聞こえは悪いかもしれないが、何事も最悪の状況を視野に入れて計画を立てないといけないってことは、あんたにも理解できるだろう管財官殿」

「ええ、理解できることです。彼らからのこの二点の申し出、どう思われますか、レナン様」

 管財官は、ぼくに視線を向けてくる。

 とてもぼく一人で判断できることじゃないんですけど。

 以前にセリュフが言っていた、スーザの利権の話。

 そして、ぼくになにかあったときのための話。

「それをいまのレナン様に決めさせるのは酷じゃないですかね管財官殿」

 あまり口を出していなかったエヴァンスが、やや怖い顔で言う。

「先ほども申しましたが、レナン様には、現状を把握しておいていただきたいのです。レナン様は、とても聡明な方だ。勇気もお持ちだし、有事の際にも冷静に判断する胆力も持っておられる。この数日の間に、レナン様は、我々マンダルバの者らに、いろいろな資質をお持ちであることを示された」

 そんなことを言われたら、かえって居心地が悪い。

「これしきのこと、先日よりのあなた方の命の危機の際にレナン様が感じられたことに比べれば、大したことではないでしょう。これからのレナン様を支えるために、私も、管財官補佐もそばにおります。カルトーリ様となられるためには、正確に現状を把握し、最善の道を選べるようになっていただきたい。そう思っているだけですよ」

 エヴァンスは、生半な判断でぼくをこの場に同席させているわけではないと暗に言うクイン・グレッド管財官をしばらく強い眼で見つめ、小さく息をついて、ぼくに目礼してみせた。

 ぼくのために言ってくれたこと、わかってます。

「あの、スーザについては、セリュフさんが言われたこと、理にかなっていると思います。あそこは、交易の要だし、みんなが行動しやすいところです。ぼくは、みんながムトンを変えたいと願っているのなら、それをできるだけ叶える手伝いがしたい。たとえぼくがいないときでも。みんなの無事を祈ってる」

 リクの、みんなの願いを、叶えたい。

「あー、もう」

 エヴァンスがなぜか卓に突っ伏した。

 セリュフがなにかむずむずと身動きし、どこか痒いような顔をした。

 ヴィイが片手で自分の首を撫でて、他の人も頭をガシガシと掻いたり、落ち着きがない様子だった。

 リクのほうを見ると、腕を組んで、目を閉じてなぜか可笑しそうに笑ってた。

「キルリク、本当にこいつらに手渡すのか? もったいねえ」

 ヤトゥ商会側の誰かが言った。

「聞き捨てなりませんね。レナン様は、カルトーリ様として、マンダルバ領主になられる。これはマンダルバにおいての決定事項。誰も、覆すことまかりならず」

 クイン・グレッド管財官が冷笑で告げる。

 リクが今度は声を出して笑った。なんで?

 セリュフが咳払いする。

「それで、管財官殿のご判断は?」

「レナン様がそう思われておいでなら、私に異存はありません。より細かいことはきちんと精査して書面にしましょう」

「いままで慎重に世情を読んで行動してきたクイン・グレッド管財官ともあろう人が、今回はえらく思い切るじゃないか」

 セリュフが皮肉そうに笑う。

「どんな心境の変化だ?」

 クイン・グレッド管財官は、いままでと違う、苦笑に近い笑みを浮かべる。

「マンダルバ管財官としては、いままでも、そしてこれからも、マンダルバのためだけに尽くしていく覚悟を持って、この仕事をしています。ですが、一個人としては、マンダルバは少々窮屈なところだと感じているのが正直なところ。見た目以上に生真面目なこのジョーイ・ハーラットに叱られるかもしれませんがね」

 そのジョーイ・ハーラット管財官補佐は、溜め息をついて、あきれた眼で隣の学友を見る。

「真の能力であれば、大国の宰相も務められるような奴ですよこいつは。だが、ミリアルグへの留学時にすでに、豊かなマンダルバの管財官としてミリアルグから戻る使命を持っていた。本当のこいつを生かすならば、あらゆる困難が待ち受ける場に放り込むのが一番。嬉々として、自身の持つすべての情報を駆使して打開策を考えるでしょう。危機回避能力を競うなら、こいつの独擅場ですよ」

「へえ、そいつはぜひ見てみたいもんだな」

 セリュフがニヤリと笑う。

 リクが苦笑した眼でセリュフを見る。

「面倒くさい頭脳は、おまえだけで十分だセリュフ。自分の負担が減ると思って適当なことを言うな」

「いやいやリーヴ、さすがにこれ以上人員が増えれば、俺一人の手には余るぞ。さっきのは冗談としても、せめて参謀になれる人材を見つけといてくれ」

「俺に振るな。おまえがやれ」

 そこで仲間割れしないで。

「まあ、面白そうではあるんだよな」

 管財官補佐までそんなことを言い出した。

「自分の持つ力を試したいってのは、男にとっては夢だな。それが生きる理由になる者もいる。力試しをしたくなったら、いつでも来い」

 セリュフがクイン・グレッド管財官に笑ってみせる。

 クイン・グレッド管財官は、さすがに本心のわからないようないつもの冷笑をしてみせた。


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